1章46話 ティアンナの見る夢1 少女と祖父と守りたいもの
────ティアンナ────
遠き日の記憶とともに、アトレーユは水底に眠る。
彼女を呼ぶ声が、水面に波紋を作るように記憶を呼び覚ます。
「おじい様のような強い騎士になるにはどうしたらいい?」
幼い少女が、祖父バスティアンを見上げて問うた。
剣の稽古をつけてもらっている最中だ。
かつて輝きの英雄と呼ばれた男は、少女と同じ美しい紫色の瞳で優しく見つめると、破顔して彼女の頭をなでた。
「ティアンナは騎士になりたいのかい?」
「うん!おじい様みたいな強い騎士になりたい!」
まだ6歳のティアンナは元気良く返事をした。バスティアンは可愛い孫娘の発言に、声をあげて笑った。
「強い騎士になるには……そうだなぁ。自分が一番守りたいものを作ることだ」
「一番守りたいもの?」
「そうだ。守りたいものの為なら強くなれるだろう?本当に強い騎士というのは、自分の守りたいものをちゃんとここに持っている」
バスティアンはそういって自らの胸を拳で叩いた。
きょとんとしてそれを見つめる幼いティアンナは、大きく頷いた。
「守りたいもの……わたしの守りたいものってなんだろう?おじい様わかる?」
孫娘の質問にバスティアンは苦笑しながら、孫娘を抱き上げた。
「はは……ティアンナはだいぶ大きくなったなぁ。でも今はまだティアンナは守られる側だ。いつかもっと大きくなったら、自然と心から守りたいものができるよ」
「そうかなぁ……そうだといいなぁ」
祖父の腕に抱き上げられて、ティアンナは花のような笑顔を咲かせた。
少女はその小さな胸に、騎士へのあこがれを抱き、自らも騎士になると夢を描いていた。
────ティアンナ────
幼い少女はやがて、騎士の厳しい現実を、その身を持って知ることとなった。
自らの力不足によって、騎士としての責務を果たせなかった彼女は、ある決意をした。
「どうしても行くの……?国境警備隊だなんて……一番危険な所でしょ?」
涙を目いっぱいにためたキャルメ王女が、ティアンナの騎士服の裾を掴んでいる。
「もう決めたんです……ミローザ」
キャルメ王女から目を逸らすように、俯くティアンナ。
「でも……でも!貴女は女の子なのよ?そんなところに行ったら死んでしまうわ!」
すがるように懇願する王女はついに泣き出してしまった。
まだ十歳のティアンナのわき腹にはいまだ包帯が巻かれ、ナイフの傷跡が痛々しく残っている。王女を守れなかった自身の弱さを痛感し、修行を積むために国境警備へ志願していた。
国境付近は盗賊の出没や隣国の侵攻などで、常に死と隣り合わせの非常に危険な地帯である。見習い騎士とはいえ、少女が行くような場所ではない。
それでもティアンナの決意は変わらないようだ。
「大丈夫。私は貴女の騎士アトレーユですよ?」
そういって王女を心配させないように、手をとり優しく微笑んだ。その紫色の瞳の奥には、騎士としての決意の炎が揺らめいていた。
「でも……」
それでも王女はティアンナが心配で、強く服を掴んで離さない。
自分を守るために、同じ歳の従妹が大きな怪我をしたのだ。その傷は彼女の身体に一生残るだろう。同じ女性として、そのことに王女はひどく胸を痛めていた。
そんな王女の様子に、ティアンナは困りながらも優しい微笑みを見せた。自分が今ここにあるのは、彼女のおかげだ。
王女は怪我をしたティアンナに、付きっ切りで看病をしてくれた。また護衛として失敗してしまったティアンナを必死でかばってくれた。今もこうやって心の底から自分を心配してくれている。
その深い優しさにティアンナは胸が熱くなる。
祖父の言っていた守りたいものが、やっとわかった気がした。
「必ず戻ってきます。貴女を守れるくらい強くなって」
もう二度と、悔し涙を流すだけの弱い自分にはならない。強い決意を込めて、王女に別れを告げた。




