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クラウス車の記憶  作者: 伊藤 慎一郎
5/16

5 レースへ出場

 森の中へ暴走したクラウスは、カバーを掛けられてそのまま放置されていた。



 シュナジーは、クラウスをレースに出す約束をマッキーと交わしてからウォータモルンへ帰った。



 いつものように整備工場で仕事をしているマッキーは、林の中に置き去りになったままのクラウスを、今でも早く持って帰りたいと思っているが、燃料となる多量のきれいな水を手に入れる事ができずにそのままにしている。




「ラウル殿、申し訳ありません、私のミスです」


 ラウルのアジトである古いビルの一角、顔が見えないほど薄暗い部屋の中には五人ほど人がいた。


「お前らがそこに有ると言っただろ、嘘を言っていたのか?」


「いえ、嘘ではありません。確かにそこにあの車がありました」


「なら、どうして持ち帰らない」


「あとからそこの廃虚の工場内を探しても見つからなかったのです」


「そんなはずはないだろ、あれは動かす事ができないのだ、違うか」


「まったくその通りです。しかし、もしかすると走らせる事ができたのではないでしょうか」


「なんと、走らせただと? そこにいた子供か。問いつめろ、口封じも忘れるな」


「ラウル殿……」


「いや待て、今回収するのはまだ早い。もう少し様子を見ろ!」


「はっ! ではあらためて調査を進めます。廃虚の工場周辺も引き続き調べてまいります」


「頼りにならんな。それとモーリスには見つかるな」


「承知しました!」





 毎日が同じ事の繰り返しで仕事を淡々とこなして行く。


 これまでのマッキーはただ生きる為に自分が動いていただけと同じで、忙しいと時間はめまぐるしく過ぎていき、気持ちに余裕はない。


 この間まではそうだった。

 だけど不思議な車、クラウスを発見してから友だちはできるし、マチとホーリーとも話もよくするようになった。なにより仕事も楽しくなってきたし、いまだに林に止まっているクラウスを、たまにチェックしに行くのも楽しみだった。


 いつものように工場のホーリーの昔話を、聞きながら淡々と仕事をしていると、シュナジーがマッキーの工場に来ていた。

 マッキーはシュナジーがまたここに来てくれたのもうれしかったが、待ちに待った車用の水を持って来てくれた事が嬉しかった。シュナジーが来ると言う事は水も持ってきてくれると言う事だ。

 それはクラウスを動かせると言う事になる。


「よぉ! マッキー元気でやっているか。燃料の水も間違いなく持って来たぜ」


「やったー、これでまた動かせるね。ここまで来るのも大変だったろ」


「まあ、遠くないと言えば嘘になるな。一つ峠を越えるからな」


「水くみも大変な作業だ、当然感謝している」


「感謝って程でもないよ、それくらいお安いご用さ」


「しかし、当分こないと思っていたけど随分早かったね。燃料の水は自分で少しずつ集めていこうと思っていたよ」



「いや、それがさ、この間俺が出場したレースのトーナメントを決定する過程で、記録に誤算があった事がわかった」


「誤算? 不正があったって事か?」


「いや、大会側の間違いだって、大騒ぎになっている」


「それって、シュナジーが優勝していたかもしれないと言う事?」


「うーん、そこは関係ないかなぁ、俺は間違っていた所に引っかかってないし、予選から場所が変わっていたとしてもあいつらはやっぱり速いから、俺の結果は変わっていないな」


「シュナジーが優勝していないなら、大会の間違いも意味がないね」


「話はこうだ、近いうちに一から大会のやり直しをすると言う事だよ」


「おー、そうなんだ。それではシュナジーが優勝する確率が高くなるって事だよね?」


「そう、まあそうだけど、代わりにクラウスを出場させたくて。今の俺の車では奴らには勝てないしな」


「あー、レースに出すって言っていたよね? 大丈夫かな、未だに林の中に置いたままだよ。あれから何もしていないし」


「大丈夫、大丈夫。俺、今晩からマッキーの工場に一週間居座るつもりで来た、ほら」


 シュナジーは乗ってきた車のトランクを開くと中身をマッキーに見せた。トランクは積んできた水の他に寝袋や食料、工具までギッシリと詰め込まれていた。

 どうしてもクラウスをレースに出したいシュナジーが気持ちが伝わって来る。


「すごい気合い入っているなあ、だけどあれをレースに出せるかなぁ」


 マッキーはシュナジーの積極的な行動に感心したが、暴走したクラウスは未知の部分もあり、本当に走らせる事ができるのか不安だった。しかし何よりも車を動かそうとする事は楽しかった。


「マッキー、仕事はいつが休みか?」


「仕事の休みは基本的にはないよ。ボスが休めと言った時だけ休めるよ」


「そうなのか。なかなか大変だよな、マッキーも」


「仕事が忙しくなくて、暇なら休みもくれるんだろうけど、そうなって来ると、僕らの給料が減り、生活ができないよ」


「なら、マッキーが仕事に行っている間は一人で頑張るしかないか」




「シュナジー、かなり張り切っているね。だけど言っておきたい事が一つだけあるよ」


「なんだ、何か問題でも?」


「先日俺の住む廃虚の工場倉庫に泥棒が入ったんだ」


「泥棒? マッキー大丈夫だったのか? お金はいくら取られた? この辺り治安が悪くて盗みが多いのか?」


「治安が悪いからと言う事じゃないし、この村全体が貧困なのはずっと前からだよ。そうではなく、何かおかしいんだ。俺がいない時に倉庫内は荒らされていたけど、何も取られた形跡がないんだ。金は少し置いていたけど、それも盗られてはいない」


「なら動物が入って食べ物を探していたとか?」


「食べ物も何もかも少ししか置いていないからねぇ」


「よし、なおさら俺が留守番しておかないといけないな」


「一応警察に来てもらったけど、何も取られていないと言う事で、すぐ帰ってしまって結局いまだに何者が侵入したのか分からないままだ。証拠も残っていない。シュナジーも気をつけておいて欲しい」


「わかった。見張りだな、見張り!」




 それから毎日マッキーとシュナジーは飯を二人分作り、車の話で盛り上がり、レースの内容を説明して時間を過ごした。

 昼間マッキーが整備工場で働いている間に、シュナジーがクラウスを修復して、夜は二人で整備作業にとりかかった。


「ねえシュナジー、俺は今まで一人で暮らしている時が長かったから、こうやって話をしながら飯を食い、生活して行く事が楽しくて、とても新鮮だよ」


「すごいな、そんな思えるなんて。前から思っていたけど、親はいないのか?」


「母親はいない、父はいるんだけどね」


「いるのか? 近くにいるのか?」


「近くではないけどマナ村にいるよ」


「わかった、酒飲みで仕事をしないとか」


「よく分かるね、その通り。以前に起き地震がきっかけだったらしい」


「ああっ、俺が生まれて間もない頃だ。二十二年前だっただろ。辺りは灰で暗くなり街に何か不吉な事が起こると言って親父は慌てていたらしい」


「ウォータモルンに何も影響はなかったんだよね。マナ村の地域だけが水不足のリスクを背負っていかなくてはならなくなった」


「でもマッキーはそのリスクを持った村に、何とも思わないで生活しているよな」


「うん、物心ついた頃にはもう今のような状態だったからあんまり気にならないよ」


「そういっても、一人より二人の方がいいだろ? 俺は一人でない方がいいさ」


「そうだね、それは言えてる」




 翌日マッキーは整備工場で作業しながらマチと話す事がなくなると、マッキーはウォータモルンのレースがある事を切り出した。

 するとホーリーがまたいつものように、その事知っているぞと会話に入ってきた。


「ああ、あのレースは毎年あるのだよ。ワシも一度参加した事があったな」


「おじさんもレースに出たんですか、僕の友だちも参加していますよ」


 マッキーは本当に知っている事なのか疑ったが、次の言葉ではっきりする。


「そういえば、今年のレースはもう一度、仕切り直しをするみたいじゃの」


「あっ、はい、その通りです」


「その仕切り直しは今週じゃったろ」


「えっ? 決まっているのですか」


「すまん、わしはよく聞いていないよ、勘違いかもしれないな」




 マッキーは仕事が終わると急いでシュナジーのいる自宅へもどった。


「大変だシュナジー! ちょっと聞いてよ」


 仕事から帰ってきたマッキーがシュナジーにかけよる。


「どうした? 強盗の犯人が捕まったか?」


「いや違う、仕事場のおじさんが言ったんだ」


 おじさんが言った事が本当か確かめる為、翌朝シュナジーはウォータモルンまで車を走らせ、マッキーの仕事が終わる頃までに戻って来た。


「マッキー、やっぱりホーリーの言ったようにレースの日程が決まっていた。うちのチームのボブが自宅に来たらしいけど、マナ村にいたから連絡がとれなかったんだ」


「それって、もう終わったとか言わないよね?」


「いや大丈夫まだ間に合うよ。終わっていない」


「よかった。で、いつなの?」


「明日さ」



「明日?」



「うん明日さ」


「明日って明日?」


「紛れもなく明日さ」



「本当? それは大変だ。シュナジーが来てからまだ三日だ、クラウスの修復がまだなのに。それに俺もレースを見に行きたいし、工場を休むにはボスにも言わないと。そういえば処分するクラウスを修理した事すらまだ言ってないよ、とても無理だ」


 マッキーは突っ立ったまま顔が曇る。



「大丈夫だよ、クラウスはほぼ完成している。マッキーにはクラウスの横に乗ってもらうよ。ボスには今から言いに行こう」


「でもねー、整備工場はいつも忙しいし、今まで自分から休むと言った事がないんだ」


 マッキーは何もかもが心配だった。仕事については勿論、クラウスがまた暴走するかもしれない不安もある。


「まあ、とりあえず最後まで組み上げて試運転してみようぜ。駄目だったら諦めるまでさ」




 日が暮れようとする時間だけど、マッキーとシュナジーはクラウスの修理を続け、今日のうちに終わらせようとした。


「急げばできるもんだよなマッキー、完了だ!」


「まだ終わっていないよ、試運転がうまく行くまではね」



 水を補給したあと二人は緊張したまま、前回のようにエンジンをかけた。クラウス・スモービルは快調にエンジンが回った。


「いいじゃん、うまくいってる。行くぞマッキー」


「うん。つかまっているから大丈夫だよ」




 今回はシュナジーが運転席に座った。アクセルに足をかけ、ゆっくりとペダルを倒して行く。同時に二人の背中は汗がにじむほど緊張し、唾を飲み込み、車はゆっくり動き出した。



「おおおっ!」



 クラウスのアクセルを初めて踏むシュナジーは感覚はとても不安だ。


 止まるか分からない感じがした二人は構えていた。


 次にシュナジーはアクセルを緩めてみる。


「止まった。止まったねシュナジー!」


「止まったな、暴走しないぞ」


 もう一度シュナジーはアクセルを踏み、車が動き出す。次にアクセルを緩めブレーキをかけると止まった。


「止まったね、これで行けるねレース」


「そうだな、このまま整備工場のボスって言う人の所に行くぞ」


「あっ、まあそうだね」



 夜も遅くなったし、マッキーはやっぱりボスに言うのが気がかりだった。


 軽快に走り出したクラウスは夜になった道を走行した。

 車はとても快調に走り、二人乗っているけどカーブの道も軽く曲がって行く。


 車体が浮いているように感じる。


「すごいなこの車。俺の車より出力が小さいようでとても速い。やっぱりレースに出すのは正解だった」


「だけどシュナジーは寝なくて大丈夫? まったく寝ていないんじゃ? 運転を代わるよ」


「大丈夫だよ、この車に慣れないとな。マッキーも寝てないのは同じだ」


「でもこの車の謎の部分がまだ残っているよ。手で押しても動かす事ができる謎とかね」


 あっと言う間にマッキーの勤める工場に着いた。工場のボスを探すと作業場の方にはいなかったが、奥の事務所でまだ仕事をしていた。



「どうしたマッキー、こんな時間に」


「ボス、ちょっと話があります」


「なんだ急に、金ならないぞ」


「いきなりですが、明日工場を休ませてください!」


「なんだ、そんな事か。だめだ、だめだ。明日も忙しいのだ」


「僕からもお願いします」


「シュナジーありがとう」


「おや、君はいつかここに訪ねて来た兄ちゃんじゃないか。一体なんなのだ」


「ボス、見せたいものがあります、表まで来てください」




 マッキーの顔を探るように見て外まで出た。ボスが見た物は、今までに見た事のない車だった。


「なんだ、この車。何処から持ってきた?」


「ボス、これはうちの工場がこの間引き取った車です」


「こんな車、うちにあったか?」


「隣町まで引き取りに行ったあの時の車です。すみません、なんだか廃車にできなくて」


「ああ、あの時の車か。どうりでスクラップ工場から車がないと言ってきたのだ。持っていってないならそう言えよマッキー」


「すみません」



 ボスはその車を眺めていた。


「きれいだなこの車、これを自分で直したのか? よく直そうと思ったな」


「はい、これクラウス・スモービルって言うみたいです」


「何処のメーカーなのか? 今までやっていて、聞いた事すらない」


「ボス、この車のメーカーも解らない以前に見た事がありません、しかし水を燃料として走る事はわかったんです」


「水? そんな車が世の中に存在するか!」


「水はエネルギーとして役割を果たさないはずけど、何らかの変化で力を得て動いているみたいです」


「マッキー、それは初めからわかっていたのか?」


「とんでもないです、まだ何も分からない不思議な車は、一体誰が造ったのかも謎です」




 シュナジーが後ろから控えめに言った。


「あの……、明日この車をレースに出そうと思っています」


「レース? 隣町のレースか。ああ、それで休みをくれと言っているのか。するとマッキーがメカニック? ハッハッハ、笑わせるなぁ」


「ボス、そんなものでもないですよ」


 ボスの言うメカニックの発言にマッキーとシュナジーは顔を見合わせた。




「わかったよマッキー。君はシュナジーと言うのか。行ってこい、やるならしっかりやれよ!」


 またマッキーとシュナジーは顔を合わせ、笑顔になった。


「はい、ありがとうございます!」





 翌日二人はウォータモルンに到着した。

 会場にはもうチームのボブが来ている。


「これか、例の車。おもしろい形をしているな」


「そうだろボブ、走りの方も完璧だよ」


マッキーは初めてみるレース会場に気を取られていた。


「シュナジー、こっちがこの車を治した人?」


「そうだよ、名前はマッキー」


 ボブはマッキーと握手した。


「俺はメカニックのボブだ。君もメカには詳しいようだね、シュナジーから色々と話は聞いているよ。よろしく!」



「ボブ、今日は勝てる気がする」


「本気でこの車を使うつもりだな」


「当たり前だ、俺のマシンも置いてきたし」


「だが小さいな、馬力もあまりないように見えるが」


「それが見かけによらず、かましてくれるぜこの車」


「そうか、それはいい。早速だが締め切りの時間が迫っているぞ。急いでエントリーをしてこい」


「ボブ、今回のエントリーは二人でするんだ」


「車に二人乗るのか? 重たくなるだろ」


「そうだけど。この車は走行中色々と操作がいるみたいなんだよ」


「おお、そうなんだ。わかった」




 急いで受付に行くとそこにキュリーがいた。


「よおシュナジー、また負けるとわかっていて来たのか」


「へっへぇー、そうだよ、負けるとわかって登録しているよキュリー!」


「何だ! お前いつもと違うな、何を企んでいるのか」


「企んでいるなんて、キュリーも言い方悪いぜ」


「どうした、何か改良してきたのか、嫌に自信持っているみたいだな」


「まあ、あとから分かるさ、俺のマシン」


 キュリーはシュナジーのブースに目をやる。


「あの車は何だ? あそこに置いてある車。お前まさかあの車で参加するのか?」


「そうさ、見たか」


「とても変てこりんな車だな、それに小さ過ぎる。今までのお前のマシンより小さいじゃないか、冗談だろ?」


「見た目で判断するなよ」


「お前今日はなにか変だぞ。俺に負け過ぎて頭が変になったのか?」


「いけない! もう準備する時間になった。 キュリー、お前にかまっている暇はない。今俺はお前が負けるとわかってエントリーを済ませているからな」


「なに!」


「では、後ほどな」





 早速レースが始まった。通常のプログラムは予選から記録を出していき、大会の流れが決まるが、前回予選トーナメントが既に決まっていて、レースは本戦から開始した。

 大会は短縮され、早くも終盤になった。

 大会はトーナメントの順序が変わっているだけで、キュリーは勿論勝ち抜いて上がってきたが、大会トーナメントの都合上シュナジーは一度も走る事ないままとなった。


 結局最後は二人の戦いになっていた。


 シュナジーが何処からか持ってきた変な車を見るとキュリーは変な顔をした。


「だから何だ? そのひょろっとした車は! しかも何故二人も乗っている? 重たいだろ」


「おお、元気がいいな! キュリー」


 それぞれのマシンは決勝戦の為にスタートラインに並び、シュナジーの横にはマッキーが同乗していた。


「シュナジー、相手の車は大きいね。さっきの走りを見たけど、かなり馬力があるみたいだ」


「JCR製の車は図体がでかい、おまけにキュリーの態度もでかい」


 前回と同じ大会の流れであまり盛り上がっていなかった観客は、珍しいシュナジーのマシンに興味を引かれた。


「マッキー、会場は盛り上がってなかったけど、このクラウスの登場で観客らの目が変わったぞ」


「皆、興味があるみたいだね。小さい車で勝負しようとする事に注目してるんじゃない?」


 大きな車とその半分程の小さな車が同じスタートラインに並ぶのは、どこから見ても異様な光景だった。



「三、二、一、スタート!」



 会場の放送が盛り上がる。





『全両車は勢いよくスタートしました。幾分シュナジーが前へ出ています。しかし双方とも引けをとりません』





「シュナジー、シュナジー、この間の暴走よりも安定しているよ」


「おおっ、順調だな。ここまで来る時も調子悪い所はなかったからな」


 クラウスは最初の直線をスムーズに走った。キュリーの車がくっついているかのように横には迫る。クラウスのエンジン音が小さいのに比べJCR製の車は音が大きく圧迫感があった。


「まあまあ走るじゃないかその車。言い勝負だシュナジー。しかしもう限界だろ」


 周りの観客が二台の走りを見て興奮に沸いている。あわせて実況アナウンスも声が弾んでいた。

 二台が一つ目のカーブに入ったその瞬間、観客は皆、クラウスの走りにあぜんとした。カーブで簡単にキュリーを突き放したのだ。


「あの車、どうなっている」


 キュリーが横の窓からクラウスを見た。


 観客は順位の勝敗よりも、クラウスの車に目を向けていた。


 普通タイヤの付いた乗り物は、カーブを曲がる際に外側へ重力がかかり、車体は外側へ傾きだす。しかしクラウスはその重さがないようにカーブをストレスなく曲がっていった。だが車内に乗っているマッキーとシュナジーにはあまり実感がない。


「やったーシュナジー、やっぱりキュリーを突き放したよ」


「すごいなこの車。皆もこの車の速さにびっくりしているぜ」




 ピットの近くではボブがクラウスの走りをまじまじと観察していた。そこに近づいて来たのはラウルの手下の男だった。


「君、チームの人かい? あの車はすばらしいね」


「すごいっしょ! 俺も今日初めて見たけどよ」


「今日初めて? 何処から持ってきたのかな」


「解らない。友だちが持っていたらしいけど、おじさん誰なん?」


「ああ、私は町の博物館を管理しているものだよ。あの車を見て興味が湧いた。うちの博物館で管理したいのだが相談に乗ってくれるか?」


「知らないよ、あとからシュナジー達に聞いてくれ」


「金はいくらでも払うつもりだが……」


「えっ? なんで?」


 ボブはこの不審な男の顔を見た。




 車は直線に入るとキュリーが追い打ちをかける。


「せこいぞシュナジー、その車にどんな改造をした!」


「何も改造はしてねーよ、始めからこんな装備だ!」


「嘘つけ! 勝負だ!」



 JCR製の車はどんどん追いかけて来る。追われるクラウスはとても小さい。すぐにカーブへ入った。


「よし、ハンドルきるぞ、あれ? マッキー、ハンドルが重たくなってきた」


「何だって、故障?」


「速度がどんどん落ちて行く、アクセルも重くなってきたぞ」


「油圧式の故障みたいな症状だ。パワーメーターも落ちてきているね」


「また燃料切れか?」


「水は入っているよ。でも出力が低下している」


「何とかしてくれマッキー。キュリーに抜かれたぞ」


「まって!」



 マッキーは車を一度止めて点検しなければと思っているけどそんな余裕はなかった。しかし考えているよりなにかしなければならないと計器類の下に出ているいくつかのレバーを動かしてみる。

 実際この辺りにあるレバー類は何に使うのかまだ解っていなくて、触るのは危険だったが仕方がなく動かしてみる。


「これ、なにか動いたよ?」


「マッキー、なんだ? 前から水が出ているぞ!」


「違った! 次はこれね」


「おっ、ハンドルが軽くなった。それに車全体が軽くなった感じだ、いいぞ。でもスピード出ないぞ」


「おもしろい、じゃこのポンプみたいなのは何かな」


 そのレバーはポンプのように押したり引いたりするものだった。マッキーは面白半分にいじっていたらパワーメーターが上がってきた。


「マッキー、力が戻ってきたぞ、やったな」


「このレバーの意味が解らないよシュナジー」


「分からないけどそのままキュリーを追い上げるぞ」



 追い抜かれたクラウスは遅れを取り戻しにかかる。


「いけいけー、どんどんいけーっ! マッキー、さっきのレバーをもう一度動かしてくれ」


「何、どれを? いろいろ動かしたから。水が前から出るやつ?」


「違う、車体が軽くなったように感じるやつだ」


「わかっているって、これね」


 マッキーはさっきのレバーをまた動かした。すると動いている車体が更に浮力を増したようにスーッと動作する。これはさすがに運転しているシュナジーも戸惑いを隠せない。


「よし、キュリーは目の前だ、行くぞ!」


 浮力を得たクラウスはアッと言う間にキュリーを追い越して、ついに突き放し無事ゴールした。


「何だったんだあのシュナジーのマシンは! 俺は負けた夢でも見ているのか?」


 シュナジーのチームがゴールしたのと同時に観客から歓声があがった。




 すぐに大会に関わる人がやって来る。


「シュナジーさん、優勝おめでとうございます。早速ですが、このあと表彰台に上がっていただき、その際にこの車も中央に持って来ていただきます」


 大会スタッフの人はカメラをセットし何枚も写真を撮り始めた。



「マッキー、写真だ、いい顔見せろよ、とびっきりの笑顔」


「何もしなくても、今の気分は最高だよ、シュナジーの笑顔もね」


「シュナジーさん、いいですか! こっちを向いてください! いきますよ」


大きな写真機のストロボが光った。



「はいありがとうございます。次は表彰台で撮影です」


シュナジーとマッキーの写真が撮れた。


「やったなマッキー、優勝だぞ、優勝!」


「よかったよね、故障も直って」



「よし、ボブの所へ行こう。あっ、そこにいるじゃないかボブ、おーいこっちだ!」



 ボブの所へ向かおうとする二人の前に、黒い服を来た、背の高い男の人が三人立ちはだかった。


「君達はとても優秀だ、それとその車も素晴らしい。ぜひ君達に話を伺いたいのだが」


「あっ、ああ、そうでしょ、クラウス・スモービルはいい車ですそれに速い」


 シュナジーは急に男達に話しかけられて、戸惑った。


「クラウス……、そうか、その車はクラウス・スモービルと言う名前か。私達の博物館で飾らせて欲しいと思うのだが」


「博物館? いやこれは僕達がコツコツと修理してきたので、遠慮するよ」


「心配いらない、お金はいくらでも払うつもりだ。それにここだけの話、この車を手に入れようと狙っている奴もいる、その者達からも守る為、きちんとした保管が必要だと思うが」


「この車が狙われている? 何故だ」


「この車はとても貴重なものだ、当時は勿論価値のある物で、造られてから、かなり時間が経っている。今となっては同じ物が一つも存在しないと思われる車だ。当然まわりは放ってはおけないだろう。とにかく他の目に付く前にかくまう必要があるのだ。急いで一緒に来てくれるか?」




「おーい、シュナジー!」


 向こうから呼ぶボブが沢山の人をかき分けこっちへ来ていた。


「ボブ、この車すごいってなー」


「違うぞ! その男達は怪しい。その車を奪おうとしている、逃げろ、急げ!」


 ボブが言うとすぐに男達の顔色が変わり、クラウスの方に駆け寄り奪おうとした。


「ボブ、それ本当のようだな。マッキー行こう!」


 マッキーとシュナジーは急いで車の方に走った、同時に黒い服の男達も追いかけて来た。


「おい、お前達。奴らを逃がすな、急げ!」


 大会のスタッフらは、何があったのか状況がつかめず慌てていた。



「シュナジーさん、急に何処に行くのですか? このあと優勝のセレモニーがあるのですよ!」



「今回は遠慮しとくよ! 優勝は二位のキュリーに譲ってくれ。やつもそれを望んでいるさ。俺はキュリーとの勝負に勝っただけで満足だ」


「あっ、シュナジーさん!」




 シュナジーとマッキーはクラウスのエンジンをかけると急いで会場を出た。すぐに黒い服の男達が、大きな黒い車で勢いよく追っ手来る。


「マッキーつかまっていてくれ、スピード上げるぞ」


 シュナジーはレースの時の要領で道路を走り抜け、カーブを曲がる。もち論カーブを曲がる感覚を持たないクラウスは、アッと言う間に男達の車をまいた。


 男達は完全にクラウスを見失った。


次回 2020年9月4日 16時 投稿予定

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