102:騎士と侵攻。④
すぅ・・・・・・、間に合った、のか?
投影されている男を見て、俺はどこかで見覚えがあると思った。だけど、そのどこかが思い出せないでいる。それにこの声もどこかで聞いたことがある。だけど、思い出せない。くそ、結構大事な場面だと思っていたんだけどな。
「何、あれ。・・・・・・人が、空を浮いているの?」
フローラさまがこの場にいる全員の声を代弁するかのように困惑した声で言った。それもそうか。あれはホログラムであるが、この世界にはないはずの文明だろう。なら、この男はこちらの世界の住人ではなく、俺たちと同じような異世界の住人なのか? それとも、こちらにもそう言った魔法があるのかもしれないが、俺が知る限りはないし、この場にいる全員が知らないようだ。
そして国中に見えるということは、超巨大モンスターが迫ってきているのに、さらなる未知が襲ってきたことにより混乱した声がここまで聞こえてくる。本当に今日はアンジェ王国にとって厄日と言えるだろう。もしかしたら滅びるかしれない。
「安心してください、フローラさま。あれが何であろうとも、自分がフローラさまやルネさまたちを何が何でもお守りします」
「・・・・・・そうだったわね、私にはアユムがいる。だから、もう大丈夫だよ」
少しだけ不安そうな顔をされていたフローラさまに、俺は精一杯の言葉をかけた。するとフローラさまは俺の顔を見て安心した顔をされた。フローラさまのその顔を見ただけで、俺はいつも以上に力を発揮できる。そしてホログラムは話し始めた。
『僕はサムソン・ヴォーブルゴワン。ニース王国で参謀として働いている研究者だ』
・・・・・・あぁ、こいつのことを知っている。ようやく思い出した。こいつはニース王国が攻めてきたにその原因を作ったであろう男であり、肉片を取り込んだ時に流れ込んできた記憶の中に、記憶の主が肉体を細切れにされていた現場にいたボサボサ頭の男だ。まさかこいつがあれをやった張本人だったのか。それを考えれば、あの記憶はごく最近のものなのだろうか。男に変化が見られない。まぁ、男が不老不死であるならば、話は別だが。
『どうかな、僕が作り出した人造魔物たちは。アンジェ王国に攻め込んだ魔物たちも、僕の住処の一つに配置しておいた魔物たちも、そしてアンジェ王国を囲んでいる規格外な大きさの魔物たちも、すべて僕が作り出した。どうだい? すごいだろう?』
ボサボサ頭の男は、自慢げな顔をしながら話している。確かにこれらの魔物を作れることは脅威だし、普通なら簡単に国を落とせるレベルだろう。それを保持していながら、ニース王国についているのはどうしてだ? ニース王国をすでに乗っ取っているのか?
『これらはすべて僕の夢のためにある。自己紹介の続きがてら、僕の夢を言わせてもらおうか。僕の夢はすべての魔物や魔族、人間を手中に収め、すべてを僕が支配すること。世界征服と言った方が簡単かな。僕の夢に賛同する人は、ニース王国に来てもらっても構わないよ』
世界征服など、馬鹿げた話だと思う人がほとんどだろうが、この光景を見せられればそれが不可能ではないと思わせるだろう。それにこの場で助かりたいのならニース王国に寝返る人間が出てくるかもしれない。俺はそんなものには興味がないからどうでも良いが。
『世界征服をする第一歩に、まずは一番厄介な騎士がいるアンジェ王国を潰すことにしたんだ。そして他の三つの国を潰す。その次に魔王軍を潰して、晴れて僕は世界征服できる』
策も何もない作戦だが、大前提に圧倒的な戦力があるのなら、その作戦で何も問題ないだろう。それよりも、ボサボサ頭の男が言っている厄介な騎士というのは、誰のことだ? 七聖剣のラフォンさんのことだろうか。一番厄介と言わせているんだからな。もしかしたら、俺かもしれないが、それは自惚れという可能性が捨てきれないから、ラフォンさんという線を考えている。
『さて、前置きはここまでにしておいて、僕がこの場に登場した理由を伝えたいと思う。僕もただ国を潰すために多くの人間を殺すのは忍びない』
嘘ばかり言うな。魔物を生き物とは思わずにあんな実験をしておいて、多くの人間を殺すのにためらいなどあるわけがないだろう。俺は生きるために魔物を殺すが、こいつは自身の目的のために無意味な命を殺しているのだから、俺はそこでもこいつと相容れないと思っている。
『そこで、僕からアンジェ王国に提案することにした。アンジェ王国を僕の物とすることと、ある条件をのめば、僕はアンジェ王国を潰さないことにしよう。どうだい? 多くの命を救えるのだから、良い提案だと思わないかい?』
この場にいる俺以外の全員が、ボサボサ頭の男の言葉に反応した。一番反応したのは現国王とステファニー殿下であった。この国の王族であるから、アンジェ王国の国民を助けたいのならこの国を差し出すことは厭わないだろう。だが、そんないい話があるわけがない。そもそも、こいつのことを嫌っているのだから、最初から条件をのむつもりはない。
『とても、条件が気になっているはずだから、言ってあげるよ。一つ目は、アンジェ王国の王女殿下であるステファニー・ユルティスとランス帝国の隠し子であるブリジット・スアレムを差し出すこと』
・・・・・・ステファニー殿下なら分かるが、ブリジットの存在がどうしてバレているんだ? それに、王女の血を欲しているのか? 五頭竜神が欲しているのだから、重要な人物であることは理解できる。彼女らを手に入れたところで何が起こるのかは理解できないが。
『そして二つ目は、アンジェ王国にあるすべての神器を僕の元に渡しに来ることだよ。ジュワユーズを筆頭に、クラウ・ソラス、キム・クイ、ガンバンテイン、ドラウプニル、フラガラッハの六つを僕の前に出すと良い。まぁ、神器を所有者から引きはがすことは普通は無理だけど、神器所有者を連れて来れば僕が引きはがすから、実質六人を連れてくることになるかな』
まさか、この俺も対象になるとは思わなかった。勇者たちは正直どうでも良いが、フラガラッハと言えばサンダさんか。サンダさんは恩があるから助けるに値する。それよりも、神器を引きはがす術をこいつが見つけていることに驚きだ。それができれば、神器を思うままに使うことができるじゃないか。
『あぁ、それと、フローラ・シャロンとルネ・シャロンも僕の元に来てもらおうか。君たちは僕の被験者となるに値する人間だ。それこそ、シャロン領も調べたいところだ』
こいつ、ふざけているのか? 俺がそんなことを許すと思っているのか? 俺が犠牲になったとしても、フローラさまとルネさま、そしてシャロン家の人々を人のおもちゃにして良いわけがない。お二人を被験者だと? こいつは俺のことを怒らせたいみたいだな。・・・・・・だが、こいつはどうしてお二人を指名したんだ? ふと、帰省した時に盗賊が来たことを思い出したが、今は関係ないか。
『王女殿下を二人、神器所有者を六人、そしてシャロン家のご令嬢を二人。合計十人を僕の元に連れて来れば、その他多くの人間を救ってあげよう。良い話だったろう?』
ふっ、どこが良い話だ。これからの戦いを考えれば、多くの国民を救うより有能な人間を残した方が遥かに良い話だ。これから有能な人間が残っていなければ、この国は生き残れない。それなら少しでも有能な人間を残しておくことを考えた方が良い。まぁ、俺は逃げも隠れもしないが。
『フラガラッハの使い手は冒険者ギルドがあった場所にいて、他は王城があった場所にいるから、すぐにでも捕まえると良いよ。泣きわめいたり、命乞いをすればきっと命を差し出してくれるよ』
そう言ったボサボサ頭の男のホログラムは消えた。フン、いらないことを言い残して消えやがった。この状況と言い、本当に面倒な。ボサボサ頭の男の言葉を受けた国民が、王城があった場所、つまりこの場所に集結しているのが分かる。まさに四面楚歌と言うものか。・・・・・・サンダさんは単独でこちらに来ているから、大丈夫だろう。
「・・・・・・ステ――」
「私は、大丈夫です。いつでもこの国のために命を捨てる覚悟はできています」
現国王がステファニー殿下の方を向いて何かを言いかけたが、ステファニー殿下は何を言おうとしたのか分かったようで決心した顔をしている。だけど、足は震えており、ただの強がりであることはすぐに理解できた。身の危険があるときくらいは、自分に素直にいればいいのに。
「・・・・・・アユム、まさか私が指名されるとは思ってもみなかったわ」
「それは自分も思いました。あいつには、フローラさまたちが知らない何かを知っているのかもしれませんが、それが何かは分かりません」
フローラさまが多少驚いてはいるが、いつも通りな感じで俺に話しかけてこられた。他の人たちを見ると、比較的にルネさまやブリジットは特に心配していない様子であった。だけど、勇者たちは不安な顔をしていた。俺も心配していることはある。それは俺が超巨大モンスターと戦うことではなく、ここに来ている多くの国民たちをどう対処するかを考えている。
絶対にあいつの言葉を真に受けて、国民が命欲しさに俺たちをあいつに差し出そうとするだろう。そうでなければ、随分とできた国民だと思うが・・・・・・、国民の四分の一がこちらに来ている。つまり国民の四分の三が差し出そうとはしていない。
だが、アンジェ王国ほど大きな国であれば、四分の一でもそれなりの人数になるから、俺たちを簡単に囲むことができるだろう。いっそのこと、そんな後先も考えられないような奴らを黙らせておくという手もあるが、それはバカ王女が許してくれないだろう。
「おい、バカ王女」
「は、はい、どうしましたか?」
俺は震えているステファニー殿下に向かって、失礼な呼び方をして声をかけた。俺の声に少し驚いた様子をしているところを見ると、かなり動揺しているのだろう。こんなことで動揺していてどうするんだよ。一国を背負うことになるんだろうが。
「言っておくが、俺とフローラさま、ルネさまとブリジットは敵に応じる気など全くないからな」
「え、えっ? ど、どうしてですか?」
「当たり前だ。俺がこの国の犠牲になるなどあり得ないし、フローラさまとルネさまとブリジットがなることも以ての外だ。もし俺がこの国とフローラさまたちを選べと言われたら、迷いなくフローラさまたちを選ぶ。この国の人たちなど知ったことか。だからバカ王女の覚悟など意味がないから捨てておけ」
また俺の嫌いな理想を見る王女になっていたから、覚悟を否定しておいた。・・・・・・一応、俺はこいつを守る騎士になると言っていたから、その約束は破らない。言ったからにはバカ王女を守らなければ騎士ではない。主ではないから約束を違えるなど、騎士ではない。
「で、ですが、この状況をどう打破すれば良いのですか? あの男の提案を飲む以外に道はあるのですか?」
「そんなことは考えなくても分かるだろうが。それは――」
「国王さま!」
俺が言葉を言いかけたところで、遠くから聞こえてきた声によりその言葉を止めた。あぁ、そう言えばもうこちらに国民が来ていたんだな。周りを見ると、あらゆる方向から国民がこちらに来ているのが分かった。そして勢いが落ちることなくこちらに向かっているから、俺はフローラさまたちが巻き込まれる可能性が頭に浮かんだ。
それは絶対に避けたいから、見せしめに数十人くらい大けがを負わせても大丈夫か。こんなことをしているようなバカたちなのだから。そうと決まれば俺はクラウ・ソラスを取り出してこちらに来ている国民の集団の先頭にいる国民目掛けて≪一閃≫を放とうとする。しかし、俺を手で制してきた人がいた。
「待て、アユム。ここは私とグロヴレが止めるから、アユムは手を出さないでくれ。どんなに愚かなことをしていても、彼らもアンジェ王国の国民だ。彼らも私たちが守る義務がある」
「・・・・・・分かりました」
真面目な表情をしたラフォンさんがそう言うから、俺はクラウ・ソラスを下げてラフォンさんにこの場を任せた。ラフォンさんが前に出ると、その反対側にグロヴレさんが移動した。
「おい、寸分違わず私に合わせろ」
「そんなことは分かっているよ。そうじゃないとテンリュウジくんが対処してしまうからね」
ラフォンさんが反対側にいるグロヴレさんに圧をかけた声で言うと、グロヴレさんはそんな圧を気にせずに返事をした。そして、ラフォンさんは身体中から魔力を放出させて、それに合わせてグロヴレさんも魔力を放出させている。その魔力は俺たちの周りを囲み始めて、天まで届きそうな高さになった。
「≪双頭の城壁≫」
ラフォンさんがそう言い放ち、俺たちを囲むようにできた魔力の壁は透明ながら装飾が施された城壁と化した。こんな技ができるなんて、さすがはロード・パラディンと言ったところか。それに二人の魔力から出来ているから、強度が俺の白銀の鎧並みに堅そうだ。
壁ができたと同時に、国民たちが俺たちを囲んで壁を押しつぶす勢いで押し寄せてくる。その顔は必至そのものである。この光景を見ていたルネさまが驚きになられて後ずさりされている。野蛮な人間たちは余裕がないから嫌になる。
「ステファニー殿下! 私たちを助けください!」
「勇者さま! どうか、どうかあちらに行ってください!」
「もう嫌なの! 早くこれを終わらせて!」
「あんたたちが行ったらすべてが終わるのよ!」
国民たちの悲痛な叫びがこの場に集中している。鬱陶しいこの上ないし早くどこかに散れと俺は思っているだけだが、そういう感性を持っていない勇者たちやバカ王女、ルネさまは顔がこわばっている。フローラさまとブリジットはどうにも思っていないようだ。
「たった十人で多くの人が救えるのよ! これ以上にいい条件はないわよ! 早くその命を国に差し出しなさい!」
「国のために命を使えるのよ⁉ 魔王にも勝てない勇者の命や、何も知らない王女の命が多くの命のために使えるのだから、本望でしょう⁉」
「そうよ! 不細工な伯爵家二人の命なんて、敵に差し出してやればいいのよ!」
「そこの騎士王だって、騎士王に相応しくない振る舞いをして何もせずにふんぞり返っているだけじゃない! そんな騎士王は騎士王らしく国のために死になさい!」
おぉ、おぉ、言われ放題だな。こいつらの生存本能には思わされるところはあるが、言うだけ無駄だ。俺たちは相手の手に落ちるつもりはない。お前らの言葉を受けて、俺たちが行くと思っているのか? 簡単に命を差し出せという相手の命を助けると思っているのだろうか。
「わ、私は・・・・・・」
「・・・・・・ど、どうしたらいいの?」
一人どころか、二人以上いたわ。一人はバカ王女で、もう一人は前野妹が明らかに動揺してどうしたらいいのか分からずにいる。他の勇者たちも窮地に立たされたみたいな顔をしているな。こいつらのこんな顔を見ているとざまぁと思うが、ルネさまがこのような表情をされるのはいただけない。
ルネさまのこともあるから、こいつらの言い分は聞き飽きたから、そろそろ動くことにしようかな。こいつらを守る気はないが、結局俺はバカ王女を守らなければならないという義務を勝手につけてしまった。騎士として、俺は俺の騎士道を全うする。
「黙れ」
いつまでもうるさい押し寄せている国民に対して、俺は低い声で周りに聞こえるように言葉を放った。すると周りは俺の雰囲気に全員が黙った。これで少しは話しやすくなる。こいつらを処理しても良いが、それはバカ王女やラフォンさんの思うところではないだろう。
「言っておくが、俺はお前らのために命を捨てる気などない。ましてや、この国を救う気など全くない。だから、お前らが死んでも俺はどうでも良い。俺の主を罵倒しているお前らに生きている価値など少しも見いだせない」
俺は今率直に思っていることを、冷たい目と声音で周りの国民に向けて伝えた。一瞬の静寂の後に、大きな俺への罵声が至る所から飛んできた。それも俺にとってはどうでも良いことだ。
「ふざけるな! お前みたいなやつに言われたくないんだよ!」
「そうよ! あんたが死ねばいいのよ!」
「そんな人を思いやれないやつが騎士をやってるんじゃない!」
あぁ、本当にうるさいな。お前らの意思なんて聞いていない。お前らの意志を聞くだけ無駄だ。俺は誰が何と言おうとも、フローラさまやルネさまとブリジットを敵に差し出すつもりはないし、俺自身を犠牲にするつもりはない。
「黙れと言っているのが聞こえなかったのか? お前らが何と言おうとも、俺がお前らのために命を捨てる気はない」
ボサボサ頭の男がどれだけ待つのか分からないから、俺は早くこの場からこいつらを排除して超巨大モンスターのところに向かいたい。もういっそのことこいつらの中の一人を見せしめに痛めつけて黙らせるか? そうしないと黙らない気がする。
「テンリュウジさん。どうしても、ダメでしょうか?」
「当たり前のことを聞くな。そんなことダメに決まっているだろう」
そんな中、バカ王女が俺に話しかけてきたが、そんなくだらないことを聞いてきたから俺は即座に否定した。するとバカ王女は下を向いてプルプルと震え始め、小さな声で話し始めた。
「・・・・・・私だけでは、ダメでしょうか? 私だけで良いのなら、私は喜んであちらに、向かいます」
そんなに震えて喜んで向かうわけがないだろうが。あちらに行けば、何をされるのか分からないのは明らかだ。それは、俺に流れ込んできた記憶が教えてくれた。・・・・・・それに、俺はこいつを守らなければならないんだから、そんなことさせるわけがない。
「無駄なことはやめておけ。捕らえられた終わるだけだ」
「で、ですが、それならどうしろと言うのですか? この場にいる誰もあれらを倒せないのですよ?」
いつ俺があれを倒せないと言ったんだ? まぁ、倒せるとも言っていないか。だが、不可能だと言われるのは良い気分はしない。とりあえず、さっきからずっと俺のことを罵倒している周りにいる奴らを黙らせるか。
「黙れと言っているだろうがッ!」
俺の殺気を含んだ言葉に、周りは一瞬で静まり返った。これで俺の言いたいことがようやく言える。ここまででどれだけ時間がかかったんだよ。
「俺が、あれらを倒してやる。そしてフローラさまとルネさま、ブリジット、ニコレットさん、サラさん。それとバカ王女も救ってやる。前に約束した通り、お前の騎士として、バカ王女をこの命を賭けてお守りしよう」
本当にすみません。忙しすぎて十六時投稿ができませんでした。