サモエド、無力さを知る
湖で水浴びをしたあと少年のとんでもない才能を見せつけられて、無力なサモエドが今後の展望に思いを馳せていると、少年がおもむろにこう言った。
「よし、石器を作ろう」
「???」
ナンテ????
少年の唐突な言動に善良なサモエドの思考が考えることを拒否した。
いたいけ(?)な少年の将来を勝手に案じている身ではあるけれども、その言動を肯定できるかどうかで言えば、理解不能としか言えない。
ましろちゃんこの短時間で理解した。少年の言動を理解しようとしてはいけない。理解しようとしてたら手遅れになる。いろんな意味で。
「なんだそのかわいそうなものを見る目」
「クーン」
違うよ、これは慈愛の眼差しだよ。
しかしこの少年、石器を作るとかのたまってたけど、ホントなんで? 少年ほど魔法が使えるんなら大概のことは魔法でなんとかなると思うんだけど……。
とかなんとか考えていたら、少年が居住まいを正した。なんだなんだ。
「いいかましろ、石器はロマンなんだ」
少年が真面目な顔してなんか言い出したぞ。絶対ロクなことじゃない。
「無骨な石を加工して輝く刃物に変身させる……そう、石器作りは錬金術といっても過言ではない」
イヤ過言だよ。確実に過言だよ。過言どころか暴言だよ。真面目に錬金術研究してる方に謝った方がいいレベルだよ。あと多分それ鍛治の領分だよ
しかしましろの内心なんか知らない少年の熱弁は続く。
「俺がこの森で遭難して数日……石器に加工できそうないい感じの石はいまだ見つかっていない。なぜだかわかるか?」
わかんないですね。どちらかと言えばわかりたくないですね。
というか少年遭難してたの?! それにしてはサバイバル生活にガンガン適応してる上になんかちょっと楽しそうだよね!? 人里に行く気ゼロじゃない?!
「そう、人が一人でできることはたかが知れている……俺は体力の消耗を避けるためにあまり広範囲を行動できなかった。つまり探索が圧倒的に足りなかったんだ」
足りてないのは少年のおつむと常識だと思う。
「しかしここでましろの登場だ。ましろがいれば行動範囲がぐっと増やせる。ましろは魔獣だろ? 頭もいいし、かわいくて癒されるし、戦力にもなる。最高のパートナーだ」
少年がいい顔でましろの頭を撫でる。
なんでだろう、べた褒めされてるはずなのに素直に喜べないのは。
ていうか昨日も思ったんだけど、「まじゅう」ってなんだろ。
まじゅう、……魔獣? 魔法を使える獣ってことかな? だとしたら当たってるけど、魔法なんてその辺にいたウサギでも使ってたからなぁ……。実家でよく食べてたけど、あいつウサギのくせにキツネより強かったんだよね。一応草食だけどかなり凶暴だったし。たまに群れの仔が返り討ちにあうの。
うーん、実家と環境が違いすぎて判断がつかないなぁ。ヒトの判断基準とかもっとわかんないし。少年は常識ってジャンルでは頼りにならない予感がビンビンするから判断基準に含めるのちょっと勇気いるし。
……まぁいっか。そんな重要なことでもなさそうだし、いずれ分かるでしょ。
「だから今日から行動範囲を増やす。この湖を拠点にして、使えそうな石を探していこう」
使えそうな石を探す前に人が住んでそうな場所を探すべきだと思う。
しかし少年にましろちゃんの心の声は届かない。無念だ。
少年はとても楽しそうな雰囲気を醸しながらましろちゃんのふわふわになった毛をもふっている。これは今すぐ行動開始とか言いそう……。
「よし、行くか」
ほらぁ。
そんな感じで周囲を探索し、現在少年はましろの目の前に神妙な顔をして座っている。御察しの通り何か大変な事態に陥ったとかではない。
「いいかましろ」
はいはいなんですか。
じっとり半目で少年の話を聞く。一応おすわりしてるんだから譲歩はしてるほうだと思う。ただし尻尾はピクリともしてないけど。
少年の前にはいくつかの素材が並べられている。
具体的に言うと、頑丈な太い木の枝と、柔らかくて丈夫なツタと、少年の頭より大きい石。それらを前にして、少年はウキウキとした雰囲気を隠しもせずにいる。
「人類は道具を使うことで文明を発展させてきた。その中でも武器の発達には眼を見張るものがあると思っている。武器の発展と共に強い外敵から身を守ることができるようになり、食料の調達も容易になった。その結果、人類は世界中に生息圏を広げたんだ。しかし、しかしだ。これほど武器が発達した現代においても、根強い人気を持ち、かつ下手な兵器よりも殺傷力の高い武器がある」
なんで男の子って歴史の話とか武器の話とかする時異様に饒舌になるの? 立て板に水なんだけど。少年が今まで見たことないくらいイキイキしてるんだけど。
「なんだかわかるか? わからない? そうか、教えてやろう」
ましろちゃんなんも言ってないしなんも言えませんけど??
しかし飼い犬の心情なぞ知ったことではない飼い主の暴走は続く。
「棍棒だ。棍棒こそ人類の根元にして到達点なんだ。有り合わせの材料で作れて殺傷力が高い。緊急時に素人が扱うなら最高の武器だと言ってもいい」
少年、拳を握って力説である。石器の話はどうなったんだろ。いやましろちゃん的にはそんなことより人里を探したいんだけどさ。少年が楽しそうだからいいんだけどね……鈍器の良さを力説する美少年とかどこ需要なんだって感じだけど。
「なので今から棍棒を作ります」
はい。前置きが長かったね。相変わらず真顔だからなんか大事な話してる風に見えるけど、やってることは小学生の工作みたいなもんだよ。小学生が作るにしては物騒すぎるもの作るんだけども。
「まずこれを」
と、少年が木の棒を手に取る。
「こうして」
次に、棒を石の上に乗せて、ツタを手に取って。
「こうじゃ」
最後に、ツタで石と木をぐるぐる巻きにしてドッキングした後、少年お得意の理不尽なまでに力の使い方が妙な方向に振り切れている魔法で形を整えた。
……最初から魔法使えよ!!!!!
「うむ、なかなかの出来。ましろもそう思うだろ?」
「ゥゥ……」
全世界の善良な魔法使いに喧嘩を叩き売りしてる少年が嬉しそうで何よりだよ。あなたの飼い犬は世の魔法使いを偲ぶストレスでなんだか胃が痛いです。
少年がある意味ズルして作り上げたのは、石に木の持ち手がついた形の棍棒。
少年は棍棒って言ってるけど、ましろちゃん的には「先端に石のついたバット」って表現が適切だと思う。それにしたってデカイけど。取り付けられた石の大きさが雄弁に殺意を物語ってる。遠心力も上乗せして確実に対象の息の根を止めるやつだ。
しかし少年、これ持てる? 少年の身長に迫る大きさだよ? 使ってる素材も頑丈さを突き詰めたせいで重いものばっかりだし。
少年、控えめに言ってガリガリなのに大丈夫? これ持とうとして潰れない?
「よいしょっと」
あっ余裕でしたね失礼しました。
少年はできたばかりの棍棒を肩に担いでご満悦である。ただし少年の野生児度は急上昇した。もうこれ野生児というより蛮族だね……。うう、少年に文化的な生活をさせるという目標がどんどこ遠ざかっていくよぉ……。あ、健康面に関しては全く問題ないですはい。日々をエンジョイしてるね。
「よし、探索を再開するぞ」
「わふぅ」
ルンルン気分の少年が足取り軽く森を行く。飼い犬はご主人さまについて行くのみだ。苦言を呈する声帯もないしね。
しかしこれアレだね、少年、体内魔力で肉体強化してるね。息をするように。
補足するとやっぱり高等技術だよ。技術自体はそこまで変態的じゃないけど、出力が尋常じゃないあたり少年らしいよね。どう足掻いても変態技術ェ……。
嬉々として棍棒をぶん回していた少年は、迂闊にも間合いに足を踏み入れてしまった一羽の罪無き鳥をミンチにしてヘコんでいた。
ましろちゃんが美味しく供養したので、鳥さんは不運にもトラックに轢かれてしまったとでも思って成仏してほしい。アレは悲しい事故だった。南無。
なお、その後の肉調達係はましろちゃんになった。然もありなん。
◇ ・ ◆ ・ ◇
「飽きた」
ある朝、唐突に少年がそう言った。
あの「よし、石器作ろう」発言からすでに数日が経過していた。
やっとか、って感じだった。
知ってる? あれから、ひたすら森の探索してたんだよ?
一応の拠点はあの湖だったけど、湖に帰らず野宿するとかザラだったからね。どうも少年、ましろちゃんがいたら食料と睡眠に関しては心配いらないと学習してしまったらしくてさ。それはもう嬉々として冒険してたよね。
迂闊だった。まさかこんなことになるとは思ってなかった。最近のましろちゃんはサモエドにあるまじき死んだ魚のような目をしてたよ。
ちなみに、石器に使えそうないい感じの石も、強敵もいなかった。少年はいじけていた。
そして少年、続けて曰く。
「よし、川を下ろう」
ましろは安堵した。
これでようやく人と接触できる機会が訪れる、と。
だって湖周辺ほんとに人の気配ないんだもん!! 動物はいっぱいいたけど!! 最近は湖周辺も探索し尽くして若干暇だったから、首長竜さんたちと遊んでたくらいだったもん!!
楽しかったけど違う!! そうじゃない!!!
え? 少年? 少年は魔法組み合わせて曲芸じみたことまでしてたよ。人里に出たら自重してほしい。ましろちゃんはもうツッコミ疲れた。
首長竜さんたち、水棲なのかと思ったら陸上でもある程度活動できるらしくてさ。魔法使って少年と遊べるのが楽しかったらしくて、湖周辺は連日サーカスみたいだったよ。ほんと、見てるのが野生動物だけでよかったよね。
子守の対価はましろちゃんが獲ってきたお肉だよ。とても喜ばれた。
首長竜さんと遊ぶのももちろん楽しかったんだけど、ましろちゃんの目標は少年に文化的な生活をさせることなので長居はできない。冒険とロマンを求める少年が平和な日常に飽きてくれて本当に良かった。そこ、本末転倒とか言わない。
川を下るなら、きっとどこかで人の営みの痕跡を見つけられるでしょう。見つからなかったら、そんときまた考えればいいや。ましろちゃんは疲れたんだ。ちゃんと調理されて味のついた美味しいものが食べたい。
「食料と水は移動しながら手に入るから、特に準備は必要ないか。あ、ましろ、野草はまだ在庫あったよな?」
「わん」
「ならよし」
まぁ、この数日、ただ遊んでたわけじゃない。ツタを編んでカゴを作ったり、食べられる野草とか木の実を採集してたのだ。無毒なキノコもいくつかある。これを鳥とか魚のお腹の中に詰めて焼いたら多少味がついておいしくなるのだ。石の上で潰してソースにしてもいい。ましろはともかくとして、少年はちゃんと野菜食べないとだしね。少年が器用にツタ草を編んで作ったカゴに野草類を入れて、ましろちゃんの首にかけている。
なぜって?
少年がカゴを持つと高確率で壊すかなくすかするからだよ。
そんな感じで、特に準備に手間取るとかなくすんなりと移動が確定した。
「世話になったな」
「キュルルァ」
「うん、ありがとう。これはお礼だ、取っておいてくれ」
「クァァ!」
少年と首長竜さんが別れを惜しんでいる。うーん、やはり猛獣使い。
ちなみに、少年の言う「お礼」とは、サモエドちゃんが獲ってきたお肉である。
「じゃあな!」
「わぅーん!!」
「クルルルルぅぅ!!」
おー、盛大なお見送りだ。水しぶきで虹ができてる。幸先いいね。
そんな感じで首長竜さんたちにお別れして、湖から伸びてる川のうち、一番大きなものの川べりを進む。この森は平坦なので流れはとても緩やかだ。
で、実はこの水、飲むには適さない。流れが緩すぎて不純物が多いのだ。犬なら問題ないけど、少年に飲ませるのは忍びない。
湖には湧き水が出る場所があったから、そこの水を飲んでた。
……少年のことだから川の水飲んでも大丈夫な気がしないでもないけど、一応ね、ほら、まだ子供だから。かなりの頻度でそうは思えない言動するけど。その辺気をつけないといけない年齢のはずだから。一応ね、一応。
なので少年の飲み水は例によって魔法で出してる。これはましろがやってるよ。
ほんとは魔法で出した水は飲めないんだけど、ましろちゃんは雪山時代に暇に飽かせてイロイロ実験しててね。空気中とか水源から抽出すれば問題なく飲める水が作れることに気付いたの。
なので飲み水に関してはどこへ行こうともほぼ心配ない。
「しかし暇だな。ここもめぼしい石がない」
少年よ、あんたまだ石器作り諦めてなかったのか。
この辺りの土地は、石じゃなくて土が大半だから仕方ないよ。この川辺も土と低木と草と小石ばっかりで歩きやすいし、いいじゃない。
そんな意思を込めて少年に擦り寄る。普通に撫でてくれたので機嫌は悪くなさそう。よかった。
「んー、おんなじ景色ばっかだな」
おっと不穏な気配を察知。
少年の顔を見上げたら、顎先に指を当ててなにやら思案顔。
「よし。ちょっと走るか」
そして一つ頷いた少年は、言うなりものすごいスピードで駆け出した。
巨大棍棒持ってるのにすごい身体能力だなぁ……。
もはやこの程度の行動にはなんとも思わなくなった飼い犬は、数秒のうちに点ほどの大きさになった飼い主を追いかけるために両足に力を込めた。
いくら少年が異常な身体能力持ちだったって、流石に犬より早いってことはないからね。荷物も持ってるし。
……ないよね? 待って、ちょっと心配になってきた。
ましろちゃんもだいぶ少年に侵されてきたなぁ……。
なお、走り出して数十秒後には無事少年と合流できたことを報告しとく。
ホッ、見失わなくてよかった!
少年ちょっとでいいから自重して(執筆中作者の心の叫び)
*追記* 2019/06/07 改稿