10:騎士とお姫さまと使用人と。
連日投稿、十日目ですね。目指すは一年連日投稿!
ラフォンさんとの特訓をぶっ通しで昼まで続けられ、今日の特訓が終わった。スキルがない状態で戦うことに慣れさせる特訓と、新たなスキルの習得を重点的に行われ、久しぶりに疲れを感じている。怪我は≪超速再生≫でないのだが、疲労感が蓄積されている。こんなにも疲れるのは異世界に来て間もない頃ぶりだ。
「ふぅ・・・・・・、疲れた」
そんな独り言を言いながら寮へと戻る道中で、かどから出てきた女性の集団が見えた。不細工の女の集団は、醜い笑みを浮かべながら、談笑している。気持ち悪いと思いながら、聞きたくもない声が耳に入ってくる。
「あいつら本当に笑えるわね! 髪を切ろうとしていたあの顔見た? あの必死そうな顔!」
「そうね、あの執事服を着た女の方もお嬢さまがいたぶられて絶望した顔をしてたわ!」
「本当に、身の程をわきまえないやつらにはこれくらいがちょうどいいのよ!」
そう言いながら、気持ち悪い笑いを周囲にまき散らしながら俺とすれ違った。ああいうやつらがいるから、この世界のブスは嫌いなんだよ。顔もブス、性格もブスと来て、何を取ればあいつらの強みになるんだよ。どこにもねえだろうが。
汚いものを見ている眼であいつらを睨めつけながら、あいつらが来た角を曲がり寮へと帰ろうと思っていると視界の端で信じられない光景が目に入り、目を見開いてそこに走り出す。
「ッ⁉ ルネさま! ニコレットさん!」
建物に寄りかかり座り込んでいる、長いゆるふわとしていた金髪が見る影もなく乱雑になっている傷だらけの女性と、無表情でその女性の汚れをふき取っている傷だらけで血を流している黒のポニーテールの女性がそこにいた。二人とも美人であるのに、いやここは美醜逆転世界だった。ややこしいなっ!
「ッ! ・・・・・・そうか、フローラさまの付き人としているのか」
ポニーテールの女性こと、ニコレット・スアレムさんが俺を見て驚いたが、すぐに平常の表情へと戻り、金髪の女性ことフローラさまのお姉さまであるルネさまの汚れている顔をハンカチでふき取っている。
「ルネさまがどうしてこんなことに・・・ッ! それよりも今は傷を治さないと」
俺はルネさまの身体に触れて、スキル≪自己犠牲≫を使う。するとルネさまの傷が治り始め、代わりに俺の身体に傷がつき始めた。そしてルネさまの身体から傷が完全になくなり、ルネさまの傷が俺の身体に移った。これが俺のスキル≪自己犠牲≫。これを使えば相手の傷を自分に移すことができるスキルだ。それはどんな怪我でも俺に移る。怪我が移ったものの、ルネさんの意識は戻らない。
「次はニコレットさんの番です」
「・・・・・・あぁ、すまない」
見れば、立っていることがやっとのニコレットさんの身体を見て怒りが込み上げてきたが、今は怪我を治すのが優先だ。俺の身体は≪超速再生≫を使い治し、ニコレットさんの怪我を自身に移していく。≪感覚麻痺≫により痛みはないが、悲しみが俺の中であふれ出てくる。
「はい、終わりました」
「ありがとう、アユム。助かった」
ニコレットさんの怪我はすべて俺の中に移り、≪超速再生≫でその怪我を完治させた。そして俺は気を失っているルネさまをお姫さま抱っこする。
「どうしてこうなったかは後で聞くことにします。今はルネさまを部屋に運びましょう」
「・・・・・・そうだな。そうしてもらう。お嬢さまの部屋に案内する」
ニコレットさんの案内の元、ルネさまの部屋へと歩いていく。歩いている最中、俺とニコレットさんの間に会話はなかった。仲が悪いわけではなく、むしろ一番お世話になったのがニコレットさんと言えるから結構仲が良い方である。しかし、今の現状を見て話すことが見つからないのだ。
少し歩き、二年生の寮に到着した。二年生の寮は、一年生の寮の建物の隣に建てられており、すぐ近くであった。階を上がりルネさまの部屋の前にたどり着いた。そしてニコレットさんが扉を開けると、そこでも信じられない光景が目に入り、俺は言葉を失ってしまった。
部屋中が荒らされており、ベッドは刃物か何かで切り刻まれており、家具はハンマーか何かで壊され、部屋の至る所に〝不細工〟や〝落ちこぼれ〟や〝貴族の恥さらし〟と赤い文字で書かれている。そんな光景に、俺は今にも怒りを爆発させそうになった。しかし、それはただの獣と同じであるから、その感情を抑え込む。
「このソファーはまだ無事であるから、ここにお嬢さまを」
ニコレットさんの言う通り、他の家具よりも無事であったソファーにルネさまを丁寧に横たわらせた。ルネさまの怪我は治っているが、ルネさまが何より大切に手入れをしていたゆるふわの長い金髪は見る影もなく、これだけでぶち切れる自信がある。
「・・・・・・ニコレットさん、これは一体どういうことですか?」
「お前には、関係のない話だ。それよりもお嬢さまを着替えさせるから、部屋から出ていけ」
「関係なくないでしょうが・・・・・・。今は部屋から出ておきます。話は絶対に聞かせてもらいます」
関係ないと言われたことに納得していないが、ルネさまの服を着替えさせるとのことだったから、俺は一旦部屋の外へと出て着替えが終わるのを待つ。・・・・・・長期休みの時に、異変に気が付いておけばよかった。これは今回だけの話ではないだろう。おそらく、長期にわたっていじめられている。
ここまでされているのなら、俺はこの力を人に向けて振るうことをいとわない。さっき勇者と言われても関係ない。何も守れていない騎士に、何の意味もない。シャロン家に所属している俺が、問題を起こすのは問題だ。シャロン家に迷惑がかかる。シャロン家から離れるか、俺だとばれないようにするか。後者の方がやりやすい。前者は離れたとしてもシャロン家の責任問題が問われるかもしれない。
ルネさまとニコレットさんをいたぶった相手は、気持ち悪い笑い声を出していたあの女たちだろう。さぁ、どうする。俺は恩人をこのまま放置しているほど、人間ができていないんでな。それに、元々何もない俺が何をしても今更何も変わらない。
「着替えが終わった、入れ」
考えを巡らせていると、中からニコレットさんの許可が下りて部屋へと戻る。さすがはルネさまの専属使用人であるから、短時間で部屋の片づけが大体終わっている。そしてルネさまとニコレットさんの血が付いていた服は、綺麗な服に着替えられていた。
「飲め」
無事であったティーカップセットで作られた紅茶をニコレットさんから渡され、俺はそれを受け取って少しだけ飲む。・・・・・・やはりこの人はすごい人だ。何でもできて、格好良くて、いつでもこんなおいしい紅茶を出してくれる。だからこそ、俺はこの件を無視するなんてできない。
「・・・・・・それで、これは一体どういうことですか?」
「何度も言わせるな、お前には関係ない」
ニコレットさんの目を見て聞いたが、彼女は目をそらさずに、これ以上踏み込んでくるなと目で脅迫してきている感じがした。しかし、こればかりは聞かないといけない。
「いいえ、そうはいきません。伯爵ランベール・シャロンさまのご息女であるルネさまがこのようなことになっていて、騎士の自分が知らぬ存ぜぬはできません」
「お前の意思は関係ない。それに、お前に知らせるのが一番危険なんだ」
「危険って何ですか。自分はシャロン家に恩を返すためにここにいるんです。それなのにどうして」
「そこだ、お前が危険だと言っているのは。・・・・・・お前に、この現状のすべてを教えれば、どんな手を使っても報復しに行くだろう」
「・・・・・・場合によっては、行くかもしれません。ですが、シャロン家に迷惑がかかるようなことはしませんので、教えてください」
「ダメだ、教えられない。これ以上お前に時間を割くのは無駄だ。それを飲んだらすぐにフローラさまの元へと行け。邪魔で仕方がない」
どうしても教えてくれないニコレットさんの態度に、遂に俺は我慢の限界が来た。
「いいえ、行きません。教えてくれるまでここにいます」
「何度言わせれば気が済む――」
「何度だって聞きますよ。ルネさまの大切にしていた髪をこんなにされて、ニコレットさんも歩けないほどに怪我をさせられたのに、黙っていることは自分にはできません。仕えている家の人間が、大切なものをくれた人が、・・・・・・大切な人たちが傷つけられていて、見過ごせるほど良い子ではないです。ニコレットさんが何も言ってくれないのなら、自分で調べ上げるだけです」
俺はニコレットさんに初めてにらみを利かせた視線を送る。睨み返されるかと思ったが、ニコレットさんは初めて彼女から視線を外して俯いた。いつも凛としていた態度だったのに、今は弱弱しく縮こまっているように見える。そんな態度を取るほどに弱っていると感じた俺は、余計に悲しくなった。
「教えてください、ニコレットさん」
「・・・・・・ふぅ、分かった。だが、条件としてフローラさまとブリジットには言うな。それと、これを聞いても何もするな。相手に報復するなどもってのほかだ」
「話によります」
「いいや、ダメだ。今ここで私に誓え。約束を破れば私は自害するぞ」
「・・・・・・そこまでして、ですか」
「話を聞けばこれを言った理由が分かるが、これくらいのことをしなければお前はやりかねない。私もお前のことが大切なんだ、アユムに私のために身を滅ぼしてほしくないんだ」
ニコレットさんは、少し赤くした顔を上げて俺のことをまっすぐ見つめてくる。その不意打ちの言葉に俺は照れてしまい何も言えなくなってしまった。・・・・・・ふぅ、ここまで俺に何もさせたくないのには理由があるのだろう。今はニコレットさんの条件をのもう。
「分かりました、その条件をのみます。自分は、ニコレットさんに誓って報復しません」
「・・・・・・良いだろう、その誓いを必ず守れ。さて、どこから話そうか」
ニコレットさんは、もう一杯彼女と俺のカップに紅茶をいれてくれて、紅茶を飲んで一息つく。そしてニコレットさんが口を開いた。
「相手から言おう。相手は、現国王の弟であるミッシェル・ユルティス大公の一人娘、ドゥニーズ・ユルティスの仕業だ」
大公だと⁉ ・・・・・・なるほど、ニコレットさんが止めるわけだ。王の弟の一人娘を始末するためには至難の業というわけか。俺が死ぬ気でやれば、王国と全面戦争になっても勝てる自信はある。終末の跡地と同等くらいなら死ぬ気で滅ぼすことができる。だが、本当に死ぬ気でやればの話だ。世界を、フローラさまを置いては逝けない。
「事の発端は突然だった。去年の入学したばかり、もう一年前か。ルネさまとユルティスは同じクラスになった。そして、自分の娯楽のためにユルティスが、ルネさまの容姿に目をつけてルネさまがストレス発散の標的となった」
典型的なイジメの始まりだな、本当に虫唾が走る。何よりそれを間近で見ていたニコレットさんも辛かっただろうに。
「最初は机に落書き、わざとぶつかってくる、わざと水をかけるなどの軽いものであった」
小学生か中学生かよ。そして、話しているニコレットさんの口調は少しだけ荒いものとなってきているのが分かった。
「ユルティスとその取り巻きの標的となっていたルネさまだが、相手が大公の一人娘だと知っておられたから何も弱音を吐かずに我慢していた。しかし、その態度が気に入らなかったユルティスは次第に行動を悪化させていった」
典型的なイジメのエスカレートの仕方だな。あいつらはイジメている側がどう転ぼうが、気に食わないと言ってエスカレートさせるんだ。あぁっ! 腹が立つ。
「ユルティスどもは、ルネさまに直接手を出し始めた。それでも態度が変わらないルネさまに、今度は私までもがその対象となり手を出され始めた」
・・・・・・これは、ニコレットさんと誓いを立てていないと本当にすぐに殺しに行っていたところだった。一般人が力を持ったら、それを発揮しようと行動力が増してしまう。前の俺だったら我慢できていたぞ。何をしているんだ。
「さすがのルネさまも、行き過ぎた暴力に異を唱えて先生に相談したが、大公の娘であるから誰も助けてくれようとしなかった。自分の身が可愛いからな。そして相談したことがユルティスどもにばれ、一層暴力がひどくなった。最終的に、さっきみたいにあいつらが満足するまでボロボロになっている」
「・・・・・・話してくれて、ありがとうござます。ニコレットさん」
ニコレットさんは腕を組んで平静を保とうとしているが、その組んでいる腕がわずかに震えているのが見えた。俺はニコレットさんの元へと向かい、ニコレットさんを抱きしめた。前に俺が気分を落としていた時にニコレットさんにしてもらったように、今度は俺がする番だ。ニコレットさんは俺の抱擁を嫌がらずに、受け入れてニコレットさんからも俺の背中に腕を回す。そして微かにすすり泣きが聞こえてくる。本当に我慢していたのだろう。
本当に典型的なイジメだ。それも周りに伝えてもどうしようもできない、最低なイジメ。怒りに身を任せれば楽になれるだろうが、楽になるつもりはない。まずはルネさまとニコレットさんの身をどうにかしなければならない。
「うっ・・・・・・うぅん」
俺とニコレットさんが抱きしめあっている時に、ソファーで気を失っていたルネさまから目を覚ます声が聞こえてきた。それが聞こえると同時に、ニコレットさんは俺から離れていつも通りのニコレットさんに戻った。さっきすすり泣きをしていた人とは思えない。
「・・・・・・ここは?」
「お目覚めですか? ルネさま」
上半身を起こしたルネさまに、俺は前に出て声をかけた。
「・・・・・・アユムくん?」
「はい、そうでございます。お久しぶりです」
ルネさまはしばらくの間、寝ぼけた目で俺の方を凝視していた。しかし、次第に意識を覚醒させていくとルネさまは顔を青くさせていき、手で顔を隠して俺に背を向けた。
「見ないでッ! こんな私を見ないでッ! お願いッ!」
ルネさまはすごく取り乱し始め、大声で俺を拒絶しているのだ。普段のルネさまであったら、こんなに取り乱すことなんてあり得ない。ゆるふわとして、何事にもマイペースでいたあのルネさまが、こんなになっているなんてユルティスが許せない。
「アユムくんが褒めてくれた髪も、肌も、何もかもが汚されたの! こんな姿アユムくんに見せられないよッ! こんな姿を見せたら、絶対にアユムくんに嫌われる! だから今すぐに出て行って!」
「そんなことありません。絶対にルネさまのことを嫌いません」
俺は荒れているルネさまのそばに向かい膝を付いてルネさまに寄り添う。俺が近づくと、ルネさまは黙り込み肩を震わせている。そんなルネさまの背中をさする。
「ルネさま、自分がそのようなことでルネさまのことを嫌いになるわけがありません。自分の顔を見てください、この顔がルネさまを嫌っている顔に見えますか?」
俺がそう言うと、ルネさまは恐る恐る俺の方を向いて俺と目が合った。うん、ルネさまはどんな時を取っても美人な顔だ。そう思いながら見ていると、ルネさまは泣きながら俺の胸に抱き着いてきた。そして俺の胸の中で号泣している。これまで我慢していたものが爆発したのだろうか。
「もう少しだけ、私も、借りるぞ」
背後からニコレットさんが抱き着いてきて、俺の背中で震えているのが分かる。前の世界では考えられない状況で、男としては女性に頼られて嬉しい状況なのだろうが、俺の心には静かな怒りしかなかった。どうやって、あいつらを駆除するのかを、その考えしかな。
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