101:騎士と侵攻。③
第四章、本当に長いなと自分でも思います。
人々の負の感情がこもった声を聞きながら門番も居ない城門を抜け、一刻も早くブリジットたちがいる方へと向かうべく走り出す。一応≪魔力武装≫を解いて進んでいるが、俺たちは人々の叫び声や泣き声、怒りの声の主たちを目にした。
「この国は、終わりだ・・・・・・」
「いやぁっ! まだ死にたくないよぉ!」
「どうして私たちばかりがこんな仕打ちを受けないといけないのよ!」
「どうしてこうなったんだよ!」
超巨大モンスターが見えて着々とこちらに来ている光景を目にした人々の、絶望した声が聞こえてくる。巨大モンスターが来た時で、すでに精神は疲弊しきっているのに、今度は大きさが数十倍はあるモンスターに囲まれているのだから、絶望するだろう。
今はまだ精神が狂って他人に暴力を与えたり暴挙に走り出したりしていないが、いつその精神状態になってもおかしくはない。昨日まで上辺だけは平和な国が、たった一日でこんなにも絶望にあふれた国になるなんて誰も思っていなかっただろう。
そんなことよりも、ニコレットさんたちの元に急いで向かうことにする。ニコレットさんたちは移動したようで、元々お城があった場所にいるグロヴレさんとその直属の部下さんたちが護衛しているステファニー殿下と現国王と一緒にいるようだ。
「お前たちはいつまで俺に乗ってんだよ。もう国に着いたんだから早く降りろ」
「もう少し抱き着いていても良いでしょ? アユムに抱き着いていて、アユムの匂いがしてすごく安心する」
「あっ、それはリサも一緒~。こうやってしていると、何だか眠くなってきちゃうんだねぇ」
「ねぇ」
ねぇ、じゃねぇよ。俺が前野姉妹にそう言っても、二人揃ってふざけたことを言って降りようとしない。そんなことを言っている余裕があるのなら、降りて歩けばいいものを。そもそもお前らを乗せていたのはルネさまの意志であって、俺は不本意極まりない。
「でも、こんな姿を他の人に見られたら勇者の威厳とかなくなっちゃいそうだから、そろそろ降りるね」
「えっ、本当に降りるの?」
「えっ、姉さんは降りないの?」
「えっ?」
「えっ?」
前野妹が降りようと俺に伝えると、前野姉が本当に驚いた感じで前野妹に問い返して、その問いも前野妹が驚いて、お互いに意思疎通がはかれていないようだ。ここら辺で、姉妹でも真面目か不真面目の差が出てくるな。前野妹は勇者として責務を全うしているようだが、前野姉はそんなことどうでもいいらしい。
「姉さんも降りるの!」
「やだぁ、降りたくない~」
俺から降りた前野妹が前野姉を引きずり降ろそうとするが、前野姉は俺の首にしがみついて降りようとはしない。本当にどちらが姉でどちらが妹か分からないとはまさにこのことだ。早く降りてほしいが、その前にそんなにしがみつくのはやめろ。マジで。
前野妹がどうにかして前野姉を引きずりおろせたみたいだが、前野姉は不満そうな顔をしている。二十を過ぎた大人が、子供じゃないんだからそんな顔をするな。みっともない。まぁ、俺にしがみついて妹に引きずりおろされている時点でみっともないんだけどな。
「よし、それじゃあステファニーの元にでも――」
「あれは、勇者さま?」
周りにいた人々の中で、誰かが前野姉妹を見つけたようで勇者さまと言った。その言葉に周りにいた人々は一斉に前野姉妹の方を向いた。そして絶望した人々の顔は一変して、何かに縋りつくような表情をしながら前野姉妹に群がってきた。
「勇者さまだ!」
「勇者さま、助けて!」
「早くあの大きいモンスターを倒してください!」
「もうこんな気持ちはうんざりよ!」
「早くあれを倒しなさいよ、勇者でしょ⁉」
俺はいち早く前野姉妹から離れたことにより囲まれることはなかったが、前野姉妹は人々に囲まれてもみくちゃにされているのが見える。絶望していた人が希望を見つけた時の行動力はすごいなと思いながらも、これで邪魔なものはいなくなったと思ってここから立ち去ろうとした。
「アユムくん、リサたちを、置いていくの?」
だけどルネさまに止められた。本当にルネさまと前野姉の関係は俺とあいつらの関係と相性が悪い。俺は離れたいと思っているのに、ルネさまが前野姉を助けようとする。だから俺は必然的にあいつらを放ってはおけないようになっている。
「諦めなさい、アユム。ルネお姉さまはあいつらを放っておくつもりはないわよ」
「・・・・・・分かっています。ですが、相手は一般人ですから、危害を与えることができないので助けるのは難しいと思います」
フローラさまの言葉に俺は諦めた表情をして助けることを考えるが、普通にあの中から前野姉妹を助け出すのは至難の業だろう。時間がないと言うのに面倒なことをしてくるな。助かりたいのならそんなことをせずに逃げる準備でもすればいいのに。
「アユムくんなら、できるでしょ?」
「・・・・・・まぁ、できます。やってみせます」
ルネさまに期待のまなざしで見られたら、何が何でもやらないといけない。ハァ、別にルネさまに頼まれることが辛いわけではないし、むしろ嬉しいと思う。だけど、それが結果的にあいつらを助けることになるのが嫌だと思う。
「自分があいつらを助け出してきます。その間にフローラさまとルネさまは城があった場所に走っていてください。すぐに追いつきます」
「分かったわ」
「うん、ありがとうね。アユムくん」
フローラさまとルネさまをお放しして俺の言葉でお二人は城があった場所に走り始められた。≪完全把握≫を使用しているから、何かあればすぐにお二人の方に駆け付ける。そうでなければ、俺は前野姉妹を助けないといけない。まぁ、すぐに助けれるから問題ないか。俺は大きく息を吸って、前野姉妹に聞こえるような声で叫んだ。
「手を上にあげろ!」
前野姉妹が俺の声に気が付いて二人が手を上げたのを確認して、≪神速無双≫を限界の四割で使って、一瞬で前野姉妹の上方に飛んだ。その勢いで二人の手を掴んで引っ張り上げて集団から抜けた。この一連の動作は早すぎて一般人には見えていないようで、まだ何もないところを囲んでいる。俺は二人の手を離して二人の方を向いた。
「早く行くぞ」
「うん! ありがとう、アユム」
「はぁい。やっぱりアユムはリサたちのことが大切なんだよねぇ」
「うぬぼれるな。俺は放置しようとした側だ。感謝ならルネさまにでも言うんだな」
前野姉がふざけたことを言っているが、助けるなら前野妹だけにしておけばよかった。それよりも、俺は二人が大丈夫だと確認してから、走り出して二人も俺に続いて走り始めた。少し走るとフローラさまとルネさまが走っておられるのが見えた。俺たちはお二人に足並みをそろえた。
「お待たせしました」
「待っていないわ。本当にすぐ戻って来たわね」
「このくらいなら簡単にやってのけますよ。これで満足されましたか、ルネさま?」
「うん、私の我がままを聞いてくれてありがとう」
フローラさまは俺がすぐに戻ったことに驚かれ、俺がルネさまに満足かどうかを聞くと満面の笑みで答えてくれた。前野姉妹がもう少しうまくやってくれれば、俺が苦労することはないのだが。前の世界の時でもそうだったが、いつでもこいつらは俺に迷惑をかけてくる。厄介極まりない。
「それで、ブリジットたちは城があった場所にいるの?」
「はい、フローラさま。ラフォンさんもステファニー殿下も現国王も揃っています」
「ステファニーもそこにいるの? じゃあ、私たちも一緒に行くね」
「お前、分からずに俺たちについてきていたのかよ」
俺とフローラさまの会話に割り込んできた前野妹の言葉に、俺は呆れてしまった。・・・・・・こいつは俺に付いてくることしか頭にないのだろうか。まぁ、でも今ここで必要となるのは俺と前野姉妹の合流だからあながち間違いではないのか。
そう思いながら、俺たち五人は城があった場所に走っているが、その道中でも人々が絶望に打ちひしがれている姿を多く見る。その人々の中には、崩れた建物の前で水を飲みながらすべてを諦めている表情をしている人もいる。もはや、この国に希望を持っている人の方が少ないだろう。それだけ超巨大モンスターは絶望を与えてくれる。
「・・・・・・私たちが、助けないと」
「その私たちは、俺も入っているのか?」
前野妹がそんな人たちを見て不意に言葉をこぼした。独り言であったが、その内容が少しだけ不穏であったから俺はその独り言に疑問を投げかけた。問いかけられた前野妹は、さも当然かのように頷いて俺に聞き返してきた。
「え? そうじゃないの? アユムもあれと戦うんだよね?」
「確かにあれと戦うつもりであるが、俺はアンジェ王国の国民を助ける気持ちは持ち合わせていない」
「えっ? そうなの? 巨大モンスターの件と言い、洞窟の件と言い、てっきり私はアユムがこの国のために戦っているんだと思っていた」
「そんなわけがあるか。根本的な部分を間違えているぞ。何度も言うようだが、俺はシャロン家の騎士であり、フローラさまやルネさまたちを守る剣だ。シャロン家に被害が及ぶかもしれない危険因子は、早めに潰しておいた方が良いという判断から手伝っただけだ。俺はこの国がどうなってもどうでも良い。俺が守りたいものを守れるのなら、それ以外はどうなっても構わない。お前らみたいにこの国を守るなんて身の丈に合っていないことを抜かしているバカではないし、何より俺にはこの国に忠義がない」
俺とこいつらの差は、やはりここなのだろう。こいつらは国のために戦い、俺は特定の人たちのために戦う。どちらも守りたいという気持ちは変わらないが、前者はそのための実力が伴っていないことが難点だ。後者はその余りありすぎる実力が難点だ。
「でも、アユムには人を助けたいという気持ちがないの? 私は絶対にアユムには人を助けたいという気持ちがあると思うんだけどなあ」
「そんな根拠もないことを言うな。俺はそんなお人よしではない」
「根拠ならあるよ。今までに私たちと過ごしてきた時間があるからこそ、そう言えるよ」
「そんなものは根拠にならない。ただの言いがかりだ」
「言いがかりじゃないよ~。アユムのことなら何でも分かっているつもりだもん」
「分かっている〝つもり〟な。実際分かっていなかったからこそ、俺が何を考えていたのか分からなかったんだろう?」
「それを言われると痛いんだけどね・・・・・・」
前野妹が戯言を言っていたから、俺はつもりの部分を強調して前野妹に分からせるように言った。全く、俺が人を助けたいという気持ちがあるなんて、バカなことを言う。・・・・・・そんな余裕があるのなら、とっくに助けている。俺は余裕がないから他の人を助けられていないんだ。
そんな会話をしながらも、俺たちは城があった場所に近づいてきた。そして、人がそれなりに集まっている集団を発見した。そこには第一にニコレットさんとブリジット、サラさんの姿が見えた。さらには≪完全把握≫で分かっていたが、ラフォンさんやグロヴレさんなどの国に仕える騎士さんと現国王とステファニー殿下がいた。
分かってはいたが、その場には前野姉妹以外の勇者がそこにいた。それは稲田も例をもれずにいたが、稲田は俺を発見すると睨みつけた来た。まだそんな元気があるのかと思ったが、相手にするのも面倒だから無視することを決め込んだ。
「アユムさん! ご無事ですか⁉」
「はい、今のところ自分は無事ですよ」
俺の姿を確認したサラさんがこちらに来た。そしてその後に続いてニコレットさんとブリジットもこちらに来た。俺は三人が無事であることを視認できたことにホッとしたのもつかの間、サラさんが俺に抱き着いてきたのだ。・・・・・・どうして、サラさんが俺に抱き着いてくるんだ? 全く意味が分からないから思考停止してしまった。
「良かったです、無事で」
「じ、自分は無事ですよ。サラさんたちは何もありませんでしたか?」
「はい、私たちは何もありませんでした。あの大きなモンスターを見るまでは」
「まぁ、そうでしょうね」
「あのモンスターたちが出てきた時、国の外に出ていたアユムさんたちがどうなっているのか心配で心配でたまりませんでしたが、こうして無事に帰ってきてくれて本当に良かったです」
「守るべき人を残して、そんな簡単には死にませんよ」
サラさんと会話しているが、さっきから抱き着いてきている力が段々と強くなってきてサラさんの身体の柔らかさが俺に伝わってくる。こんなにも積極的なサラさんがいただろうか。何かあったのだろうか。もしかして稲田に何かされたのか?
「・・・・・・最近、アユムさんと全く話せず会えていなかったので、このままアユムさんがいなくなってしまうのではないかと思って心配でした」
あぁ、サラさんを不安にさせてしまっていたのか。サラさんはシャロン家の人間ではないが、フローラさまがお気に召しておられる数少ない一人だ。それだけではなく、単純に俺は頑張っているサラさんを好きであるから、不安にさせてしまったのなら申し訳なく思う。
「すみません、自分が至らないばかりに。安心してください、自分はそう簡単にいなくなったりしませんから」
「・・・・・・ごめんなさい、こんな時にこんなことを言い出してしまって」
「そんなものは関係ありませんよ。自分的には内に気持ちを押し殺しておくより、今ここで言ってくれていた方が十分にありがたいです。ですから、ありがとうございます」
ルネさまやブリジットみたいに、ため込まれていても困るからな。それならここで言ってくれた方が良いと思っている。ため込まれて爆発する、みたいなことがないようにしないといけない。何だよそれ、超難しいじゃないか。女心と言うものは、幼馴染で実証済みであるから分かるが、難しいな。複雑すぎだろ。
「今はそのくらいにしておきなさい。他の人たちが見ているのよ。あと、ブリジットとニコレットは後でアユムにお願いしたらいいんじゃないのかしら?」
フローラさまに注意されて周りを見ると、全員が俺とサラさんの方を見ていた。そこまで来ていたニコレットさんとブリジットは、表情が変わっていないように見えるが、あれは羨ましそうにしている顔であることが分かった。当のサラさんは顔を真っ赤にして俺から離れて俯いてしまった。まぁ、こんなところでするようなことではなかった。
「ゴホン、そろそろ話を進めても良いか?」
「あ、はい。大丈夫です」
こちらに来たラフォンさんがわざとらしい咳ばらいをして俺に聞いてきたので、俺はすぐに返事をした。超巨大モンスターが迫っているのだから、こんなことをしている暇はないと思っているだろうな。普通ならそう思うだろうが、今の俺にはその気持ちが全くない。余裕があると言えるのか。
俺たちは現国王がいる場所まで移動した。現国王とステファニー殿下の前に向かったが、・・・・・・どういうことだ? ≪完全把握≫を使って今更になって気が付いたが、どうしてこの国の兵士が全然いなくなっているんだ? どこかに向かったのか、それとも逃げたのか。逃げたのは考えられないか。ここには現国王がいるし、国民だっている。それで逃げたのなら忠義も何もないということになる。
「テンリュウジさん、フローラ、ルネさん、ユズキ、リサ、無事で何よりです。そして敵陣への乗り込み、ありがとうございます」
ステファニー殿下が俺たち五人の顔を見ながらお礼を言ってきた。こんな時でもお礼を言ってくるとは、本当に律儀だと思ったが、別にお礼を言われる筋合いはない。すべては俺がフローラさまたちのことを思って行動したことだ。
「それで、敵陣には何かありましたか?」
「こんな状況になっている時点で、察しているとは思いますが、敵陣には大量のモンスターがいただけでそれを作り出した黒幕はいませんでした。あったのは、人工モンスターの資料だけです」
形式的にステファニー殿下に聞かれて、俺は洞窟の中で見つけた資料をステファニー殿下に渡した。敵陣の中で見つけた、もう一つの手がかりである手のひらサイズの小瓶は渡さなかった。そのことにフローラさまたちに何か言われるかと思ったが、特に言われなかった。
・・・・・・これは、俺が持っていた方が良い代物だと判断した。誰からも言われていないはずなのに、この小瓶は渡すなと言われた気がする。まぁ、この肉片が何なのかはさておき、これからのことについて話さないといけない。
「そうですか・・・・・・。それでも、モンスターを数多く倒してくれたことに感謝します。お礼を今すぐにでもしたいところですが、見ての通りそうはいかないようです」
「それは分かっています。あの超巨大モンスターはいつから見えてきましたか?」
「見えてきたのは、三十分くらい前です。それらが国を囲むようにいることに気が付き、国中が混乱して、国民が絶望しています。・・・・・・たびたびお願いするのも図々しいと思いますが、再びテンリュウジさんの力が必要です。力を貸してください」
「私からもお願いする。どうか、力を貸してくれ。今はそなたに力を貸してもらうほか、人々を守るすべはない」
ステファニー殿下と現国王に頭を下げられてお願いされた。・・・・・・こんなことをされたら、俺は受けざるを得ない。これで断れば、フローラさまに怒られるだろう。俺にその力がなければ、断っても何も言ってこられないだろうが、俺はその力を持っている。
「・・・・・・はい、分か――」
『こんにちは、アンジェ王国の諸君』
俺が承諾しようとしたその時、どこからかどこかで聞いたことのあるような声が国中に響き渡った。どこから声を出しているんだと思ったら、上空にこれまた何か見たことのある男が、国中に見える大きさのホログラムで投影されていた。
あと少しで。ゴールが見えてきました。