1章83話 王の居室と隠し通路
「妃選びの舞踏会ですって?本気なのですか?」
国王の居室に呼ばれたノルアード王子とエドワード王子は、国王と対面していた。
「あぁ。こんな状況だからこそだ。サイラスはもういない。王位を継ぐものをいい加減決めねばならないからな」
国王は難しい顔をして二人を見ている。兄弟とともにこうして国王と顔を合わせたことなど今までなかった。
ノルアードの複雑な想いとは裏腹に、エドワードは嫌味な顔を遠慮なくノルアードに向けると、国王に向かって進言した。
「彼はサイラスを弑逆した騎士団長の義兄弟です。そんな者に王位を継がせるなど、あってはならないのではないですか?」
エドワードはチラチラと勝ち誇ったような目つきで、ノルアードと国王を交互に見る。
「……義兄弟のことは関係ない。兄上は、ご自身がキャルメ様になさったことを、もうお忘れですか?」
「なっ!お前!誰にそんな口をきいている!あれは間違いだったのだ!今更どうでもいいではないか!」
王位の為とはいえ、くだらない兄弟喧嘩を繰り広げることに、ノルアードはうんざりしていた。ぎゃあぎゃあと騒ぎたてるエドワードを適当にあしらいながら、ラスティグの事が頭をよぎる。
彼は今、どうしているのだろうか――?城に護送されたことは聞いていたが、どこに囚われているのかまでは、王子のノルアードでさえも分からなかった。
本当は父である国王陛下に、ラスティグのことを聞くつもりでここへ来たのだ。
「まだ誰に継がせるとは決めていない。それとロヴァンスの第三王女の件はまだ有効だ。ロヴァンス王国からも正式に、我が国の次期国王の正妃として、第三王女を遣わしてもらえることになったからな。」
「──っ!それは……」
ノルアードは驚き息をのんだ。このような状況になっては、とっくにロヴァンス王国からは見限られていてもおかしくはないと思っていた。
まだ光明が残されているかもしれない。
「ロヴァンス王国との繋がりが、我が国の今後を左右するであろう。王位の件については王女の意向も考慮することとする。よいな?」
「畏まりました。陛下」
有無を言わさないその様子に、エドワードとノルアードの二人は頭を垂れて、返事をするのみだ。
国王はもはや自分の用はなくなったとばかりに、彼らに退室を命じた。
「ふん!そもそもお前などが、王位を継ごうとすること自体がおかしいのだ。さっさと諦めるんだな」
そう嫌味だけを残して、エドワードは部屋から出て行った。
ノルアードもその後に続こうとしたが、やはりラスティグの事を聞こうと思い、再び部屋の中へと引き返した。
広い国王の居室は、様々な豪華な調度品が置いてある。布張りの金で装飾された椅子や、大きな姿見、ラーデルス王国の紋章を精緻な刺繍で施したタペストリーなど、どれをとっても一級品だ。
しかし今はその豪華な部屋の中に、主の姿はなかった。
──つい先ほどまで国王は確かにそこにいたのに、だ。
「……陛下?」
続き間のない部屋だ。広い居室の中で全てが足りるように設計されている。出入口ですれ違っていない限り、国王が消えることなどないはずである。
「隠し通路か……」
ノルアードはすぐに隠し通路の存在に思い至って、部屋の中を見回した。
エドワード王子の離宮にもあったように、たいていの古い城には隠し通路がつきものである。特に国王の部屋に至っては、いざという時の避難経路として作られているはずだ。
ノルアードは壁をひとつひとつ調べていった。
手でさわって違和感を感じる場所がないか調べる。
ふとタペストリーの所で手が止まる。
手織りのタペストリーは非常に高価で貴重なものだ。大きく重たいそれは壁にかけられているので、めったに動かされることはない。
しかしこのタペストリーには一部劣化しているようなところが見受けられる。
──そこだけよく手で掴んでいたかのように。
「これか……」
分厚くて重たいタペストリーをなんとかめくると、そこには壁にぽっかりと入り口のようなものが空いていた。普段そこはしっかりと閉じているのであろう。通路の奥に向かって扉が開いているのがわかる。
ノルアードは躊躇することなく通路の中に入っていくと、左右を見回した。
中は真っ暗で良く見えない。
しかしどうやら左手のほうにうっすらと明かりのようなものが見える気がする。
ノルアードは意を決したように一人頷くと、通路の中を突き進んでいった──




