表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薔薇騎士物語  作者: 雨音AKIRA
第1章 ラーデルス王国編 ~薔薇の姫君と男装の騎士~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

99/319

1章99話 許されざる者4 生きるための約束

 その時ふと、空気が動く気配がした。


 ふわりと優しい風が、ラスティグの身体を撫でる。


 そして肩に温もりを感じた。


 その温かさに身体を強張らせると、可笑しそうに笑うティアンナの声が聞こえた。



「……顔を上げて。貴方は立派な騎士だ。ノルアード殿下を守るための」



 彼女の優しい声音に、その言葉に、心が震えた。


 なぜ彼女はこんなにも優しい声で、温かい言葉をかけてくれるのだろう。


 ────わからない。これは都合のいい幻なのかもしれない────


 ラスティグは顔を上げなかった。


 それでもティアンナは、彼に向かって声をかけた。



「今、私はこうして生きている。貴方の罪を私は知らない……それに、もし私が同じ立場だったら……同じことをしたかもしれない」



 彼女の言葉に慰められていく。


 だがそれを許してはならないと、唇を強く噛んだ。


 ティアンナは、その想いに気が付いているかのように、次の言葉をラスティグに贈る。



「自分を許してあげて……お願いだ、ラスティグ……自分で自分を罰するのは、もうやめるんだ」



 彼女の言葉が、深く、心に突き刺さった。


 それは罵倒されるよりもずっと、彼自身の深い闇を暴く言葉だった。


 途端に押さえつけていた感情が溢れだした。


 自らの罪を洗い流そうとするように、涙となって流れ落ちていく。


 そんなラスティグに、ティアンナは言葉を続ける。



「私も貴方に教えられた。自分を許すことを……だからこうしてここに来た」



 涙を流し、嗚咽を漏らすラスティグの背を優しく撫でる。


 その手から、深い愛情が、温もりと共に伝わってきた。



「私は貴方に生きていてほしい。他のすべてのことは関係ない」



 闇に閉ざされた世界に、温かな光が灯る。


 その光に促されて、彼は顔を上げた。 



「私が貴方にそう望むのだ」



 目と目が合う。


 涙の向こうに見える美しい紫の瞳には、彼女の強い想いがあった。


 自分を求めてくれる人がいる。


 生きていていいのだと、生きていてほしいのだと。


 ただそれだけで、彼の心は救われた。


 誰にも望まれていないと思っていた。


 凍り付いていた少年の心は、彼女の想いに触れて、優しく、溶けていった。



「ティ……アンナ……」



 その名を呼びながら、美しいその人に向かって、手を伸ばした。


 笑顔と共に優しく握り返す手が、


 ──そこで彼を待っていてくれた。



「ティアンナ……っ」



 その温もりを掴み取り、両手でしっかりと握りしめた。


 ────温かい。


 ────心が温かくなっていく。


 ────やっと……求めていたものを、手に入れた気がした────



「ラスティグ……」



 ティアンナの手を、自分の名を呼ぶその声ごと握りしめ、ラスティグは泣きながら何度も頷いた。


 そして彼女に頭をもたれかけるようにして、その手の上に大粒の涙を流した。


 彼女の心に触れ、彼女の温かさに甘えた。


 穏やかで、優しい時が流れていた。


 二人の間を隔てる物は、もはや何もなかった。


 ラスティグは心行くまで涙を流し続け、ティアンナはそれを見守った。




 それからどれだけの時が過ぎただろう。


 ラスティグはようやく感情の波が収まると、手を繋いだまま、ティアンナに向き合った。赤く泣きはらした顔で、彼女を真剣に見つめる。



「ティアンナ……もし、私が……」



 しかし、そこまで口にして、ラスティグはその続きを言葉にすることができなかった。


 ────出来ない約束をしてはいけない。


 この命が助かる保証などどこにもないのだから────


 そして彼女に重荷を背負わせたくはなかった。



「大丈夫……ラスティグ。必ず助けてみせる」



 ラスティグの気持ちを掬いとって、ティアンナは彼を助けることを約束した。


 強い眼差しが、彼に向けて注がれる。


 ラスティグは、自身の情けなさと、彼女の強く美しい心に、泣き笑いのような表情しかできなかった。


 ティアンナはクスリとそれに微笑むと、彼の頬に手を伸ばし、優しく触れた。


 少し硬くなったその指先が、ぎこちなく彼の涙を拭う。


 ────そして顔を近づけ、優しい口づけをひとつ


 ……彼の頬へ落とした────


 眩暈のするような甘い香りが、目の前で弾ける。


 驚きに目を見開くと、彼女は恥ずかしさを誤魔化すため、顔を背けてしまった。


 美しい紫色の眼が、可愛らしく宙を彷徨っている。



「そ、それに……私たちの真剣勝負がまだ終わっていないだろう?」



 彼女は言い訳をするようにそう言った。



「あの時、私は本気じゃなかったから、あの勝負は無効だ。次は勝ってみせる。……絶対にだ」



 騎士アトレーユとしての言葉を口にすると、彼女は慌てたように繋いでいた手を離した。


 少し残念に思ったが、彼女の薔薇色に染まった頬が、とても美しい。


 強がりの中にいる本当の彼女はとても純粋だ。


 ──彼女の心を手に入れたい。


 ──彼女と共に生きていきたい。


 そんな強い願いが、ラスティグの中に生まれた。


 その願いと共に、彼女の言葉に耳を傾ける。



「必ず、もう一度、私と勝負をしよう。約束だ。それまでに死んだら許さないからな!」



 彼の未来を信じている強い言葉で、一方的に約束の言葉を言い放つ。


 そんな強がりすらも、今のラスティグには、とても眩しく見えた。


 ティアンナは真っ赤な顔を隠すように後ろを向き、そして一気に駆け出した。


 美しい銀髪が翻り、暗闇を照らす道標のように輝いた。


 ラスティグは、その後ろ姿を目を逸らさずに見つめ、口づけをされた頬に手を触れる。


 そこに残る彼女の温もりと、優しさに、自然と笑みが零れた。


 そして、彼女の言葉に答えを返す。



「あぁ……そうだな、アトレーユ……きっと、約束を果たそう」



 その呟きは、彼女には聞こえていないだろうが、それで十分だった。


 彼女との約束がきっと導いてくれる。


 もはや闇に沈み、死を望んでいた男は、そこにはいなかった。


 光に手を伸ばし、生きる、と強く心を決めた男がいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
i386123 i528335
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ