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薔薇騎士物語  作者: 雨音AKIRA
第1章 ラーデルス王国編 ~薔薇の姫君と男装の騎士~

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1章60話 沈みゆく茜の夕日と迫る闇

 ラスティグは一旦自室に戻ってから出直してきた。


 アトレーユの部屋の中と外にはそれぞれ護衛がいる。


 ラスティグが見舞いに来たと告げると、護衛のガノンは入室の許可を中に確認してから、ラスティグを部屋へ通してくれた。


 そこには寝台に横たわるアトレーユの姿と、側に佇む王女の姿があった。


 オレンジ色の西日が、レースのカーテンから差し込み、眠るアトレーユの顔を綺麗な朱に染めていた。


 その光景は、かつて自分の母親が亡くなった時のことを思い出させるものであった。


 震えそうになる心を隠して、彼はアトレーユの側に近づきそっと跪いた。


「……アトレーユ殿……」


 声をかけても反応はない。


 閉じられた瞼は、長いまつ毛が夕日によって影を作るだけで、それが震えることさえない。


 ラスティグは落胆の吐息をひとつ漏らすと、シーツから出ていたアトレーユの手をとった。


 普段手袋をはめているアトレーユの手は、想像よりもずっと白く、剣を握る騎士にしては華奢であった。しかし所々に傷や剣だこができており、騎士としての努力がうかがえる。


「アトレーユ殿のおかげで、私は助かった。今もまたロヴァンス軍の方々が我が国の為にも動いてくれている。貴殿には感謝しかない。ありがとう……」


 彼は今まで言えずにいた感謝の気持ちを、目を覚まさぬアトレーユに向けて言った。感傷的になっていたのか、思わず握る手に力がこもる。


 しかしアトレーユは目を覚ます様子はない。


 窓から差し込む陽の光が段々と弱まっていく。


 まるで宵闇が太陽と共に、アトレーユを連れ去ってしまうかのように。


 しばらくして薄闇と静寂がその部屋を重苦しく支配した。


 それまで黙って見守っていたキャルメ王女が、ラスティグに話しかけた。


「ラスティグ様……アトレーユの為にありがとうございます。貴方様もお疲れでしょう?お休みになったほうが……」


 そういって気遣ってくれた王女だが、明らかに彼女の方が疲れた顔をしていた。きっと付きっ切りで看護をしていたのだろう。


「いや……私は大丈夫です。むしろ殿下の方こそお休みになられたほうがよろしいのでは?あまり眠っておられないのでしょう?」


 そういうとキャルメ王女は困ったように顔を顰めてしまった。何かまずいことを言ったかとラスティグは一瞬焦ったが、王女はベッド脇のテーブルにある燭台に明かりを灯しただけで、怒っている様子はなかった。


 すっかり暗くなった部屋に、燭台の光が彼らの姿を優しく映し出した。黙ったままじっとその灯りを見つめていた王女は、ぽつりぽつりと話し始めた。


「アトレーユと私は幼い頃から一緒に育ったのです」


今まで語られることのなかった、王女のアトレーユに対する想いがひとつずつ紡がれていく。


「お互い王女と騎士の家柄という関係だから、それは厳しく育てられたのですけれど、同い年だからいつも一緒にいて、とても仲が良かったの……」


 王女は懐かしそうに目を細めて、遠く想いを馳せているようだ。


「……でも10歳の時、アトレーユは私を守るために大きな怪我を負って……それ以来ずっと後悔しているのよ。あの時私を守り切れなかったって……」


 遠くを見つめていた王女の目に涙が浮かんでくる。


「だからこんなことになっても騎士を辞めないんだわ。本当は騎士なんてやめてほしいのに……」


 そういって苦悶の表情を浮かべた王女。


 その言葉をラスティグは驚きと困惑とが入り混じる複雑な想いで聞いていた。


 仮にも騎士の家に生まれ育ってきたものが、そう軽々しく騎士を辞めることはできない。ましてや王女との仲があるのなら、なおの事であろう。


 王女を想っているこの騎士のことだ。その願いは聞き届けられることはないだろう。ふとそんな考えに至って、慌ててラスティグは頭を振った。


 目的を忘れるわけにはいかない。


 自分がなんのためにここへやってきたのか。

 

 陰鬱な、どす黒い感情が、彼の胸の内を支配しようと徐々に迫ってくる。


「殿下のお気持ちもわかりますが、もう遅い時間です。ここは私に任せて殿下はお休みください。護衛の方もそう思われているはずです」


 ラスティグは自分の中の醜い感情を表に出さないよう気を付けながら、王女を休ませるように、扉の前の護衛に声をかけた。


 部屋の中にいた護衛のアトスは、ラスティグの意見に賛同した。王女は大分長い間、ベッドの上で寝ておらず、疲労も限界だったのだろう。今度は断ることはしなかった。


「信頼のおける侍女に別室を用意させてあります。護衛の方々もそちらで王女の護衛に回られてはどうでしょう。こちらは私共にお任せください」


 彼は安心させるように穏やかな口調で言った。すべては、彼らをアトレーユから遠ざけるための詭弁だった。


 すでにラスティグを信頼していた王女は、護衛の強い勧めもあって、その言葉に甘えることにした。


「……では……アトレーユの事を頼みます……」


 目を赤くした王女が、護衛に連れられて部屋を出て行く。


 パタンと閉じられた部屋は、どこまでも静かで、ラスティグの中にある葛藤を浮き彫りにした。


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