1章96話 許されざる者1 再会
兄のグリムネンとともに客室を出たティアンナだったが、すぐに広間へは戻らずに、王城内を彷徨っていた。するとどこからか呼ぶ声が聞こえてきた。
「隊長~こっちこっち」
暗闇から聞こえてくる声に耳を傾け、そっと近づく。
そこにいたのは、潜入していたナイルだった。
入り組んだ城の中の、あまり人通りがない奥まった所に、ナイルはストラウス公爵と共にいた。その二人の異様な組み合わせに、ティアンナは驚き声をかける。
「……何故二人が?」
ストラウス公爵の方もティアンナの姿を見て、一瞬驚いたような表情を見せた。しかしすぐに動揺をいつもの鉄面皮の下に隠す。
「騎士団長の元へ案内してもらうところ。やっぱり城の中にいるみたい」
ナイルは若干得意げな顔をすると、ティアンナに向けて笑顔を見せた。
「公爵様。隊長も一緒に行ってもよろしいでしょうか?この人が一番騎士団長殿のことを心配していると思うので」
ナイルがあっさりとティアンナの心の内を暴露する。ティアンナは頬を少し赤らめ、ナイルを睨んだ。
ナイルはその視線に気が付きながらも、それを無視して話を進める。
「ロヴァンス王国は彼の味方です。トラヴィス王国の介入は貴国だけでなく、我が国にとっても重大な問題ですからね。身内で潰し合うよりも、少しでも戦力となる人間は生かさなければ。ましてや彼はトラヴィス王国の罪を追及する為の大事な証人です」
ナイルは次々とラスティグの必要性について語る。
しかしそれを聞く公爵の顔は、次第に浮かない表情となっていく。その理由について、彼らはすぐに思い知ることとなった。
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一旦報告をしに戻るという、兄グリムネンと別れ、ティアンナ達はラスティグの姿を求め、王城の地下深くを目指した。
王城の誰も通らないような暗い通路の先に、地下へと続く階段の入り口があった。しっかりと鍵で閉ざされたそこは、地の底から這い出てくるような闇の気配が伝わってくる。
それは死の気配であるとティアンナは思った。
キィィと軋んだ音を響かせながら、鉄格子でできたその扉は開かれる。
一歩足をそこへ踏み出すと、冷たい空気が彼らの足元から這い上ってきた。
黒く煤汚れたような石組の壁が、両側から迫り、狭く急な螺旋状の階段をより一層窮屈に見せている。
コツコツと硬質な音が階段の中を反響した。
その音を聞きながら下へ下へと降りていく。グルグルと狭い中を回りながら降りていくため、次第に感覚が麻痺してく。
どれだけ下に降りたのか、もはやわからなくなっていた。
永遠に続くようなその階段が途切れたのは、降り始めてから大分経ってからだ。階段の終わりにある壁に、重厚な鉄製の扉がある。
そこには一人、兵士が立っていた。
ティアンナ達の登場にも動揺を見せず、暗く淀んだ空気の中、無表情で出迎えてくれた。
「今から少し入る。開けてくれ。陛下の許可は下りている」
それだけ告げると、兵士はティアンナ達をチラリと一瞥してから、扉の鍵を開け始めた。何重もの鍵を一つ一つ開けて、漸くその重く分厚い扉が開かれる。
──ゴトンと鈍い音があたりに響いた。
兵士はどうぞと伝えると、何事もなかったかのようにまた警備に戻った。
ティアンナ達はその兵士の横をすり抜けて、中へと入っていった。
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そこには死というものが沈殿していた。
外界から遮断され、全てが暗く淀んでいる。
生きている者たちが来るような場所ではない。
古びた石造りの地下牢は、通路の片側に頑丈な扉がいくつも並んでいた。
奥へと進んでいくと、もっとも大きいと思われる牢屋は、他と違って、鉄格子がはめてあり、部屋の中の様子がうかがえる。
どうやら元々大人数を収容するための牢屋だったようだ。
ストラウス公爵は迷いなくそこまで歩いていくと、部屋の中にいる人物に声をかけた。
「ラスティグ」
公爵のハッキリとした声が地下牢に響き渡った。
灯りのない牢屋の中で、何者かが蠢くのが窺えた。
辛うじてある通路の灯りは、地下牢の奥の方までは照らさない。
「……父上?」
暗闇の中からラスティグの声がした。彼はティアンナ達の存在には気が付いていないようだ。
ティアンナとナイルは、公爵よりもずっと後ろに控えている。
何故だか近づくことが躊躇われたのだ。
「何をしにいらしたのですか?ここには用はないはずでしょう」
父親との再会だというのに、ラスティグの態度はそっけなかった。
「……息子に会いにきて何が悪い?」
公爵は声音を変えず、淡々と言った。
すると暗闇の中から、嘲るような乾いた笑いが聞こえてきた。
「息子ですって?今更何をおっしゃっているのですか。貴方は全てを承知していたはずです。私が何者であるかということを」
静かな怒りがそこにはあった。自暴自棄になっているというのではない。
彼は父親に対して、激しい怒りを覚えているようだ。
「……そのことについて今は話すつもりはない。お前を助けることだけを考えよう」
──ガタン!
ストラウス公爵の言葉が言い終わらないうちに、物音が牢屋の中からして、ラスティグの姿が見えた。
「貴方はわかっているのか!?私を救うことで、どんな影響がノルアードにもたらされるかということを!!」
激しい怒りを露わにした男が、鉄格子にしがみついて、父親を罵倒している。
久しぶりに見たラスティグの姿に、ティアンナは安堵すると同時に、激しく動揺していた。ストラウス公爵が浮かない表情をしていた意味が、ようやくわかった。
────彼は自分の命が助かることを望んでいない────
断罪を受け入れるつもりなのだ。
ノルアード王子の為に……
ティアンナは何とも言えない気持ちになった。
胸が締め付けられ、呼吸が乱れる。
この感情をなんと表現すればよいのだろう。
──嫉妬?
──恐怖?
ティアンナは荒れる感情の波間で、溺れそうになっていた。
息苦しくなってよろめき、一歩前へ踏み出す。
思いの外、足音が地下牢に響いた。
その音にラスティグが、ハッとなりこちらを見た。
そして怒りに満ちていた目が、徐々に驚きに見開かれていく。
「……ティアンナ……?」
戸惑いがその顔に映し出された。
その名を呼ばれ、すぐにでも駆け寄りたい気持ちに駆られるが、足は床に縫い留められたかのように動かない。
ただじっとその人を見つめた──




