1章68話 真紅の夜3 狙われた王子
「殿下は下がっていてください!!」
「なぜだ!?どうしてこいつらが通路のことを知っているんだっ!!」
ガタガタと震えながら、エドワード王子は護衛の兵士たちの後ろに隠れて大声でわめいている。
武装した黒装束の男たちが、次々とエドワード王子の居室へと攻め込み曲刀を振り回している。
「ぐあっ!!」
また一人、ラーデルス王国の兵士が襲撃者の凶刃に倒れた。
敵の狙いはただ一つ、王子の命だ。
突然の襲撃に対処できず、すでに何人かの護衛がその命を落としていた。
エドワードは必死に逃げようと後ずさるが、倒れた兵士の身体に躓き転んでしまった。
その隙をついて、エドワード目掛けて敵の刃が向けられる。
(もうダメだっ!)
──と思ったその瞬間!
──ドッッ!!──
突然目の前にギラリと艶めかしく光る刃が突き付けられた。
その刃は男の腹のど真ん中を後ろからグッサリと貫いていた。
腰の抜けたエドワードの眼前に血のついた切っ先が迫る。
「……ひっ!?」
しかし刃はエドワードの目の前で止まり、そのまま引き抜かれると男の腹から一気に血が噴き出した。
大量の血しぶきがエドワードの顔に向けて飛び散る。
それと同時に、黒装束の男はずるりと崩れ落ちた。一瞬で絶命したようだ。
「う……おぇっ!」
血を浴びたエドワードは、血の生暖かく少しぬめりのある感触と、独特の匂いに嘔吐いている。
しかしそんな凄惨な部屋に、全く不釣り合いな明るい調子の言葉が響いた。
「あっれぇ~?部屋間違えた?ここじゃないじゃん!」
そこにいたのは血の付いた剣を手に、ブツブツ文句を言っているナイルだった。
彼は黒い革製の闇に紛れるような装具を身に着けており、手には両腕に沿って湾曲した二振りの剣を装着している。
軽いステップで部屋に倒れいてる者たちをよけると、ふわりとカールした彼の茶色い髪の毛がぴょんぴょんと楽し気に弾んだ。
ナイルのその様子はまるでちょっと遊びに来たというような感じだ。
エドワード王子は驚きに顎が外れんばかりの大口を開けると、やっとのことで意味のある言葉を発した。
「おっ……お前はっ!?」
「あのねぇ。助けてもらったんだからお礼くらい言えないの?もう助けてやんないよ?」
呆れた顔でナイルは文句を言いながらも、部屋中の敵をあっという間に倒していった。
両手の双剣を鮮やかに操りながら、踊るように敵をなぎ倒していく。
その華麗な手技にエドワード王子たちは、その様子を呆然と見ていただけだった。
「これでよ~し!僕が通路に戻ったら、ここしっかり塞いでおいてね!じゃあよろしく~!」
敵を片付けたナイルはそういうと、嵐のように隠し通路の中へ消えていった。
「……なっ、なんなんだあいつ……!」
残されたのはポカンとした王子と兵士たち。
「──っ!?はっ早く通路を塞げっ!!」
しばらく呆然としていたが、兵士たちは慌てて通路を塞ぐために動き始めた。
エドワードは血の付いた顔をハンカチで乱暴に拭い取ると、それを床に叩きつけた。
「奴らは一体何なんだ……なぜこんなことにっ──!」
恐怖と苛立ちとで感情が高ぶって、エドワードは周りの兵士に当たり散らした。
兵士たちは気まずそうに互いに目を合わせるが、黙って作業をするしかない。
しかししばらくすると一人の兵士が異変に気付き声を上げた。
「……なんだか……焦げ臭くありませんか?」
家具で塞いでいる通路の隙間から、煙のようなものが入ってきている。
「!?」
次第にその煙は大きくなり、部屋の中に充満し始めた。
「火事だっ!!」
兵士の一人が叫ぶと、部屋の中はパニック状態となった。部屋の外は危険だが、このままとどまっていては命が危ない。
「殿下!外へ出ましょう!」
兵士に促され慌てて部屋の外へと飛び出す。
しかし廊下を出たところで、ある人物と遭遇した。
「──っ!?……エドワード王子……?」
驚き声を上げたのはアトレーユだった。
「──っ!?貴様っ!!」
感情の高ぶっていたエドワード王子は、アトレーユを見つけると護衛の兵士達を掻き分け勢いよく掴みかかった。
血で濡れた手が、アトレーユの白いシャツを汚す。
「貴様が通路のことを敵に漏らしたんだな!?よくもっ!」
エドワード王子は混乱していて、自分が何を言っているのかもわかっていないようだ。
「待ってくださいっ!!一体なんの話ですか!?」
アトレーユは血まみれになっているエドワードと、彼の肩越しに見える部屋の様子をその目にした。
尋常ではない事態が起こっているのがすぐに見て取れる。
一刻も早くキャルメ王女の無事を確かめなければならないと、焦るアトレーユはなんとかエドワード王子を宥めようとした。
しかしエドワードは引き下がる様子はなかった。
こちらが抵抗しようとすればするほど、アトレーユの服を掴む手は更に強まり、ものすごい形相で睨みつけてくる。
アトレーユも下手に動けず、それでも王女の下へ駆けつけようと抵抗を試みる。
「はっ……離してください!王子殿下!!私は王女のもとへ行かねばっ……!!」
その必死の抵抗はエドワードの怒りを更に増長させた。
彼は頬を醜く引き攣らせて戦慄いている。
「おい!こいつを殺せっ!こいつは逆賊の仲間だっ!!我が国を攻め取ろうとしている逆賊だっ!!!」
激昂したエドワードはアトレーユの服を掴んで抑えたまま、護衛の兵士達に向かって叫んだ。
この凄惨な状況において耐え難い恐怖と混乱が彼等を支配していた。
「し、しかしっ……」
エドワード王子に命令を下された兵士はひどく狼狽した。
アトレーユはラーデルス王国の為に負傷をしたのだ。そんな騎士を斬ることなどできない。
兵士は目をつぶって、自分には到底できないと首を横に振った。
「ちっ!使えない奴め!!」
エドワードは苦々しく舌打ちをすると、アトレーユを思い切り突き飛ばした。
まだ体に十分に力の入らないアトレーユは、踏ん張れず床に倒れ込む。
「貸せっ!」
「殿下!!」
エドワード王子は兵士の剣を抜き取ると、アトレーユの前に仁王立ちになった。
そしてアトレーユを上から見下ろし、歪んだ嘲笑と愉悦をその顔に浮かべた。
「ははっ!無様だな!女のくせに騎士などを気取るからだっ!!」
その剣が高く振り上げられ、一気にアトレーユ目掛けて振り下ろされた──!




