1章97話 許されざる者2 迷い人
「あのぉ~、ちょっといいですか~?何やら揉めているようですけど~……」
沈んだ空気の中、間延びした声でナイルが嘴を挟む。
「我々の意見も聞いてください。ね?隊長!」
ナイルはそう言って、ティアンナの背中をバシッと叩いて前に突き出す。
「あ……あぁ」
突然前へ突き出されて、ティアンナは驚きに言葉を詰まらせた。
そしてこんな場所で着飾っている自分が急に恥ずかしくなり、ますます言葉がでてこなくなってしまった。
ナイルはそんな隊長を見て、仕方ないなと苦笑いすると、ひとり前へ進み出た。
「我が国としては、ラーデルス王国に、これ以上トラヴィス王国の介入が入る事を望みません。騎士団長殿の断罪は、国の存続を危うくすると考えます」
ナイルの言う通り、ノルアード王子の義兄が断罪されることは、後々ノルアード王子が立太子してからも影響を及ぼすだろう。
なぜ彼がそこまで断罪されることに固執するのかがわからない。
彼自身が生きることを望めば、その方法はどうであれ、皆が協力すると言っているのだ。
「何もわかっていないから、そんなことが言えるのだ……」
ギリッと唇を噛み締めて、顔を俯ける。
ナイルはその様子を冷静に見据えると、思い出したかのように告げた。
「……もしかして、サイラス殿下が最期に言っていたこと?」
ピクリとラスティグの肩が揺れる。どうやら図星のようだ。
「彼のあの言葉、気になっていたんだよねぇ……あなた達が罪深いって。それってノルアード殿下と、団長殿、お二人のことですよね?何故あそこまで彼に憎まれるんだろう?まるで貴方を断罪させるために、わざとその刃に倒れたみたいじゃないか」
ナイルの言葉は真実に迫っているようだ。
ラスティグの顔がみるみるうちに強張っていく。
「あなた達が抱える秘密が何かは知らないけど、サイラス王子がトラヴィス王国と通じていたことを考えると、それはすでに敵国に知られているだろうね」
ナイルの言葉に今度はストラウス公爵の顔色が曇っていく。
「……そうなのか?ラスティグ」
ストラウス公爵の固い声音が冷たく響いた。
「……はい。そのようです……サイラス様はご存じの様子でした……私はその時は、彼が何を言っているのかはわかりませんでしたが……」
言葉を濁すが、ラスティグが抱えている秘密は、とても重大で厄介なことのようだ。息子の言葉に、ストラウス公爵は難しい顔をして考え込んでいる。
「……それでお前は、自分が助かることを拒んでいるのだな……?お前の存在がこの国の脅威になることを恐れて」
父親の言葉に、もはやラスティグは返事を返さなかった。じっと俯いて汚れた石の床を睨んでいる。
それは公爵の言ったことへの肯定を意味していた。
「どちらにしても、あなたが断罪されたらノルアード殿下は不利になるんじゃない?ストラウス公爵家の後ろ盾がなくなったら、他国の姫君の権力だけじゃ潰されてしまうよ、きっと」
ナイルは冷静に自らの分析を話した。
彼は諜報活動によって、ラーデルス王国内の貴族たちの関係や、トラヴィス側の情報も手に入れている。その情報を鑑みても、ラスティグとともにストラウス公爵家が倒れるのは得策ではない。
「ましてや、エドワード殿下が王位を継ぐのも考えられないしねぇ……ね?隊長?」
余計なところで相槌を求めてくるのが、ナイルの性格のいやらしいところである。
彼はティアンナとエドワード王子との間に、何があったのかを知っているのだ。
「あぁ……そうだな。彼には国王の重責は務まらないと思う。力不足だ。もしその座についたとしても、別の者の手によって傀儡の王となるだろう」
エドワード王子のことを思い出し、自然と眉間に皺が寄る。今更ながらに、地下牢の寒さに体が震えだした。
「そういうことです。あなたがどちらの運命を辿っても、この国が危うい事に変わりはない。だったら生き残って、うまく立ち回ったほうが何倍もいいですよ」
ナイルはそう言ってラスティグを説得する。
ここまで肩入れするのは、ラーデルスに対して、トラヴィスの影響がどれだけこれからも続くのか、その脅威が計り知れないものだからだ。
それならば今は、ロヴァンスとラーデルス、両国の絆を盤石のものにすべきだ。
ストラウス公爵もナイルの言葉に、真剣に耳を傾けているようだ。彼にとっても、この問題は対処に困っていたのだろう。
しかしラスティグは渋い表情のままだった。
鉄格子を掴む手は力なく、彼はそこへ自らの額をあてるようにして俯いていた。
「……少し考えさせてくれ……」
拒絶の意思ともとれるような声でそう呟くと、彼はそれきり黙り込んでしまった。
他の者たちは顔を見合わせると、これ以上の説得は難しいと、その場を離れることにした。
地下牢の入り口に向けて歩き出す。
「ティアンナ」
その時突然、ラスティグに呼び止められた。
「少しだけ残ってくれないか?……貴女に話したいことがある……」
ティアンナは戸惑いながらも、その言葉に頷いた。




