1章73話 真紅の夜8 黒幕の正体
「まったくいやんなっちゃうよね!なんでこいつの為に頑張っちゃってんだか!」
近くでまだ城が燃えている。上から燃える瓦礫が彼らの頭上に降ってきた。
「おっと!」
ナイルはヒョイとそれを軽々避けると、避けきれずに潰されてしまった相手を冷たく一瞥する。
「よくこんなのの為に命かけれるよね。あんた達なにがしたいわけ?」
誰が答えるでもない疑問を、この凄惨な状況であっけらかんと問うた。闇に紛れる黒い革製の防具を身に着け、双剣を手に次々と敵をなぎ倒す。
彼の後ろには、傷ついたラーデルス王国の兵士たちと、彼らの後ろで震えているエドワード王子がいた。
「それにしても数が多いな!一体どれだけ忍び込んでんだよ!」
ひとりブツブツ文句を言いながら、敵の踊るような剣捌きにナイルは同じような剣技で見事に応戦していた。
「脇が甘いね!ほら!」
力は拮抗しているかに思えたが、ナイルの刃があっさりと敵の脇腹を斬りつけた。剣の実力は他の護衛には敵わないと自覚していたが、彼のもっとも得意とする武器を持っていれば話は別である。
腕に沿うように湾曲した刀は、柄のサイドに持ち手がある。それを握り両腕に装着して、舞踏を舞うように相手を斬りつけるのだ。
また一人ナイルの刃の元に敵が倒れ伏した。
濡れた落ち葉のような濃い茶色の瞳を冷たく光らせて、ナイルは口もとを引き結んだ。
「……あんたは?」
鋭い眼差しが向けられた先にいたのは、一人の女だった。
「あら、気づいたの?流石ね」
暗闇に紛れるように隠れていた女は、ナイルに見つけられると口もとに艶やかな笑みを浮かべながら姿を現した。
「貴方の剣……ちょっと普通じゃないわね……」
女は凄むようにナイルを睨むと、懐から長い革製の鞭を取り出した。手首を軽く動かしただけで、しなる鞭が風を切る音がする。
「何のことかわからないね。それに……あんたもしかして……?」
動揺を隠すように口元に笑みを浮かべると、女の様子に気が付くところがあった。
女は髪を後ろに括って、それを下に長く垂らしている。その揺れる髪色は艶やかな茶色い髪だ。地味なように見えていた顔には、美しく紅がひかれ、切れ長の目は妖艶に細められている。
「うふふ……ご名答。お城でもお会いしましたわね?商人さん?それと私の父の屋敷でも」
真っ赤な唇から、妖しい三日月の笑みが零れ落ちる。
姿や印象が全く違うが、その女はナバデール公爵の令嬢“レーン”だった。
ナイルが気づいたと同時に“レーン”はしなやかに鞭をふるった。
鋭い一閃がナイルの顔の横を掠める。瞬時によけたつもりだが、あまりの速さにナイルの左頬に紅い筋が横に走った。ジワリとそこから血が溢れてくる。
「あら。やっぱり只者じゃないわね?」
“レーン”は面白そうにナイルを見つめると、残酷な笑顔でどのようにして痛めつけようか吟味しているようだった。
「あんた、ラーデルスの人間じゃないのか?なんでトラヴィスと組むんだ」
ナイルの言葉に、“レーン”は高らかに笑い声を上げた。
「あはははははは。私があの男の娘だと本気で思っているの?あんな使えない男なんか、もう用はないわ!」
女の声が不気味に闇夜に響き渡る。焼け落ちる城の火の粉が彼らに降り注いでいた。
「あんた何が目的なんだ?」
ナイルは苛立ちを覚えながら、女に詰問した。
そんなナイルを嘲笑うかのように横目でナイルを見ると、その奥にいる男に鋭い一瞥を向けた。
「とりあえずはそこの彼の命」
美しく細い指がさしたのは、ナイルの後ろにいる第3王子のエドワードだった。その言葉と同時に鋭い殺気が女から放たれる。
ビリビリと空気を震わすような感覚に、王子や護衛の兵士たちは全く動けないでいた。
ナイルはすかさず飛んでくる鞭に応戦する。しかし王子を守りながらではかなり不利だ。それにまだ他にも女の仲間である黒装束の敵が幾人か残っていた。
ナイルは舌打ちをすると、黒装束の敵の方に斬りかかる。しかしその後方から女の鞭がナイルに狙いを定め襲い掛かってきた。
「くっ……!」
次第にナイルが押されていく。じわじわと追い詰められて、彼はその場に片膝をついた。
「うふふ。貴方は殺さないでいてあげる。とても興味深いわ」
ナイルを追い詰めて満足そうに女は笑うと、エドワードに蛇のようにおぞましい視線を向けた。
「さぁ貴方の番よ?恨むなら彼らを恨みなさい?ちゃんと戦を起こしてくれなかったのがいけないのだから」




