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クラウス車の記憶  作者: 伊藤 慎一郎
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1 グリース研究所

 人の目に触れぬよう、市街地からかけ離れた森の中に建てられた実験施設があった。


 全体的に灰色がかった壁に換気扇の通気口やパイプだけが取り付けられている、建物に明り取りの窓はない。


施設内の狭い部屋には白衣を着た男が一人こもり、照明もつけずにデスクの小さな電球の明かりだけで計算をしていた。

 研究者としては若くて頼りない。椅子に座る男の顔とデスクの上にある設計図面を白熱球の光が照らしていた。


 吸い殻がこぼれそうな灰皿の横で、男は図面を見たまま考え込んでいる。

 大きく目を閉じて数字を書き込み、アナログ式計算機を回すと、また手を休め、たばこに火をつけて椅子にもたれた。まだ若く貫禄もない男にはたばこも似合わない。



「もう少し電圧を上げるか、多少の比重は仕方がない」

 男はたばこを吹かすと、姿勢を正し、数字を書き直した。

「よし。これでいけるかもしれない」


 今つけたばかりのたばこの火を消すと、灰皿から吸い殻があふれた。

 男はこぼれた吸い殻を気にもせず、アナログ式計算機を置いたまま、図面と資料を持って部屋を出た。



 研究所の中央にあるメイン空間ではある実験が行われていた。

 実験設備が整っている広い空間に白衣を着た九人の研究員たちがいた。ある物体を取り囲んでいる。


周りにはたくさんの大きな電子機器類が壁のごとく並べられ、機械からはいくつかの配線が仰々しく絡んで延びている。その配線がつながっていたのは陶器の台座にのせられた一台の車だった。


 その車はカメのような丸みを帯びた形で、生き物のようにも思える。

 ここはあくまでも研究所であり、車の製造工場ではない。


 九人はそれぞれ、機械の状態を見ながら操作し、その車を慎重に調査していた。


 研究員の中には女性が一人しかいない、その女性は設計見取り図を広げて考えていた。

 そこに突然勢いよく入ってきたのは、さっきの若い研究者だ。


「先生! 理想に近い波長を出せる数式ができました。。今度は大丈夫です!」


「うむ、そうか。今の段階では君に任せるしかない」


「はい、ありがとうございます」


 九人は車の状態をみながら、機械を再稼働させ出力を送る。ペンとメモを取り出し女性は男が指定した波長の数値を書き出すと、別の用紙で計算を始めた。

「皆、それでは始めるぞ。しっかりたのむ」


「……」


 無言で見守る研究者たち。

 機械はレベルが上昇すると音も大きくなっていき、伴って皆の緊張も高まった。


ギュオーン!


「よし、出力七五%まで上昇、四千回転の領域でマイクロ波を放射する」


「了解! このまま解放します」


 女性は慌てるように用紙に数字を書き出して計算していた。


「先生順調です、物体に何も変化を見られません」


「よし! 磁気増幅強化、低周波信号接続開始」


「はい!」


 車が揺れだし、研究員が状態を報告する。


「物体に一定のリズムの微動がみられます。」


「おおっ」



 固唾を飲んで車を見守っていた研究員たちは、動き出したそれを見てざわつき始める。


「先生、波長に合った数値の領域まで到達しました」


「うむ! まだ足りないか。七千回転まであげろ、出力九五%から最大だ」


「了解」



 車の振動が強く機械類の音も酷くなってきたが研究員はさらに出力を上げた。

 まだ女は計算をしていた。


「物体の振動が大き過ぎます、このままだと出力側の機械が壊れます」


「かまわない、続けてくれ」


 女の顔色が急に変わった。たった今計算を終えたところだ。


「待って、これはいけないわ」


 すぐに機械を停止するよう女は叫んだ。


「危険です、すぐに実験を中止してください!」


「どうしたのだ?」


「このまま波長の域をこえると、車が熱を放出できず高温になり、さらに膨張します」


「それは本当か? 君、すぐに出力を下げろ、冷却装置を作動」


 慌てて機械の出力を下げるが装置の回転は落ちない。


「だめです、物体との信号が同調していますレベルを下げていますが機械の回転が落ちていきません。それどころか、逆に出力が上がっていきます」


「それではケーブルを抜くのだ!」


 慌てていた研究員らの中でも、特に女はその物体を目の前にして体は固まっていた。


「先生! ケーブルが発熱していて触れることができません」


「ケーブルを切断しろ!」


 尋常でないほど揺れる車は、エネルギーが内部へたまり、爆発しそうな状態だった。

 その瞬間、施設の電源がショートしてしまった。


 同時に、つながれていたワイヤが切れてしまう。車はそのままの勢いで飛び出し、施設の壁を突き抜けて無人のまま走り出してしまった。


 女は壊れた壁の方をずっと見ていた。


「あの車は危険だわ!」



 研究者九人は今の状況を呑み込めないままあぜんとしていた。

 車は五百メートルほど先で止まっているのをのちに発見するが、既に沈黙していて動き出す様子はもうなかった。


 この車と実験はこのまま闇にほうむられた。



 一九四十年の出来事だ。


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