105:騎士とアンジェ王国。
遅れてしまいました!
俺はゆっくりと、だが確実にアンジェ王国に足を進めている。魔力解放をしている時は時間が経つごとに身体が軽くなり、調子が良くなっていたが、今はその反動が来ているのか? 体力がないとか、魔力がないとかではない。正体不明の身体のだるさや、どこかに力が持っていかれている感じがする。
・・・・・・くそっ、早くフローラさまたちの元に戻りたいのに戻ることができない。それに、魔力で解放するのは一体何なのだろうか。銀髪の女性はそれを教えてくれないかったが、この状態になっているから馴染んでいないと言われて納得するしかない。
魔力解放を使いこなすことができれば、俺はフローラさまやルネさまたちを安心させることができる騎士になることができるのだろうか。超巨大モンスターごときに手こずっているようでは、俺はまだまだ強い騎士とは言えない。・・・・・・もっと、力を付けないと。
どうなれば強くなれるか、など考えているうちにアンジェ王国の城壁にたどり着き、アンジェ王国に入った。アンジェ王国には先ほどみたいな騒ぎはなく、沈黙が支配していた。人が誰もいないわけではなく、誰もこの事態に騒がないのだ。身体が疲れているだけで、≪完全把握≫などのスキルは使える。使おうと思えば≪魔力武装≫も使えるが、効果は期待できないだろう。
俺がフローラさまやステファニー殿下たちがいる元々城があった場所に歩いて行くにつれて、人が段々と多くになっている。アンジェ王国の国民たちは俺が後ろから来ているのに気が付くと、道を空けるように端へと移動する。そんな感じに進むと、フローラさまたちに続く道が完成した。
どうしてさっきまでうるさかったこいつらが静かなのかは分からないが、とりあえず今はどうでもいい。今はフローラさまたちの元に帰ることだけを考える。この状況で誰かに襲われでもすれば、俺はひとたまりもないだろうが、返り討ちにしてやる自信はある。だが、それにしてもどうして俺を不思議そうに見ているのだろうか。俺を不思議そうに見る場所がどこにある?
「フローラさま、ただいま戻りました。我が仕えるシャロン家にあだなす輩を打ち取って参りました」
国民たちが俺に注目している中、俺は着々と進み続け、最後にはフローラさまたちがそこにおられた。俺とフローラさまの視線が合い、俺は駆け足でフローラさまの元に向かい、フローラさまの前で一度言ってみたかったセリフを言った。
「おかりなさい、アユム。・・・・・・その、髪はどうしたの?」
「髪、ですか?」
俺の姿を見られたフローラさまは心底安心された表情をされたが、俺の頭の部分を凝視して困惑されながらそう仰られた。・・・・・・自分ではどうなっているのかが分からない。髪がどうなっているのかと仰られても、それを確認する術がない。
「はい、私の手鏡を貸してあげる。本当にその頭、どうしたの?」
「あぁ、ありがとう」
頭を凝視している前野妹から手鏡を貸してもらい、俺は自身の頭を鏡越しに見た。そこには黒い髪をした男ではなく、黒色と銀色の髪が半々くらいに混ざった男がそこにいた。・・・・・・どうしてこんなことになっているんだ? フローラさまたちが驚いているということは、戦いに行く前にそんなことにはなっていなかったはず。
考えられる可能性は、≪魔力解放≫しかないだろう。だが、どうしてこんなことになっているのだろうか。この銀髪は、まるで銀髪の女性のようではないか。その力の一端を受けたということで、俺の身体も変化したのかもしれないが、本当に何も教えてくれないから分からない。これはこのままなのだろうか。
「・・・・・・身体には異常がないので、気にされないでください」
俺は前野妹に手鏡を返しながら、そう言うしかなかった。どうしたのかと言われても、俺が持ち合わせている答えはないから答えられない。だから精一杯フローラさまたちに心配をかけないようにお伝えするしかない。それで心配が解消されるかは分からないが。
「アユムがそう言うのなら、分かったわ」
フローラさまは納得されたようで良かった。俺がこう言っているのだから、納得するしかない。しかし、銀髪の女性については本当に根掘り葉掘り聞かないとフローラさまに俺の異常をお伝えすることができないから、次に会ったら問い詰めてやる。・・・・・・前にも、こんなことを思ったことがあって、問い詰めたことがあったような気がするが、気のせいか。
「それよりも、ルネお姉さま」
「な、何?」
フローラさまがさっきから俺に背を向けているルネさまの方を向いて何か仰られようとするが、ルネさまはフローラさまの方を向かずに答えられた。そんなルネさまにフローラさまはイラつかれたのか、ルネさまの元へと歩いて行き、ルネさまを俺の前に引っ張て来られた。その間もルネさまは俺と顔を合わせようとせずに手で顔を隠しておられる。
どうしてそんなにも俺に顔を合わせてくれないのだろうか。そこまで俺のことが嫌いになられたのだろうか。俺がまた何かしたのか? これもまた訳が分からない。
「ルネお姉さま。ルネお姉さまはアユムが無事で戻ってくるかどうか心配されていましたね?」
「だ、だって、あんな大きな魔物にアユムくんが勝てるかどうか分からなくて、フローラは心配にならないの?」
「はい、心配になりません。アユムが、騎士が私たちのことを守ると言ったのですから、主がそれを信じないでどうするのですか?」
「・・・・・・そ、そうかもしれないけど」
「けどではありません。しっかりと騎士を労ってあげてください。それが守られた側の責務です」
何だか、フローラさまがルネさまを諭されていて、姉妹の立場が逆転しているような気がする。でも、フローラさまが仰ることはその通りだ。騎士として、俺は主に不安な顔をさせずに戦いに出向きたい。不安な顔にさせているようなら、俺はまだまだ騎士として一人前ではないが、俺を信じてくれる主がいれば、内から力が湧き出てくる。
ルネさまはフローラさまに諭されて、顔を隠している手をお取りになった。そこには目を赤くされて顔を真っ赤にされているルネさまのお顔があった。一体どうしてそうなっているんだ? 泣かれていたのか?
「・・・・・・うん、分かった。今回は私が労うね。・・・・・・よくぞ、無事に戻ってきました、私たちの騎士。私たちの命だけではなく、この国の民の命を救ってくれたことを誇りに思います。この度は非常に大義でした」
あぁ、俺が最初に言った言葉を忘れられているわけではなかったのか。良かった、俺がただ一人で言っている人になるところだった。それに、どんな褒賞よりも、俺はこの一言を聞いただけで十分だ。主を守れて、主の誇りを守れた。これだけで命を賭けるに値する。
「はい、ありがたき言葉でございます」
「これからも・・・・・・、これからも、私たちを守り続けてください。決してあなたと私たちが欠けることのないように、ずっとです」
「はい、主から見捨てられない限り、自分は一生ルネさまやフローラさまたちをお守りします」
「・・・・・・根に持ってるの?」
「いいえ、持っていませんよ?」
俺がルネさまにお伝えした言葉に、ルネさまは嫌な顔をされながらそうお答えになられた。ルネさまが一度俺と距離を置こうとされていたから、こうお伝えしたまでだ。何も根に持っていることはない。ただ、一方通行だとお守りするのが難しいなと思っただけだ。
「テンリュウジさん、少しよろしいですか?」
「どうされましたか、バカ王女?」
俺とルネさまが会話しているところで、ステファニー殿下が割り込んできた。こういう時は空気を読んで割り込んでほしくないところだ。だが、その顔は真面目そのものであったから、用件を聞くことにした。聞かなくてもフローラさまとルネさまに怒られるからな。
「事情は後で話しますから、今から私が言うことを国民の前で言ってはくれませんか?」
「・・・・・・まぁ、内容を聞きましょうか」
バカ王女が切羽詰まっている顔をしているから、また何かくだらない考えをしているのではないかと思ったが、どうやらそれは違うようで現国王やラフォンさんやグロヴレさんも同じような顔をしている。俺ができることなら言ってやろう。敵を倒しただけで、はい終わりとはいかないだろう。
そして俺はステファニー殿下が伝えてきた言葉を聞いて、言いたくないと思ってしまった。その言葉は、丸っきり俺がこの国民たちの前でした言動と真逆の言葉じゃないか。そんな言葉に意味があるのかよ。それならラフォンさんとかに頼めばいいだろう。そもそも、その言葉を今言う必要があるのか?
「お願いします、今は、今はこれしか方法がないのです」
「アユム。やりなさい。その言葉はこの国に必要なのよ」
フローラさままで俺を説得された。フローラさまがそう仰るのなら、俺はするしかなくなる。国民たちがどう思うか知らないが、何か言われても俺は気にしないから良いか。心の準備はもうできているから、さっさと言ってしまおう。
「アンジェ王国の民たちに告ぐ、我が剣を見よ!」
俺は元に戻っているクラウ・ソラスを取り出して天に掲げた。俺たちの方を見ていた全員が俺の方を向いた。国民たちの顔からは、不安の表情が多くみられる。俺だけがどういう状況なのか知らないのか。本当に事情を説明してもらおう。
「今回は数多のモンスターが侵攻する中、ただこの身一つですべてのモンスターを退けた! 誰が何と言おうとも、俺がこの国を救ったことに他ならない!」
俺がこの国を救ったことは事実だが、それを声高らかに言うことではないと思う。俺はこの国を救う気なんてこれっぽっちもなかったんだから、こんなこと本当は言いたくないな。
「我々は、明日を勝ち取った! このクラウ・ソラス一つで理不尽をすべて払いのけ、明日を生きようとした我々が、今ここにいる。・・・・・・ゆえに、勝利を祝うと同時に、生きていることも祝え! 超巨大モンスターの脅威を晒されてもなお、生きてここにいるのだから!」
ここから先の言葉を言うのが嫌だな。だって、この先の言葉を言えば、俺がこの国の犬みたいな言い方になってしまう。だけどフローラさまに説得されれば、言うしかない。憂鬱だ。
「この国がどんな状況であろうと、俺がこの国にいる限り平穏が保たれる。それはもうすでに証明された事実から分かることだ。何を思いつめる必要がある、何を死にそうな顔をする必要がある! この国には、俺がいるのだから!」
俺がそう言うと、周りにいた国民から一斉に歓声が上がった。あちこちから俺の名前を呼ぶ声が上がっているが、これじゃあ本当にこの国の騎士じゃないか。俺はシャロン家の騎士なのだから、アンジェ王国の騎士など勘弁してほしい。
クラウ・ソラスを別空間にしまった俺は国民が見えない位置で少しため息を吐いて、これを頼んできたステファニー殿下の方を見た。ステファニー殿下はすごく申し訳なさそうな顔をしてこちらを見ているから、それ相応の事情があるのだろう。だけど、疲れている俺にやらせるのはやめてほしい。こんなことを言うために戻ってきたわけではない。
国民が喜び騒がしくなっている場から、俺とステファニー殿下は別の場所に移動した。フローラさまとルネさまたちはラフォンさんに任せて、俺はこの国の状況を聞くために別の場所に移動した。あの場所では騒がしくて話なんてできないし、この国の内情を話してくれるようだから一目のない場所に移動したらしい。俺の≪完全把握≫で周りに誰もいないことは把握済みだ。
「で、どうして俺にあんなことをさせたんだ?」
「はい、今からご説明します」
この国で何が起こっていて、どうして俺にあんなことを言わせたのか、ステファニー殿下に尋ねた。疲れているせいでそれらを考える余裕がない。今すぐにでも寝たいところだが、たぶんこの状態では寝れないだろう。脳や身体が睡眠を欲しているのに、内から力がどんどんと溢れてくる。疲れているのに寝れない嫌な状態だ。
「まず、この国の兵士がほとんどいなくなりました」
「・・・・・・そう言えば、そうだったな」
敵陣から帰ってきた時、≪完全把握≫をして兵士がいなくなっていることは気が付いていた。そこまで気にしていなかったが、一体どうしていなくなっていたのだろうか。
「兵士だけではありません。国の重鎮たちもいなくなっています。最初は誘拐などの敵の策略かと思いましたが、違いました。ある人物が兵士たちを引き連れていくところを見ていた者がいました。それにユルティス大公が密かに兵を篭絡していたことをフロリーヌさんの直属の部下が探ってくれていたことから、自身の意思で引き連れていっていることを確信しました。それは――」
「――ユルティス、大公か」
「はい、その通りです」
ステファニー殿下の話を聞いていて俺は段々と頭が冴えていき、兵士や重鎮たちを引き連れることができる人物が誰なのかと考えれば、おのずと現国王の次に偉いユルティス大公に絞られる。その予想は当たっていたようだ。でも、まさかこのタイミングで国から離れるのか? こうなることを知っていたのか?
「ユルティス大公がいなくなったのは、いつだ?」
「正確な時間は分かりませんが、テンリュウジさんたちが敵の拠点に行っている間にいなくなったのは確かです。そして、そのことは誰から伝わったのかは分かりませんが、瞬く間に国中に知れ渡り国中が混乱する事態に陥りました」
なるほど、俺がいない間に逃げたのか。俺がいれば間違いなく気が付いていただろう。だが、どうしてこのタイミングなのかと考えると、やはり超巨大モンスターが侵攻してくることが分かっていたのだろう。となれば、ユルティス大公とボサボサ頭の男は繋がっているのか。ボサボサ頭の男と言うよりかは、ニース王国と言った方が良いだろう。
いつから繋がっていた。そんなことはどうでもいい話か。今はユルティス大公がこの国を裏切って、多くの兵士と重鎮たちも裏切ったという事実だけあればいい。
「超巨大モンスターたちを倒したのにもかかわらず、国の兵士や重鎮たちの消息不明で、あんなにも国民が不安そうな顔をしていたのか」
「はい、そうです。だからこそ、この国が安心で安全に暮らせると認識してもらうために魔物を倒したテンリュウジさんにあのようなことをさせてしまいました。本当にありがとうございます」
他の国に攻め込まれればすぐにでも落ちてしまいそうな状況の国にいるんだ、それは不安で仕方がないだろう。そこで絶対的な力を誇示した俺の出番というわけか。正直なところ、これを聞いたところで俺だけなら絶対にやらなかっただろう。まだラフォンさんやグロヴレさんがいるのだから、俺でなくても良いだろうと思ってしまう。
でも、やってしまったからには仕方がない。国を守るつもりも、国民を助けるつもりもそれほど持ち合わせていないが、言ってしまったのだから多少は助けることも考えないといけない。これでこう言ったとか文句を言われたら、間違いなく俺は助けなくなるがな。
「それで? ユルティス大公たちはもうこの国の敵という認識で良いのか?」
ユルティス大公たちがどこかへと消えたということを聞いて、一番聞きたかったのがこれだ。こいつが何と言おうとも、俺があいつらのことを敵だと認識するしかない。だが、一応は聞いておくことにする。
「・・・・・・それは、分かりません」
「あいつらは自分たちの国を捨てたんだぞ? それなのに敵だと認識しないのか?」
「それは分かっています。ですが、そう簡単に切り離していいものなのでしょうか。彼らも元は同じ国の人間です」
「同じ国の人間だからこそ、俺たちが始末をつけないといけないだろう。まぁ、俺はバカ王女が何と言おうともユルティス大公を殺す。これは決定事項だ」
むしろ俺はあいつ自身から安全な場所からいなくなってくれたのだから心おきなく殺すことができる。今までに受けた屈辱を晴らすことができる。それだけがユルティス大公がどこかに行っていいと思った点だ。
「それは、仕方がありません。現国王にもそう伝えておきます」
「そうしてくれ」
そう言って俺たちは話を終えてフローラさまたちに元へと戻っていく。俺はこれから何か起こるのではないかという不安を抱えながら、あの場所に戻るのであった。
あと二話くらいで第四章を完結させたいと思います。