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笑うサモエドと能面勇者  作者:
少年期
9/13

サモエド、飼い主がやらかす

「お前が非常識なのは今に始まったことじゃねぇが、流石にこれはどうかと思う」

「俺もまさかこうなるとは思ってませんでした」


 わたし、サモエドモドキのましろ!

 こっちは現実から全力で目を背けている飼い主とその保護者。


 どこぞの高原に生息しているとかいうスナギツネも斯くやって顔で見てるのは、泡を吹いて倒れてるだら男と、なぜかジーくんにひれ伏してる奴隷さんたち。

 どうしてこうなった??


「……俺はただ、フツーに食べれる野草だと思ってた草が高級な傷薬の元だって聞いたから、ラード絞って即席の軟膏を作っただけなのに……」

「どこからツッコミ入れればいいのか悩む発言すんな」


 しょぼん、とした雰囲気で肩を落としてるのは、ついさっきまでエグエグ泣いてたジーくん。泣いたらスッキリしたらしく、暴れることもなくケロッとしてる。目元が赤いけどそれ以外はいつも通りだ。


 そんで、そんなジーくんを頭痛が痛い表情で見守ってるのがダルさん。その背後にあるのは解体されて氷漬けになった件の大猪。今いる場所はさっきまでの森から1時間くらい歩いた場所にある、川のほとりの休憩所。

 現在時刻、太陽の位置からして正午あたり。

 ……何が起こったのか説明すると長くなるので、ダイジェストでお届けする。




『ジーク、これどこで見つけた?!』


 全てはダルさんのこの一言から始まった。

 まだヒクヒク泣いてたジーくんは、しゃくり上げるがままどこで採集したのかを説明。ちなみに、ましろちゃんの手当てに使ったのがこの薬草だったらしい。

 なお、この時ジーくんの生活状況がバレたので後でお説教が確定した。


『これはな、早々お目にかかれない高級傷薬の原料だ。いいか、絶対他のやつにこの草のことを言うんじゃないぞ。絶対だからな』


 今思うとどう考えてもフラグな発言をしたダルさん。

 ジーくん、何を曲解したのか、……いやたぶん「言わなければ問題ない」って思っちゃったんだろうな……ジーくんだもんな……。

 とにかく、ジーくんが「鮮度が落ちるから猪を解体したい」とか言い出した。この発言にダルさんがOKを出してしまったあたりから雲行きが怪しくなる。


 解体の了承を得るためにだら男の元へ向かった二人が目撃したのは、喉をかきむしって暴れるだら男だったらしい。この辺、ましろちゃんは実際に見てないから予測と伝聞しか知らない。原因がジーくんの力技解呪だったことはわかる。


 とにかくだ、前方の車には尋常じゃない様子のだら男に恐慌状態の奴隷さんたちがいた。どうもあの奴隷紋、主人が死ぬと奴隷も死ぬ系の術がかかってたらしい。だら男も悪どいことするよねぇ。同情の余地なし。

 で、ジーくんのおかげで脱奴隷したダルさんが暴れるだら男を気絶させたのち拘束。この集団の長がだら男からダルさんに変わった瞬間だった。


『ここから1時間ほど進んだところに、結界の張られた休憩所がある。解体するならそこがいいだろう』


 とのことだったので、奴隷さんたちを率いて休憩所にやってきたのが日が昇りきった頃。奴隷さんたちは今まで休憩らしい休憩がなかったとのことだったので、しばらくの休息が宣言された。

 ダルさんも疲れてただろうに、まだスンスン泣いてるジーくんが猪を解体するのを手伝ってた。ジーくん、片手火傷してたからね。ダルさんに軽く手当はしてもらってたけど、本来なら解体とかの重労働はさせたくなかったよね。でもジーくん言い出したら聞かないからね……保護者の苦労子供知らず……。

 あ、ましろちゃんは内臓の捨てる部分をもらった。おいしかった。


『ダルさん、ラード作っていい?』


 猪をあらかた解体して大まかなブロックに分けた後のジーくんの発言である。

 この段階でようやく泣き止んでいたジーくんに、少々甘くなっていたダルさんがこれを了承。

 惨劇(※一人と一匹の胃的に)の始まりである。


『ましろましろ。このお鍋に綺麗な水張って。純水じゃなくていいぞ』


 この時の敗因。ましろちゃん、ラード作りの方法をあまりよく知らなかった。

 大きな鍋いっぱいに水を欲しがったジーくんに、あまり深く考えずに乞われるがまま水を張ってしまった。

 その鍋に猪の脂身と腸の部分を大量投入するジーくん。この時、ダルさんが奴隷さんたちの面倒を見るためにジーくんから意識を外していたのが敗因その2。

 ダルさんが見てたら多分この段階である程度惨劇は防げてた。


『ましろ、こっちの鍋に冷たい水ちょうだい。氷も入ってると嬉しい』


 ジーくんがいつになく甘えるような声音だった。今から思うと打算込みだったんだろうな……半分以上本心で甘えてたから気付けなかったんだよね……。

 大鍋に浮きだした油を、木杓で掬って冷たい水に突っ込んで冷やし固める。そうすると、ほとんど酸化してない獣脂ができる、らしい。

 そうしてできた白いラードを、今度は小鍋にぶち込んでいくジーくん。この時、ダルさんがちょっと「あれ?」って顔をしてたけど、ジーくんが大人しくしてたから深く追求しに来なかった。敗因その3。

 この時ましろとダルさんは学んだのだ。ジーくんが静かな時は要注意、と。


 さて、小鍋にラードをぶち込んだジーくんは、かねてからの計画通り、そのラードの中に魔法で乾燥させた件の高級薬草をぶっこんだ。ついでに、いつ採集してたのか不明な推定薬草類を一緒に。

 この時やっとましろちゃんは悟った。

 あれ? なんかおかしくね??


 だがジーくんの暴走はもう止まらない止められない。

 くつくつと煮立つ鍋の中、だんだんと抽出されていく薬効成分。あたりに広がるなんとも言えない薬臭さ。ことの次第にようやっと気付くダルさん。


『……ジーク。何してるんだ?』

『ラードで軟膏作ってる』


 ダルさんが頭痛を堪えるような表情でこめかみに手をあてた。然もありなん。


『……なぜ軟膏を?』

『高級傷薬の原料なら火傷にも効果あると思って』

『……一応聞くが誰のどこの火傷に使う気だ?』

『え? ダルさんの首の火傷』

『…………』


 ダルさん、ここで轟沈。ましろちゃんの優秀な聴覚は「駄目だこの子俺がなんとかしないと」などと供述しているダルさんのつぶやきを聞き取った。合掌。


 崩れ落ちたダルさんに首を傾げつつも、作業は続行するジーくん。この時点で小鍋を煮立て始めて2時間ほど。いつの間にか日は高く昇りきっていた。

 適当に清潔そうな布と気密性の高そうな容器を探し出してきたジーくんは、小鍋の中身をそこにだばぁと流し込んだ。その容器、ましろちゃんにはだら男の私物に見えるんだけどな。確かに気密性の高そうな陶器の壺だけど、装飾がすごいんだよな。中身どうしたの??


『できた』


 うん、ジーくん、「できた」って満足そうにしてるとこ悪いんだけど、何も良くないからね??

 さらにジーくん、何を思ったのか、鍋にへばりついてた固まりかけの傷薬を自分の傷口に塗り、ひとつ頷いて崩れ落ちたままだったダルさんの首に塗り、それでもまだ鍋に残ってたのが気になったらしく、奴隷さんたちの方へ歩いて行った。

 衝撃から立ち直れないダルさん、動けず。敗因その4。


 さて、奴隷さんたちの方に向かったジーくんだったが、まぁ、当然、手に持ってるもん使うよね。ついでとばかりに奴隷紋も解除してきたよね。さすがにまた怒られると思ったらしく、ダルさんの時みたいな強制解除はしなかったんだけど、そう言う問題じゃないんだなぁ……。


『終わった!』


 ああ、うん、いろんな意味でいろんなものがね。ましろちゃんはこの時無我の境地だった。ジーくんのドヤ顔に苛立つ余裕もなかった。


 そしてダルさんが復活し、ドヤ顔のジーくんに何がいけなかったのかを懇々と説教し、そっから派生して森での生活態度について涙ながらに説教し、そのお説教はジーくんがまた泣き出すまで続いた。ましろもダルさんの隣で参加してた。

 その間、解放された奴隷さんたち、放置。敗因その5。




 そして現在に至る。ほんとどうしてこうなった?


『あなた様は我々の救世主です!!』


 奴隷さんの一人がなんか言ってる。例のましろちゃんにはよくわからない言語だけど、表情からしてロクでもないこと言ってんのは理解できる。


『いいえ人違いです』


 ジーくんの引きつった表情とかレアだな。ダルさんの表情も引きつってる。ついでにましろちゃんも異様な雰囲気にタジタジしてる。


『人違いなものか!! あなた様は天龍さまの化身に相違ないでしょう!!』

『いやほんとマジでそういうのじゃないんで』

『おお、なんと謙虚な……!!』

「もうやだこいつら話通じねぇ!!」


 うわっ、ジーくんが叫んだぞ。半分くらい泣いてるなアレ。


 事の発端はジーくんの軟膏。アレの傷口再生速度が異常に早かったのが原因。

 既にジーくんの火傷が大体治ってるといえばヤバさが伝わると思う。高級薬草がやばいのかジーくんの軟膏がやばいのかどっちかわかんない。多分どっちもやばい。だってましろちゃんの手当てした時から既にやばかったもん。あの的はあんな驚異的な回復力はなかったはずだけども。


 いやまじでほんとやべーんだぞあの軟膏。奴隷さん、いや正確に言うと元奴隷なんだけど、とにかくそのうちの一人があの巨大猪のせいで結構な傷を負ってたのね。べろんと皮がずる剥け的な。その傷がね、軟膏塗った途端みるみるうちに再生してくの。麻酔的な効果もあるのか痛みもないって。端的に言ってキモかった。


 そしたらその奴隷さんが叫んだわけ。『奇跡だ!!』って。ましろちゃんは何て言ったかわかんなかったけど、ダルさんの顔見た感じだとロクでもない内容だったんだと思われる。


 そんで、この状況。

 誰も悪くないあたり涙が止まらないよね。ジーくんは完全な善意ともったいない精神で動いただけだし、ダルさんは疲れてたし、ましろちゃんはそもそも犬だし、奴隷さんたちは不遇すぎた。それでこの惨状だよ。ダルさんは泣いていい。


『あー……。なんだ、とりあえず飯にしよう。話はその後でも遅くねぇだろ』

『使徒様がそうおっしゃるなら』

「……」


 おおっと、ダルさんまで死んだ目になったぞ。あの奴隷さんすごいな。


「……ジーク。こいつらここに放置して逃げないか」

「えっ、逃げていいんです?!」

「そんな嬉しそうな顔すんな冗談だって言いづらくなんだろ」


 ダルさんの「逃げちゃダメだ」発言にジーくんが美少年からジョブチェンジしてきのこ製造機になってしまった。具体的に言うとましろちゃんのお腹の下に潜り込んで丸くなって不貞腐れてる。

 ねぇなんでこの子こんなかわいいの? 見た目がいいから?? しかも一人で生きてけない系おバカさんだからかわいさ倍増?? そうだね真理だね……。


「……とりあえず街に行こう。そうすりゃあの猪が換金できる。したらあの奴隷どもにまとまった金渡して終了だ」


 そうだね、それしかないね。ダルさんがめっちゃ疲れた顔してるよ……。

 だら男の本拠地がどこにあるのかわかんないけど、とりあえず今いる奴隷たちなんとかしたら一応こっちの過失はチャラかな。ジーくんのしたこと、こっちの法律というか慣習に当てはめたら器物破損みたいだし。奴隷は器物か……。


 だら男がやってたことはなんか簡単にいうと詐欺みたいなことだったようで、ジーくんにお咎めが行くことはなさそうなのがせめてもの救いかなぁ。

 だからって勝手に奴隷紋解いていいかって言ったらNOなんだけども。悪くしたら窃盗罪だもんねこれ。今回はだら男側がちゃんとした奴隷所有の手続きしてなかったみたいで、ジーくんのやったことが証明できないからお咎めはない、らしい。ダルさん曰く。法律とか慣習はよくわかんない。だってましろちゃん犬だもん。

 でも奴隷解放しちゃったわけだから、彼らの今後の生活の面倒を見る義務が生じてしまった、と。そのまま放置してもいいけど心象最悪だもんねぇ。

 

 そんな感じでゆるーく今後の予定が立てられ、大猪の肉が今日のお昼ご飯になってた。

 ほんとは今日獲ったばっかの肉って食べるには適さないんだけど、それ以外にほとんど食料がなかったから苦肉の策ってヤツだ。どうもジーくんが軟膏作ってる間に調理してたらしい。ダルさん聖人か?? 崇拝しなきゃ……。

 メニューは麦の雑炊みたいな感じ。野草と肉が入ってて食べ応えある。オートミールってヤツ?

 ましろちゃんも少しもらったけど、薄味でおいしかった。これが文明の味……!


「おいしい?」

「わん!」

「そうだな、おいしいな」


 これにはジーくんもにっこり。久々の穀物と塩味だもんねぇ。

 たぶんダルさんもそれを考慮してこのメニューにしたんだろうな。森での食生活について、それこそ泣くほどお説教してたし。世話好きなのかもしんない。


 遠巻きに奴隷さんたちがチラッチラジーくんとましろちゃんのこと見てるとか気にしない。気にしてやるものか……!!


「飯食ったら街に向けて出発するぞ。陽のあるうちには到着するだろう」

「そのあとは?」

「そこに転がってるヤツ役人に突き出して猪換金して奴隷どもにある程度の金渡してうまいもん食って宿で寝る。俺は今日酒を飲むぞ。飲むんだからな!!」


 ダルさん……本当にお疲れ様です……。

 力強く宣言するダルさんを、木匙咥えて眺めるジーくん。この子ダルさんの心労の大半自分のせいだってわかってんのかな。わかってないんだろうな……。


 そんな感じで再び出発することに。

 だら男はあのおっきな鳥さんが引く車の中に縛って放置。ジーくんが呪い返しならぬ奴隷紋返ししたせいでしばらく目を覚ますことはなさそう。いい気味だぜ!!

 車には奴隷さんたちが交代で乗り込むことになった。休憩と監視を兼ねてるんだね。奴隷さんたち、体格いい人ばっかだから威圧感すごいと思う。ましろちゃんは絶対ご一緒したくないカンジかな!

 ちなみに、鳥さんとは仲良くなれなかった。ましろが近付くと怖がって暴れちゃうんだよね……なんでだ。ましろちゃん人畜無害なワンコなのに。解せぬ。


 ましろちゃんは相変わらず解体した猪が乗ってる荷車を引いてる。解体して重量減ったって言ってもまだまだ重いからね。鳥さんの馬力じゃ足りないのだ。

 違うのは、今度はましろちゃんが引く荷車が先行してるってとこ。ジーくんはこっちに乗って風景見てる。たまになんか見つけて飛び出しそうになって、同じくましろ車に乗ってるダルさんに首根っこ掴まれてた。


「だってさっきあそこに丸鳥が」

「いいから座ってなさい!!」


 ダルさんが育児疲れした父親みたいな顔してたのが印象的だった。ジーくんのお世話にかかりっきりで、ましろちゃんの存在には未だツッコミが入っていない。いいんだろうか。それどころじゃないんだろうなぁ。

 そんな些細な出来事はあってもこれと言ってアクシデントも起こらず。ましろちゃん一行の前にはついに、壁に囲まれた大きな街が見えてきたのであった。

 はぁ、ここでは何事もないといいなぁ……。


 ……アッ待ってこれフラグ発言になる……?!

書けたから投稿する、それだけの話さ!

作者に計画性というものはない。あと誤字報告はとてもありがたいですはい。

あいつ何回見直しても湧いて出てくんだもん……!!


*追記* 2019/06/07 改稿

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マシュマロもあるよ!!
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