1章57話 少年の心5 白に舞う青
それからしばらくして、母は亡くなった。
家族に見守られながら、静かに彼女は逝った。
降り続いた雨がようやく止み、茜色の空が雲間から見え、金色に輝く光の筋を地上にいる彼らの元へともたらした。
せわしなく葬式の準備が進められ、母が亡くなった哀しみに浸る時間は与えられなかった。
大人たちは忙しくしながらも、どこかほっとしたような様子で、養父である公爵と話している。一方の公爵も、妻が亡くなって哀しむよりも、安堵しているかのような表情をしていた。
そんな大人たちを横目にしながら、ノルアードは母の眠る棺の側から離れないでいた。
棺の中で美しい花に囲まれて眠る母ミーリア。綺麗に化粧がほどこされている彼女は、今にも目を覚ましそうなほど安らかな顔をしている。
彼女を囲っているその花は、高貴な香りを放つ、白く大きな百合の花だった。その花はきっと、大人たちの手によってどこかから買われてきたものだろう。子供の自分には買うことすらできない。
最期まで何もしてあげられなかったことを悔しく思いながら、眠る母を見つめた。
と、そこへラスティグが息を切らして走ってきた。彼は腕に何かを抱えていて、棺の横まで来ると、腕を空に向かって差し出した。
青く小さな花が無数に空から降り注ぐ。くるくるとまわりながらゆっくりと……
母の眠る棺にその小さな青い花が舞い降りた。白一色で埋め尽くされた母を、美しい青が鮮やかに彩る。
心なしか、母が笑ったように思えた。
「……摘んできた。この花のほうが、母様が好きだと思って」
彼の葬式用にと用意された喪服が土でかすかに汚れている。あんなにたくさんの花を一人で集めるのは大変だったろう。そんなことはなんでもないことのように、ラスティグは汚れた服の裾で、流れ落ちそうになる涙を必死で拭っていた。
ノルアードはラスティグの想いに胸を動かされた。この兄弟だけが、今自分と同じ気持ちなのだと思った。
生まれてから長い間、お互いを知ることのなかった、半分だけ血をわけた兄弟。母を亡くして、たった独りになったという恐怖は、彼のおかげで感じることはなかった。
同じように母の死を悲しむ兄弟に向けて、ノルアードは今まで一人で考えていたことをそっと話す。
「……俺……やりたいことがあるんだって言ったらどうする?」
具体的な事は何も言わない。自分の中でだけの決意だ。
だが、いま同じ気持ちでいる兄弟なら、この決意をわかってくれるかもしれない。そんな期待があったのだ。
ノルアードの言葉に、不思議そうな顔をしたラスティグだったが、すぐに涙の滲む眼を優しく細めて言った。
「……もちろん協力するよ。ノルアードは大事な弟だ」
何をとか、どうとか、余計なことは何も聞かず、彼は二つ返事で賛同してくれた。
ラスティグはどこまでも家族というものに対して素直だ。以前はうっとうしかったその素直さも、それが自分に真摯に向けられているのだとわかると、次第に心の中が温かくなっていく。
ノルアードはもはや大人達の前では見せなくなった、本当の笑顔を彼にだけ向けた。そして共に歩むと言ってくれた兄に言葉を返す。
「……頼むよ、ラスティグ……兄さん」
初めて彼は兄の名を呼んだ。




