1章88話 妃選びの舞踏会3 宴の始まり
広間には色とりどりのドレスに身を包んだ令嬢たちが、舞踏会が始まるのを今か今かと待っていた。
戦の勝利に、次期国王となる王太子の為の妃の選定。集まった者たちの顔は期待で輝いていた。
そんな中、紅いビロードのカーテンの奥から、ラーデルス王国の国王が現れた。会場のざわめきは次第に収まり、皆、国王に注目する。
国王はそんな彼らを見渡すと、静かに玉座の前へと立った。
「皆、今宵はよく集まってくれた。我々の勝利と未来を祝うための席へ」
張りのある声でそう告げると、静まり返っていた広間に歓声が沸き起こる。
国王はそれを暫しの間聴いてから、片手を挙げて歓声が収まるのを促した。
「だがまず私は、ここで告げなければならない。このような祝いの席において告げなければならないことを非常に残念に思う」
国王の言葉に再び広間は水を打ったように静まり返った。
「……我が息子、第2王子のサイラスが亡くなった」
息を飲むような音の後、水面に波紋が広がるようにざわめきが起こった。
国王はそのざわめきを止めることなく言葉を続ける。
「サイラスは……素晴らしい息子だった。私は父親として彼を誇りに思う……サイラスの為にも、私はこれからのラーデルス王国を盛り立てていくため、今日この宴を開催することにした」
人々は国王の言葉に真剣に聴き入っている。しかしそれはサイラスを失った哀しみからではなく、好奇心だ。これから誰がこの国の未来を手にするのかということへの。
ホルストはその人々の好奇な視線に胸を痛めながら、サイラスの為の言葉を紡ぐ。
「皆もサイラスの為に、そしてこの国の未来の為に、今宵の宴を盛り上げてくれ……以上だ」
国王はそう締めくくると、ちらりと広間の隅に控えている楽団に視線を向けた。
指揮者は国王の視線を受け取ると、楽団に向き直って勇ましく指揮棒を振りはじめた。盛大なファンファーレと共に、戦の勝利を讃える荘厳な音楽が奏でられる。
再び人々の間に歓声が起こった。彼らにとって、今日という日はめでたい日であるのだ。
ホルストは一仕事終えると、皆の注目が音楽の方へと移ったと同時に、玉座に座って大きなため息をついた。
彼が言った言葉は、全てが真実というわけではなかった。
サイラスはこの宴を望んではいなかっただろう。
彼が本当に望んでいたのは……
「陛下。サイラス殿下の事、心からお悔やみを申し上げます」
ふと顔を上げると、サイラスの事で哀悼の意を述べに来たらしい貴族達がいた。彼らは一様に悲しそうな表情をしてお悔やみを告げると、先ほどのホルストの言葉に感銘を受けたと言ってきた。
ホルストはそれに対して上辺だけの謝辞を述べると、自身の心の中に乾いた笑いが起こるのを感じていた。
「ありがとう。どうか今日はサイラスの為にも楽しんでいってくれ」
次々とやってくる貴族たちに、ホルストはその度に自らの言葉を嘘で重ねた。
サイラスがこの国の為を思って亡くなったのだと──
国王として頭上に戴く冠が、罪人の枷のようにとても重たい。
多くの客たちに対して、彼は同じ言葉を繰り返していた。
そしてようやくホルストの元へ挨拶にくる客が途切れた。
──あぁ、これでやっとこの場から解放される。
疲れ切ったホルストがそう思ったとき、ある人物が彼の元を訪れた。ホルストはその人物を前にして、再びその重責によって心が擦り切れていくような感覚を覚えた。
────────────────
国王の宴の開催の挨拶の後、すぐに第3王子エドワードの周囲には多くの貴族達が集まっていた。
エドワードは調子よく周囲の者達に向かって演説をしている。いかに自分が次期国王に相応しいかということを。
「サイラス兄上の事は残念でしたが、私が王太子として、兄の遺志をしっかりと継いでいきますから安心してください」
エドワード王子の言葉に、貴族たちは目を輝かせている。自分の娘を売り込もうと必死な様子の貴族と、美しく着飾った娘たち。皆がエドワードに対して、いかに取り入ろうかとそれだけを考えて集まっていた。
エドワードはこの状況にご満悦だった。邪魔な存在であった兄のサイラスはもういない。生意気な弟のノルアードも、もはや風前の灯である。
「……ですが、本当に残念ですわ。まさかサイラス殿下がお亡くなりになるなんて……」
一人の令嬢が呟いた。
エドワードはこの言葉にしめたと思った。すかさず苦悶の表情を浮かべて、俯き加減で悲し気な態度をとる。
「えぇ、本当に残念でなりません。弟ノルアードの事も何とかしてやりたいのですが……」
「え?ノルアード様がどうかされたのですか?」
口元に笑みが浮かびそうになるのを必死に堪えながら、エドワードは辛そうな演技を続ける。
「彼の義理の兄、ストラウス公爵家の長男ですが……彼の手によってサイラスは死んだのです……」
その言葉に、エドワードの周囲にいた人々が一斉に息を飲みこんだ。
「ど、どういうことですか?!そんな、まさかっ!」
ストラウス公爵家といったら、国王の右腕として名高い名門の貴族である。残念ながらここ何代かは子宝に恵まれず、王家との縁組がなくなって久しい。
しかしながら、現王の懐刀として重用されているのは周知のことで、また公爵の長子であるラスティグも、王国騎士団の団長として活躍していた。
そのストラウス公爵家の長男が、サイラス王子を手にかけたとはどういうことだと、貴族たちは騒ぎ始めた。もしそれが本当ならば、ストラウス公爵家はただでは済まない。勿論、養子としてストラウス公爵家が後ろ盾となっているノルアード王子もだ。
「事故だった……そう思いたいですがね。いかんせん状況は混乱しておりましたし……それに彼はノルアードの義兄だ。サイラス兄上のことをどのように思っていたかは……私にはわかりかねます……」
エドワードは上辺だけでいうなら言葉のうまい男である。自分へ媚び諂う者達に、彼らの好奇心をくすぐるような言葉で、思う方向へと誘導するのだ。
ノルアードもそういうことは得意ではあったが、エドワードは他人を貶めることに関してはその上をいっていた。
彼はあっという間に周囲の人々を味方につけたようだ。エドワードは弟を心配するような表情をしつつ、内心ほくそ笑む。このままいけば自らの立太子は確実なものになるであろう。
その時、大広間の入り口付近が騒がしいことに気が付いた。
人々の視線が一斉にそこへと注がれているのである。
エドワードは気になったので話を中断し、やおら人垣をかき分けて近づいていった。




