底辺作家が感動的な物語を書こうとした結果
登場人物
1 達夫
2 友人
達夫には悩みがあった。WEB上に自分の書いた小説を掲載しているのだが、全く閲覧数が増えないのだ。そこで彼は友人に、どうすれば読んでもらえるのか相談することにした。
達夫
「〜というわけなんだ」
友人
「なるほど。せっかく書いたのに読んでくれる人があまりいないってことだな」
達夫
「どうすれば読んでもらえるかな」
友人
「人の感情を動かすようなラブストーリーを書けばいいんじゃないか」
達夫
「と言うと?」
友人
「読んでいる人が思わず感動して涙してしまうような作品にするんだよ」
達夫
「衝撃の展開に一同驚愕! 涙が止まらない……みたいな?」
友人
「いやそんな詐欺動画みたいなのじゃなくてね。感動できる作品にはテンプレートが存在するものなんだ」
達夫
「衝撃のテンプレートに一同驚愕! 涙が止まらない……みたいな」
友人
「マイナーチェンジやめろ」
達夫
「そうか、テンプレートに従って書けば読者を感動させられるってことなんだな。ぜひ教えてくれ!」
友人
「舞台設定は『牧歌的な雰囲気の田舎』がいい」
達夫
「どうして?」
友人
「達夫もノスタルジックな田舎の風景には何か懐かしさとか美しさを感じるだろう?」
達夫
「そうかも」
友人
「そういう情緒的な雰囲気が感動的な物語にはよく合うんだよ」
達夫
「なるほど。牧歌的なのが大事なんだな! 他にも教えてくれ」
友人
「あとはそうだな。よくある設定としては『ヒロインが記憶喪失になってしうまう』とか」
達夫
「なるほど、夜な夜な徘徊して警察に保護されたり、一日に7回昼飯を食うようなヒロインがいいのか」
友人
「それボケた老人じゃねえか。そうじゃなくて、例えば恋人と築いてきた大切な思い出を次々に忘れてしまうのは悲しいだろう? そういう喪失感が人の涙を誘うわけだ」
達夫
「なるほど。他には?」
友人
「これは賛否あるかもしれないが、『物語の途中で人が死んじゃう』なんてのもテンプレートだな」
達夫
「えー。人が死ぬとか無いわー」
友人
「でも人の死っていうのは、それだけ大きく読者の感情を揺さぶるものさ。最近のWEB小説にもあったろ。ほら『お主の肝臓を食べたい』みたいな」
達夫
「肝臓を食べたい、ねえ。なるほど。人を殺せばいいんだな」
友人
「言い方ヒットマンか」
達夫
「他には?」
友人
「あとはプラトニックなラブシーンがあればいいかもな。情緒的な雰囲気には初々しいラブシーンがぴったりだ」
達夫
「なるほど、プラトニックに人を殺せばいいんだな」
友人
「混ざってる混ざってる」
達夫
「他には?」
友人
「やっぱり出会いの物語には別れが付き物だ。『主人公とヒロインが離れ離れになってしまう展開』があるといい」
達夫
「でも別れたら物語終わっちゃうよな。そんな終わり方で良いのか?」
友人
「そんなクライマックスによく使われるシーンなんだが、『地元を出ることになった主人公が電車の窓から外を見ていると、なんとヒロインが自転車に乗って並走してくる。そして言うんだ「あなたのことを愛している!」』って」
達夫
「なるほど。喧嘩したり離れ離れになったりするけど、それほどまでに二人の心は通じ合っているってことか」
友人
「ざっとこんなもんだけど参考になったかな?」
達夫
「ああ。早速書いてくる!」
***
後日、達夫が「プロットを書いたから見て欲しい」と友人宛てにPCメールが送られてきた。友人は早速読んで見ることにした。
◆→プロット本文
()→友人の声
***
◆勃起的な田舎の風景で主人公の達也は育った。
(早速誤字ってやがる。それも絶対に誤字ってはいけない方向に誤字ってやがる)
◆達也には貞子という恋人がいた。
(ヒロイン井戸から出てきそうな名前だな)
◆貞子は記憶障害で、大切な記憶をどんどん忘れていく病気を患っていた。恋人である達也との思い出もどんどん記憶の外に追いやられていくのだった。
(ここは教えた通りだな)
◆貞子はついに自分が人間であることも忘れてしまった。
(ん……?)
◆貞子は自分がタコだったのではないか、と思い始めた。
(どういう思考回路からそんな結論が導かれたんだ)
◆そう思ったので貞子はタコになった。
(どういうことなの!?)
◆貞子は酢ダコになった。
(更にどういうことなの!?)
◆それはそうと主人公の友達が癌で死んだ。
(ついでか! 教えた通りだけど取って付けた感半端ねえ)
◆主人公の隣人も骨折で死んだ。
(まだ死ぬのか。待て、骨折で死ぬってどんだけ強く打ったんだ)
◆担任の先生も深爪で死んだ。
(深爪で死ぬってどういう人体構造だ)
◆主人公の部活の先輩もピン球に当たって死んだ。
(さっきから八つ墓村並みに人死んでいくんだけど! 死因どんどん適当になってるし!)
◆担任の先生も唐揚げを食べ過ぎて死んだ。
(さっき死んでただろ担任!! あと致死量の唐揚げってどんな量だよ!)
◆なんか音楽の先生も死んだ。
(雑ぅ!)
◆それはそうと
(それはそうと、で場面転換するのやめろ)
◆酢ダコの記憶喪失はどんどん酷くなっていった。
(こいつ最後までヒロイン酢ダコで通す気なのか……)
◆ある時気がつくと。酢ダコは血塗られた斧を手に持って立っていた。
(さっきから人殺してるのこいつだろ!)
◆主人公と酢ダコは激しく絡み合った。
(唐突にラブシーン始まった!?)
◆二人は和え物のように絡み合った。
(和え物だよ!)
◆酢ダコは酢ダコのように凄かった。
(吐き捨てるような直喩やめろ!)
◆二人は喧嘩した。
(さっきから展開がブツ切れ過ぎるぞ)
◆「あんたみたいなケツの穴がXSサイズの男なんてこりごりよ!」
(アイ○ォンか!)
◆こうして二人は別れることになった。達也が地元を離れることになったのだ。
(何一つ感動できねえ)
◆空港に到着した達也は酢ダコと仲直り出来ていないことを後悔していた。
(最後まで酢ダコなんだな……)
◆やがて達也を乗せた飛行機は滑走を始める。
(あれ、飛行機だと最後のシーンが使えないんじゃ……)
◆「達也くん!」 酢ダコの声に外を見ると、酢ダコが自転車に乗って並走してきている。
(もうどうつっこんでいいのか分かんねえよ!)
◆やがて離陸する飛行機。
(ああ、最後の言葉がまだなのに)
◆並んで離陸する酢ダコの自転車。
(飛びおった!!?)
◆そして上空1000億メートルで酢ダコは愛を叫ぶ。
(どこの宇宙だよ!)
◆「お前の肝臓を食ワセロ!」
(完全にバケモンじゃねえか!!!)
◆しかし酢ダコは空を飛んでいたプテラノドンに食われて死んだ。
(わっけわかんねえ!)
◆おわり
(終わった! すげえぶつ切りに終わりやがった!)
***
こうして書き上がった達夫の小説はWEB上に投稿され、違う意味で話題をさらったという。
おわり
お読みいただきありがとうございました!