1章82話 女装騎士?
一方キャルメ王女達ロヴァンス王国の一行は、焼け落ちた離宮を離れ、再びラーデルス王国の王城へと戻ってきていた。そして以前滞在していたのと同じ居室に滞在することとなった。
事後処理などは兄たちがするとのことで、アトレーユや王女達はそれぞれ与えられた居室でゆっくりと過ごすよう言われている。
護衛の仕事もポワーグシャー家の兄達が連れてきた騎士団の面々が、がっちりと周囲を固めているため、勝手に動き回ることもままならない。
結局今のところ、アトレーユには休むという仕事しか与えられていなかった。
そんな中、王女の居室ではアトレーユの困惑した言葉が虚しく響いていた。
「えぇと、どうして私はこんな格好をさせられているのですか?ミローザ?」
アトレーユ以外の護衛達は外に追い出され、王城の侍女達だけが王女とともにアトレーユの周囲を囲っている。
「うぅ……まさかアトレーユ様が女性騎士様だったなんて……」
ラーデルス王国の侍女の一人は目に涙を浮かべ、懐から取り出したハンカチで目頭を押さえている。
アトレーユはその様子に若干引きながら、彼女たちのやり取りを突っ立ってみているしかできなかった。
「まぁ!たとえアトレーユ様が女性でも、その美しさに変わりはないわ!それを私たちの手でさらに磨き上げられるのよ?とても光栄なことじゃない!」
さらに別の侍女は、アトレーユが女性であることを残念がるというよりは更に興奮しているようで、淑女としての礼儀作法など忘れて、ひたすらにアトレーユのすばらしさについてまくしたてている。
そんな侍女達の熱気を感じつつ、アトレーユは大きな姿見に映る自分の姿をまじまじと見つめた。そこには女性用の衣装を身に着けた、周囲よりもずいぶん背の高い自分がいた。
「……なんだか……女装しているみたいだな」
ぼそりと呟いた言葉に、侍女たちが目つきを鋭くしてすかさず反論する。
「まぁっ!そんなことはございませんわ!とても白く滑らかな真珠の肌!」
「流れるような美しい銀の御髪に、澄んだアメジストの瞳!」
「すらりとしたお身体に、今までどこにお隠しになっていらしたのかと思うくらいの豊満なお胸!」
「「「これのどこが女装しているお姿だというのですっっ!!」」」
「あ、あぁ……」
息ぴったりに凄む女性陣に、まるで頭のあがらない男性のような反応を返すしかないアトレーユ。
その様子を見て、キャルメ王女は久しぶりに心の底から笑った。
「ふふふ。アトレーユは今までドレスなど着ていなかったから仕方ないわ。少しでも慣れておかないとね」
王女は楽しそうにアトレーユの姿を上から下まで眺めると、侍女たちにあれこれと提案した。
「まだ怪我が完治していないから、コルセットを付けないで着られるものがいいわ。それと腕の傷が見えないようなデザインのものね。あぁでもあんまり肌を隠すのはもったいないわ。見せるところは見せてちょうだい」
得意の分野であるためか、キャルメ王女はいつになく饒舌である。
そして王女の提案に侍女たちの鼻息はさらに荒くなったようだ。
「デコルテが大胆に出るデザインのものはいかがですか?これなんかドレープがゆったりと取ってありますし、生地感がとても柔らかですのでより華奢さを強調できますわ!」
そういって目星をつけたドレスは、チャンセラー商会の者が、今回の為に持ってきた大量のドレスの中にあったものの一つだ。
アトレーユは背が高く既成品ではとても入らない。勿論公爵家の出自であるので着る物はいつもオーダーメイドであるが、それでも男物しか持ってはいなかった。
こうして既にアトレーユ専用に作られているドレスが大量にあるのは、ポワーグシャー家の兄弟姉妹のうちのある人物たちが趣味で作っていたものである。
いつかアトレーユに着せるために、せっせと自分たちでデザインしてため込んでいたようだ。今頃実家でほくそ笑んでいるだろう。
「う~ん。でも色味がもうすこし引き締まったものの方がいいんじゃないかしら?アトレーユ様の聡明な美しさには少し柔らかすぎるわ」
侍女の一人が別の侍女にダメ出しをする。
「そうねぇ。デコルテを全部見せるよりも、いっそアシンメトリーにした方が神秘的な感じもでるかしら?」
侍女達がドレスを選ぶ様子は真剣そのものだ。
キャルメ王女もいつになく楽しそうな様子なので、アトレーユは諦めて彼女たちの好きにさせておくことにした。
「……はぁ……なんでこんなことに……」
虚しいため息は女性たちの耳にはついに届くことはなかった────




