サモエド、新たな出会い
ニッと笑ったチャラいにいちゃん——シャーヒーンは、そのまま唖然とするダルさんとジーくんの背中を押して店の奥へと先導する。なかなか強引だな。
「っちゅーことで、はいはーい! 2名と1匹、ごあんなーい!!」
「ちょっ、まっ、待て! 説明してくれ!!」
おお、ダルさんが押されてる。物理的に。シャーヒーンとかいうにいちゃん、見た目によらず力強いんだなぁ。
周りのお客の反応も様々だ。会話が分からない人は興味深そうに、会話がわかってるんだろうなって人はニヤニヤと面白そうに、店の奥に連れ込まれるダルさんとジーくんを見物してる。
ましろちゃん? 尻尾振りながらついてってるよ。できることないし。
「説明? せやなぁ、あんさんらの今晩の宿代はチャラになりました! 代わりにおもろそうなお話聞かせてもらいます!! ……ってとこやろか」
「ハァ?」
シャーヒーンの説明に、思いっきり怪訝そうに顔をしかめるダルさん。無遠慮にぐいぐいと背中を押しながら、明らかに「関係者以外立ち入り禁止区域」へと誘導していくシャーヒーンは楽しそうに笑うだけ。
「んっふっふ、下っ端言うても、オレってば若衆筆頭やらしてもろとるからなぁ。ある程度の権限は持っとんのや。例えば、金になりそうな情報お客からもろたり、その見返りに宿代チャラにしたったり、な」
「そりゃどう言う……」
掻き入れ時を前にして戦場さながらの熱気を孕んだ厨房を尻目に石造りの廊下を抜け、ひっきりなしに人が出入りする食料庫らしき部屋を横切り、どこかひっそりとした雰囲気の木戸を抜けた先。
突如目の前に拓けた風景に、思わずといった様子でダルさんの言葉が止まった。
「わぁ……!」
あのジーくんが目を輝かせた、って言えば、その光景の凄さと異様さが伝わるだろうか。
そこに居たのは、ひと、人、ヒト。
肌の色、髪の色、皮膚の色、身体の造形、その何もかもが多種多様ながら、その全てが知性を感じさせ言語を操るヒトのもの。
古今東西、世界中のありとあらゆる人種が、そこに集っていた。
「これは……」
ダルさんが声を失うほど、って言ってもあんまし凄さが伝わんないのなんでだろうね。かなしい……事件だったね……。
なんにせよ、扉を抜けた先で見つけたのは、なんとも多種多様な「ヒト」の姿だった。
丸い耳をしたジーくんやダルさんとおんなじ種族のヒト、全身が体毛で覆われた耳が頭上にある種族のヒト、少数だけど耳が尖ってたり、全身羽毛まみれだったり、鱗まみれだったりしてるヒトもいる。
それら全員が同じような衣装に身を包み、騒がしくも楽しげに働いていた。どこのものとも知れない民芸品を運んでいたり、道具のメンテナンスをしていたり、お酒を片手に白熱した議論を繰り広げていたり。見ているだけでお腹いっぱいになりそうな光景だ。
はぇー。飲み屋と宿屋が軒を連ねる通りの裏に、まさかこんな場所があったとは思わなんだ。めちゃくちゃ広いじゃんここ。表のお店何軒分の敷地?
「……賢鷹隊、若衆筆頭、シャーヒーン。まさかお前さん、カラーラカルブの『鷹の眼』か!!」
「おお?! お兄さんにまで名前が知れとるっちゅーんは、なんや面映ゆいなぁ」
驚いたようなダルさんの言葉に、シャーヒーンが照れくさそうにはにかんだ。おお? こういう表情するとなんか幼く見えるな。ダルさんのちょっと下かと思ってたけど、もしかしてジーくんのいくつか上ってとこか?
「そりゃあお前、弱冠14歳で若衆筆頭になったシャーヒーンつったら、知らんほうがモグリだろうが。なんでお前さんみたいな出世頭がオモテで店番なんぞやっとるんだか」
「チッチッチぃ、それは偏見ってもんやでお兄さん。店番こそ商売の基本にして真髄っちゅうもんや」
およ? シャーヒーンって実はすごい子だった的な感じ??
ジーくんとましろちゃん、おいてけぼりくらってんだけど?? ギブミー説明!
しかし得意げな顔してるシャーヒーン幼いな。調子に乗ってる若い子、って感じで、なんか可愛げあるなぁ。
え? ましろちゃんの歳? ジーくんより下だと思うよ!!
「おっ、こないだ元服したばっかの小僧っ子がなんぞ言いよるぞ」
「シャフ坊、店番せんでええのんか?」
おっとぉ、シャーヒーンの登場に気付いた面々がちょっかいかけに来たぞ。多分ここで立ち止まってるシャーヒーン焚き付けに来たんだろうなぁ。年嵩のおじさまばっか声かけてきてるし。かわいがられてるねシャフ坊。
「うっさいなぁ、これも仕事!! あ、おっちゃん、隊長どこおるか知らん?」
「カカカ、そりゃ堪忍な! 隊長なら飯場とちゃうか?」
「飯場な、おおきに!」
いやはや、なんとも豪快なおじさまだ。なにせ両手におっきい酒樽抱えて微塵もよろめいてないんだもん。総重量何キロだあれ。
「シャフ坊」
「ぼく、そこだけ拾うんやめーや」
おじさま連中にからかわれたシャフくんからかうのはやめようか、ジーくん。今晩のお宿がなくなっちゃうと困るでしょ。
「まぁええわ。気ぃ取り直して、隊長んとこ案内さしてもらうな」
「隊長って、まさか賢鷹隊のか?! なんでまたそんな」
シャフくんの言葉に目を剥くダルさん。事の次第についていけないジーくんとましろちゃん。一体何がそんなにすごいのか全くわかんないぞ。
「なぁダルさん、ここ、何?」
ついにジーくんがダルさんの服の裾を掴んで引っ張った。
そりゃそうだ、シャフくんに背を押されるがままついてきてこれだもんね。ダルさん以上に現状把握できてない自信があるよ。
「おん? ぼく、そないに流暢な”龍の鳳声”使いよってからに、オレらのこと知らんのん?」
「りゅうのほうせい?」
「あちゃあ、そっからかいな」
パチンと音がするほどの勢いで額に手を当て、目を瞑るシャフくん。所作がいちいち楽しいヒトだなほんと。
「俺ぁこいつに関してはあまり深入りしないことをお勧めするがな」
「おん? お兄さん、坊の保護者とちゃいますのん?」
「あー、いや、そうだな、これ見てくれ」
と、持ってたずた袋の中身をシャフくんに見せるダルさん。いいのそれ、大丈夫なの? 中身、あの劇薬だと……あ、でも蓋してるから見えないのか。
もしかして他にもなんか入ってるの?
「ほ? あー、あーあーあーあー」
あら、シャフくんがジーくんのこと慈愛の眼差しで見始めたぞ。過去最速じゃない? ヤバいお薬の他に何入ってんだあの袋。
「あー、うん、せやな。うん。とりあえず隊長んとこ行こか!!」
あっこいつ、問題の先送りしやがったぞ。
さて、シャフくんの先導でやってきたのは、何やら戦場さながらの怒声と刃物と肉野菜が飛び交う場所。
いや、うん、まぁ、炊事場なんだけども。
「ゴルァガキども! つまみ食いに来たんならついでに野菜刻んでかんかい!!」
「うっせーババァ聞こえとるわ!! ほんでどれ切りゃええんや!!」
「アホぉ!! そないに塩入れたら健康に悪いやろが!!」
「じゃかあしわボケェ!! お前の言う通りにしよったら何も味せんなるわ!!」
「あああああ!! 誰やこいつ飯場に連れてきたん!! 泥水のがマシなもん食うハメになっても知らへんど!! 即刻つまみ出せ!!」
「離せぇぇぇぇ!! 今日こそ東方のヤクゼンっちゅーもんを再現しちゃるんやぁぁぁぁあああ!!!」
うっわ、カオス。
何でジーくんケロっとした顔してんの。ダルさん見なよ、取り繕おうとしてるのが無駄なくらい顔引きつっちゃってるじゃん。
「おん、隊長知らんか」
そんでそこに割り込んでいくシャフくんの強さよ。そうか、これが君の日常か。
「あ? おお、シャーヒーン。どないした?」
「あ、隊長。聞いてや、えらいけったいなお客見つけてしもてん」
ん? シャフくんが話してる相手が隊長さんかな?
……んんん?? ましろちゃんの錯覚かな? シャフくんが話してる相手、さっき「ヤクゼン作るんやぁぁぁ」とかって叫んでつまみ出されてたヒトに見えるんだけどな。威厳のカケラもないんだけども??
「何や、けったいな客?」
「おん、隊長の持っとるヤクゼンの素材よりけったいなお客」
「雑草よりけったいとは、言ってくれる」
ちょっ、ジーくん割り込んで行かないで話がこんがらがる!! ダルさん何して、えっ、ダルさん?!
「やー旦那、見かけへん顔やねー。新人はん?」
「あらー、いい身体しとるやないのぉ」
「いや、あの、その……」
ダルさぁぁぁぁん!!? いつの間におばゲフンおねーさん方に捕まったの?! 勢いに押されてタジタジかよ弱ぇな?! おばちゃゴフンおねーさんには毅然とした態度で強気に行かないと喰われるんだぞ!!
「確かに俺は得体が知れないと思うが、強引にここへ連れてきたのはあんただろ」
「自分で言うんかいな、得体が知れへんて」
「自分で言うのも何だが、俺は自己分析に長けている方だと思っている。見るからに血縁ではない大人と子供、それと見るからに犬ではないがどう見ても犬にしか見えない魔獣が行動を共にしているだけでも目立つのに、格好がボロだろう? どこからどう見ても不審者御一行だろう」
「シャフ坊、あんたようこんなけったいなもん見つけてきよったな」
「せやろ?」
ジーくんステイ。あと隊長さんもちょっと待って。それとシャフくん、そこドヤるとこじゃないから。
「まーまーまー、これでも食べぇな」
「いや俺は」
「そんな遠慮せーへんの!」
「いや遠慮とかではなく」
そんでダルさんはいつまでおばちゃんの接待受けてんの?
あーあーあー、もう! 収集がつかない!!
「ぅわん!!」
と一声。
ましろちゃん大型犬だからね、声はよく通るよ。
はい、とりあえずジーくんはこっち来ようか。んでダルさん、いい加減帰って来て。おばちゃんの勢いに負けないで。
シャフくんも、一旦落ち着こうか。隊長さんも場所考えようね。
「フスン!」
「……すまん、ましろ」
わかればよろしい!!
一瞬静かになった炊事場で、ましろちゃんは遺憾の意を示して鼻を鳴らす。今この時この瞬間の支配者はましろ、異論は認める。
「あー……ほな悪いんやけど、先風呂場行こか」
ちょっとバツの悪そうな顔で頬をかいて、シャフくんが隊長さんを伴って先導する。周囲にはまた騒がしさが戻って来たけど、ましろちゃんたちを興味深そうに観察してくる視線も多い。
観察はしてるってバレちゃいけないんだぞ。精進しなよ若人。
「何で風呂場?」
「そこのワンコが風呂焚いてくれるねんて」
「ほーん?」
おっと、隊長さんの視線がなんかキラッとしたな。あれは何らかの商売を思いついた顔。ましろちゃん知ってる。
「やらんぞ」
「取らへんがな」
「どうだか」
すかさずジーくんが釘を刺したけど、さて。
悪びれない隊長さんに、ジーくんはとりあえず肩を竦めるだけにとどめた。
「まっ、信用でけへんのも無理はないか」
にべも無いジーくんに苦笑して、隊長さんはすっと居住まいを正した。お?
「挨拶が遅れてしもうて申し訳ない。アタシはユエン。この大陸大隊商カラーラカルブ、賢鷹隊の長をさしてもろとります。以後よしなに」
綺麗に一礼するユエンさん。んー、言っちゃあアレだけど、外見はどこにでもいる普通のおばちゃん、って感じだ。
けど、顔を上げたユエンさんの眼光の鋭いこと。にっこり笑ってる目が全然笑ってないの。これはアレか、宣戦布告?
「……俺はジーク。この人はヴィダルヒール。そんで、こいつがましろ。訳あって一緒に行動しているが、別段仲間という訳じゃ無いからな」
ジト目のジーくん、一息で言い切った。ダルさんが苦笑してる。
まぁね、「仲間じゃない」とか言いながら、ダルさんの服の裾掴んで、ましろちゃんの首に手を回して抱え込んでるからね。どの口が、ってとこだよね。
「あー……ジークはん? そんなに予防線張らんでも、取って食やぁせんで?」
「黙れシャフ坊。お前も敵だ」
「あ゛? なんやて小僧」
あーあーあー、ジーくんとシャフくんがバチバチ始めちゃった。精神年齢一緒なのかな? ……まぁ、ジーくんとシャフくん、ちょっと似たとこあるしなぁ。
「やめぇなシャーヒーン。そない年下の子相手にみっともない」
「ちなみに俺は数えでここのつだ」
「うせやろまだヒトケタぁ?! ドヤ顔でピースすんなハラ立つやっちゃなぁ!! 年上敬えやオレぁお前の倍近ぅ生きとんねやぞ!!」
おぁ、妙なところでジーくんの年齢を知ってしまった。まぁそのくらいかなとは思ってたけど、9歳にしてはちょっと細すぎるんだよねぇ。年齢詐称してるワケではないだろうから、やっぱ元々の育成環境かぁ……。
うん、でもそれはそれとしてシャフくんの驚きもわかる。ジーくん、年齢一桁とは思えない言動ばっかだもんね。あとシャフくんたぶん17歳とかその辺か。若いのにしっかりしてたなぁ……。
え? ましろちゃん? ジーくんよかずっとこ年下だよ!!
「あれ? お前まだそんなもんだったか?」
「そうですよ。まさかそのお年でもうボケが?」
「じゃかあしぃわ。まだ23だぞ俺は」
えっ嘘ダルさん20代前半?! 見えねー!! アラサーだと思ってた!! 絶対年齢誤認してたってバレないようにしないと……。
「えっ三十路じゃなかったんです?!」
「びっくりした顔してんじゃねーよはっ倒すぞ」
あ、ジーくんがはっ倒された。合掌。雉も鳴かずば撃たれまい。
あとダルさん気付いてないけどユエンさんとシャフくんも驚いた顔したからね。あの人たち一瞬で立て直したけど。さすが商売人、腹の中隠すのはお手の物だね。もっと別のとこで有効活用して欲しかったかな。
「あ?? なんか言いたいことありそうな顔してなかったか今」
「いえいえ滅相もない。さ、さ、早いとこお風呂場へ行きましょか」
あっユエンさんが逃げた。シャフくんもそそくさと後に続いてる。素早い。さすが商人素早い。うわっ、足速っ!!
「おーっとこのままだとおいてかれるなーいそがないとーぉ」
そのさらに後を棒読みのジーくんが続く。うん、これ以上失言しないうちにさっさと次へ行くに限ると思うよ。特にジーくんの場合は。
「……あいつら後でシメる」
おわぁ、ダルさんお怒り。
「ましろはあいつらと同じことしないよな?」
うへぇ、笑顔にすごい圧を感じるよぉ……無言の圧がすごいよぉ……。
「ぅ、ワン!」
「よしよし、いい子だなぁ」
へい親分、当然でさぁ!! って気持ちを込めて吠えたら、すごい笑顔で力強く頭を撫でられた。うぇ、バレテーラ。なんでだ……。
「よしよし、じゃあ行こうか。ましろ、案内頼んだぞ」
「ワン!!」
ヘイ親分、喜んでー!!
はいよろこんでー!!(裏声)(大音量)(掠れ声)




