1章81話 深淵の地下牢
その頃、王城の地下深くの牢屋にラスティグの姿はあった。
薄暗くジメジメした地下牢の壁は溶岩石で固められており、とても堅牢な造りだ。壁の隙間から漏れ出した水滴がひたひたと落ちる音だけが、時を刻むように暗闇の中に響いていた。
離宮より王城へ護送されてきてからずっと、ラスティグはこの地下牢にいた。鎖に繋がれてはいない。簡素なベッドが備え付けられ、一日2回の食事だけはきちんと運ばれてきた。
しかし食事をはこんできた兵士とも言葉を交わすこともなく、機械的に同じことを繰り返すのみで、用がすんだら相手は姿の見えない所へと去ってしまう。
──まるで世界から切り離されたかのような心地だ──
それでも自分が随分といい待遇でこの場に置かれていることに、ラスティグは気が付いていた。
この暗く寂しい地下牢は、重罪を犯したものが、死を待つ為だけに造られた場所である。本当ならば鎖につながれ、ベッドなどは置かれてはいない。食事すらまともにでないものだ。彼は騎士団長としてそのことをよく知っていた。
……そう、彼自身がそうやって、幾人もの人間をここに送り出していたのだから。
「皮肉だな……これも俺の運命か……」
幼き日にノルアードと交わした約束。
その約束の為にラスティグは、その手を幾度となく汚してきた。
真っ当なやり方ではないこともあった。
だがそこに後悔はない。
正々堂々と日の光の下を歩いているふりをして、常に自ら望んで日陰の道を歩んできた。
ずっと日陰を歩まざるを得なかったノルアードの為に──
ラスティグは埃っぽいベッドに腰を掛け、組んだ手を額にあてため息をつく。暗闇の奥から魔物の吐息が聞こえてくるように、自身の放ったため息が闇の中に響いた。
「……国の為に生きることが俺の在る意味、か……」
父親から常に言われてきた言葉を呟く。彼にとって父親のハーディンは、常にストラウス公爵という立場の人でしかなかった。
「今度はきっと国の為に死ぬことが、その意味になるんだろうか……」
独り言と共に零れ落ちた乾いた笑いが、虚しく闇に消えていった。だが彼の金色の瞳は、いまだ鋭く目の前の暗闇を睨んでいた。
「……俺にとっての『国』とはノルアードだ……」
だからその為に命を捧げることに憂いはない。
彼はここにいない父親に向かってそう心の中で呟いた。
ただひとつ心残りがあるとするならば、あの人へ自らの犯した罪を告白し、謝れなかったことだろう。
彼はその鋭い眼差しを瞼の下に隠し、その人を思い浮かべる。
──漆黒の暗闇の中に彼女の笑顔が見えた気がした──




