第1話 目覚め
眠くなるような心地よい暖かさの水の中で彼は目覚めた。
彼を覆う液体は呪縛のように肉体を押し包み、そして閉じた瞳を透しても、彼は世界はかすかに明るいことを感じ取ることができた。
彼は、静かに静かにその大きな大きな瞳を開き、未だ判然としない視力で、彼の目線の先、はるか彼方に柔らかくほのかに差し込む光を見つめていた。
彼にはその光の先に何か素晴らしい世界が広がっているような気がしていたのだ。
両手を動かすと、ほんのわずかに体が水中を漂い、その光に徐々に徐々に近づいていった。そして彼をくるむどんよりと重い液体は彼の肉体の周りを徘徊してまわり、少しずつ光に向かって押し出したのだ。
肉体は浮きあがりはじめた。
近づけば近づくほど光はその強さを増し、そのあまりの光の強さに耐え切れずに瞳を閉じても、眩しいくらいになっていた。
そして光が強まるにつれ、彼を覆う液体の密度は薄れ、肉体を包む呪縛はその効力を失いつつあった。やがて彼が水面へ到達したとき水という呪縛は完全に力を失い、彼は全てから解放された。
ぷかり。
彼は完全に水面へと顔を出した。
そして、あるかないかも判然としない小さな鼻腔で、初めて光の匂いというものを嗅ぎ取ったのだ。
みぎゃあ。
彼は溢れ来る光の粒子に向かい、喜びとも悲しみともとれない啼き声を上げた。