1章48話 ティアンナの見る夢3 騎士の誕生
────ティアンナ────
「戻ってきたのね!嬉しいわ!ティアンナ!」
登城したティアンナの元に走ってきたのは、約7年ぶりの再会となるキャルメ王女だった。
ティアンナは国境警備の任から、キャルメ王女の護衛騎士として帰還した。
久しぶりに見る王女は、可愛らしい少女から美しい大人の女性へと成長していた。しかしティアンナの前でくるくると変わる表情だけは、以前と変わらない。
挨拶もそこそこに、王女はティアンナに抱きついて再会を喜んだ。そして彼女を上から下まで眺めると、感心したように言った。
「まぁ!ティアンナはすっかり立派な騎士になったのね。まるで本物の英雄アトレーユのようだわ!」
ティアンナ・トレーユ・ポワーグシャーの名は、栄光を冠する者という、女性では珍しい意味をもつ名前だ。しかも名前の区切りを変えると、アトレーユという古の英雄の名をさす。偉大な騎士である祖父に似た容姿を持つ彼女に、ピッタリの名前だと周囲からも評判だ。
7年の厳しい修行の甲斐もあり、17歳となっていたティアンナは、背も女性としてはかなり高くなったので、最近では男性と思われることも多くなっていた。
王女付きの侍女達は、騎士服に身をまとっているティアンナを見て、頬を赤らめている。
「ふふ。これは本当に素敵な騎士になりそうね。でもそんなに他の人を虜にしてしまったら、妬いてしまうわ。だって覚えている?私が貴女のお嫁さんになりたいって言ったこと」
王女は抱きつきながら、可愛らしく上目遣いでティアンナを見つめる。美しいキャルメ王女と騎士姿のティアンナは、まるで恋人同士のようである。
「覚えていますよ?殿下がダンスのレッスンは嫌だといって、薔薇園に隠れていた時のことですよね。よくレッスンを逃げ出しては、侍女達を困らせていました」
クスリと笑ってキャルメ王女を見下ろすと、むぅっと口を尖らせた可愛らしい表情が見えた。
「余計なことまで覚えていてくれなくてもいいのよ?でもあの頃は、ティアンナの事を男の子だと思っていたのよね。女の子だとわかって、お嫁に行くのを泣く泣く諦めたのに、こんなに格好良くなって戻ってきて!私の決意が揺らいでしまうわ!どうしてくれるの?」
興奮気味にまくしたてる王女を宥めるように手を取ると、ダンスを踊るように体を揺らした。
「大変光栄です。殿下のプロポーズは、私にとっても初めての経験でしたので。嬉しかったですよ?私もミローザを、本気でお嫁さんにするつもりでしたし」
笑いながら二人でダンスのステップを踏む。
ティアンナの言葉を聞いて、王女は嬉しそうに顔をほころばせた。
「なら私の側から離れないでね、アトレーユ。貴女を私の騎士に任じます」
王女はわざと生意気な表情を作って、ティアンナに命令をした。
すでにキャルメ王女の護衛の任務を受けていたが、王女の言葉にティアンナは微笑みながら跪いた。
「アトレーユとして貴女様の騎士になり、命を懸けて御身をお守りすることを誓いましょう」
そういって恭しく王女の手をとり、その手に口づけをした。
この誓いはままごとではない。今度こそ本当の騎士として、王女を守りぬくのだという強い想いがそこにはあった。
ティアンナは跪いたまま、王女を真剣な眼で見つめた。慈悲深い海原のような蒼い瞳が、昔と変わらずにティアンナを見つめ返してくれる。
姫君と騎士の美しい誓いのやりとりに、周囲からは感嘆のため息が漏れた。誰もがこの輝かしい騎士の誕生を心から喜び、祝福しているようだ。
しかし王女だけが、自分の手をとるティアンナの手に、多くの傷があることに気が付いていた。
その傷は、ティアンナが騎士として頑張ってきた証だ。きっと傷は手だけではなく、身体のいたるところにあるのだろう。
女性であるのに、険しい道のりを選択したティアンナを想って、王女は胸を痛めた。果たしてその選択は自分のせいだったのかもしれない。
「ティアンナ……いえアトレーユ。ありがとう、戻ってきてくれて。騎士としての貴女を誇りに思います」
彼女を称える言葉が、思わず震えそうになるのを、王女はなんとかこらえた。ここで自分が彼女の努力した年月を憂いては、そのすべてが無駄になってしまう。
傷だらけの手を強く握り、決意を宿した目で見つめた。
ティアンナは美しい微笑をたたえていた。
その姿は堂々としていて、騎士としての自信に満ちあふれている。彼女が騎士として立派な姿で戻ってきてくれたことに、王女は改めて強く心を動かされた。
女性が騎士として生きていくのは、体力的にも精神的にも辛い事が多いに違いない。それでも騎士として生きていくと決めた彼女を、絶対に自分が支えるのだ。
ティアンナをまっすぐに見つめた王女はそう決意した。
彼女が騎士として認められるように。
そして騎士としての誇り、女性としての誇り、両方を守れるように……
────それが王女の誓いであり、贖罪でもあった────




