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彼岸より  作者: 雪風摩耶
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第十話~第十一話

第十話 疑問


「子供ができたの」

女の言葉に夫は満面の喜びを浮かべやさしく妻を抱きしめた。

「いつも優しい人。でも優しいだけの人」

女は不満に思う。仕事をやめてからそのことにはじめて気づいた。仕事を続けている間はその優しさが時には癒しになっていた。

 男に抱かれている夜は、甘く熱く切なくそしてなぜか辛さも湧き上がってくることもあった。それが男の優しさと相まって女を心地よくしていた。でも今は違う。その優しさは女には邪魔だった。激しさ、何もかもを忘れさせる激しさ、それを欲しいと女は思う。男は守らなければならないもの。辛いことから女の心を守るのは優しさではなく、激しく強い男の心。

優しさはうれしいけれど、うれしいだけ。男は女を守り、子供を守るもの。

優しさだけでは守りきれない。

なぜそのことがこの人にはわからないのかしら?


第十一話 変貌


春、桜の葉がまぶしい頃、赤子が生まれた。つやつやとした肌をした男の子だった。

安堵があった。障害もない、奇形でもない、ごくごく普通の子。

普通の子に生まれてよかった。そうでなければ殺されてしまっているもの。

子供の誕生とともに、愛情が夫から子供へと移っていくことが自分でもはっきりわかる。

心の中で夫の影はどんどん薄くなる。

今までと変わらず会話はある。あい変わらずの優しい言葉で話しかけてくる。私は今までと同じく笑顔を浮かべて答える。言葉に心はないけれど。

変わらずに抱かれる夜もある。快楽を感じることはできる。愛情はないけれど。

どうしてこんなに子供を可愛く感じるのだろう?愛してしまうのだろう?

私にとって、夫とはどんな存在だったのだろう?あんなに愛していたのに。あの人なしでは生きていけない、とまで思っていたのに。

もしかして、本当はあの人は子供をつくるためのただの道具だったのかしら。

私は子供を産むために生まれてきた。そして夫は子を作るためだけのパートナー。

子供ができれば、ただの用なし。


「父さんにも見せたかったな。ねっ母さん?」

優しい男は赤子を抱きかかえながら母親に同意を求めたが、母親は聞こえないのか、何も答えなかった。

母の沈黙の意味に気づかず、男は言葉を続けた。

「父さんはどんな人だったんだろうね。僕が生まれてすぐに死んでしまったんだろう?」

ようやく母は男の声が聞こえたように答えた。

「そうね、あなたに似てとても優しい人だったわね。優しすぎるくらいに優しかった人。あなたは父さん似よ、間違いなく」

母は男の顔を見ながらも、たどり着けないほどの遠くを見つめていた。

「そんなに似ているんですか?」

男から赤子を奪いながらのほほんとした声で男の嫁が聞き返した。

「後姿はそっくりね。それに、ほとんど見たこともないでしょうに、仕草まであの人に似てきた気がするわ」

「へえ、そんなに似てるんですか?もしかしたら、この子も似ていくのかもしれませんね」

のんびりとした嫁の言葉に母は何も答えなかった。

春風が庭に吹き、桜の花びらがどこからか運ばれてくる家には家族がいる。

母親、息子、その嫁、そして赤子。

かつては母親とその夫、そして生まれたばかりの息子が住んでいた家。そしてすぐに母親と子供の二人だけになってしまった家。

今はその家に四人。

男は家を眺め回して

「この家もすぐに狭くなるなあ。子供なんてすぐ大きくなるからね。そうだ、犬も飼いたいなあ。どうだい、そろそろ新しい家を考えないかい?」

夫の言葉に妻は「少しは母親に気を遣いなさい」というように肘でわき腹をつついた。

「いいのよ、タエコさん。長年住んだ家を離れるのは少しさびしいけれど、子供のことを考えるのが一番大事よ。私のことは気にせずに」

「いやあ、僕が間違ってた。母さんの気持ち考えてなかった。たしかに長年住んだ家は愛着あるものなあ。本当は僕も離れたくないんだよね」

爽やかな風が家族の中を舞った。


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