1章91話 妃選びの舞踏会6 それぞれの円舞曲
優雅に広間に流れる円舞曲。人々は煌びやかなドレスを身にまとい、色とりどりの華を広間に咲かせていた。
そしてここにも、一組の男女が一際美しい華を咲かせていた。
「……大丈夫ですか?」
「えぇ……あまり慣れないもので、申し訳ございません」
ダンスが一曲終わり切る前に、ティアンナは苦しそうに息を切らしていた。少し荒くなった息が、妙に艶めかしい。
「私に体を委ねて、リラックスしてください」
エドワード王子は女性好きということもあって、女性に対する態度は手慣れている。そしてこういった場に出ることが好きなようで、ダンスも非常に上手であった。
その一方、ティアンナは男性のパートは完璧に踊れても、女性のパートはほとんど踊ったことが無いに等しい。
その不慣れな様子に、エドワードはティアンナに対して、特別な感情を抱くようになっていた。いつもとは違う美しく弱々しい様子に、すっかり夢中になった。
王子は背中に回した腕に更に力をこめて、ティアンナを抱き寄せた。いかつい騎士服の中に隠されていた柔らかな身体が、誘うような甘い香りとともにエドワードの体に密着する。
「──っ」
一瞬ティアンナは少しだけ顔を歪めた。そして、ステップを踏み外して倒れそうになる。
「おっと……」
慣れた手つきでエドワード王子はティアンナを抱きとめた。
「す、すみませんっ……」
ティアンナは驚いて王子から飛びのいたが、じっと胸の下あたりを痛そうに押さえている。
「そうか!すまない。まだ傷が痛むのだな……」
エドワード王子はすっかり失念していたようで、騎士としてアトレーユが負った傷を思い出して謝罪した。
「いえ……無様なことになってしまい、申し訳ございません」
実際ティアンナにとって、慣れないドレスでダンスを踊るのは、体力的にきつかった。本当ならまだ安静にしていなければならないと医者は言っていたが、無理を押して今回の舞踏会に参加したのだ。
それもこれも皆、ラスティグを救うためである。
自らの目的を思い出し、ティアンナはエドワード王子に微笑みかけた。
「もう大丈夫です。ご心配をおかけしました」
しかしエドワード王子はティアンナの顔色が悪いのに気が付き、どこか部屋で休もうと提案してきた。
「……ですが、キャルメ様のお側を離れるわけには……」
「ティアンナ嬢、貴女は今は騎士ではなく、ただの貴族のご令嬢だ。王女殿下の護衛は他の者に任せればいい。今は何より貴女の体の方が心配です」
エドワード王子の強気な態度に、ティアンナはどうしたものかと困惑していたが、近くで踊っていたジェデオンが、ティアンナに向けて視線で合図を送った。
それにティアンナは気が付くと、王子に向き直ってその提案を承諾した。
その返事に王子は満足そうに頷くと、さっさとダンスを切り上げて、ティアンナを抱えるようにして広間を後にした。
──その様子を見ていた王女とジェデオンは、少し呆気にとられながらつぶやいた。
「……大丈夫かしら、ティアンナ。まさかエドワード王子があそこまで執心するなんて……」
心配そうに彼らを見つめるキャルメに対し、ジェデオンは感心したように頷いている。
「いやはや、女としてもなかなかの手腕を持っているな、我が妹は。他にも、あいつを我が物にしたいと思っている、破廉恥な男どもの視線がいくつもあるじゃないか」
二人の意見に若干の相違があるものの、その視線は広間から出て行くティアンナ達に注がれていた。
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舞踏会の喧騒が広間を埋め尽くす中、玉座の前だけは沈黙が支配していた。
その人物は、鋭い目つきで口もとに歪な笑みをひとつ浮かべると、やおら話し始めた。
「陛下……なぜ、サイラスは亡くなったのですか?」
「ノルアード……」
そこにいたのは、ノルアード王子だった。
「私は聞いたのですよ。あなた方が隠していた秘密をね。騎士団長にあんな風に告白するなど、随分と酷いことをなさる」
「!!」
ノルアードは玉座の前から、国王のすぐ横に場所を移動する。ホルストはすぐ右横に立つ息子を、見上げる形となった。
「私は子供の頃、いつも父親像というものを求めてきました。……だが、とうの昔にそんなものは必要ないと理解しました……貴方のおかげだ。だからといって、彼に対して、貴方がなさったことを許すつもりはない」
淡々と語るノルアードの目には、何の感情も映されてはいなかった。ただその言葉には、国王への怒りで満ちていた。
ホルストはこの時初めて理解した。最も愛する女性との間にできた息子たちは、すでに自分を見限っていると。彼は父親として息子たちの心を失ってしまったのだ。
「……サイラスが何故あのようなことになったのか、貴方はご存じのはずだ。私はそれを明らかにしたうえで、王位継承の件について今一度話合いたい。貴方の胸の内だけに秘めていていいはずがない」
ノルアードの堅い決意がその言葉に現れていた。
彼は自身の身分が危うくなることも、王家の威厳が損なわれることも恐れてはいなかった。
国という大きな権力によって、裁かれようとしている兄を助けたい一心であった。
たとえそれを兄が望んでいなかったとしても。
「……サイラスは……いや、それは出来ない。それだけは……」
それでもホルストは頑なにサイラスについて語るのを拒んだ。
ノルアードはそれを苦々しく思うと、ため息をひとつこぼした。
「そうですか……残念です」
ノルアードは国王を見限ったように、玉座に背を向けると、返事を待たずしてその場を辞した。
ホルストはそんな息子の背中を、ただじっと見つめていることしかできなかった──




