1章45話 失踪の真実3 保護された王子
王女姿のナイルがエドワード王子を気絶させてしまった為、そのまま部屋に留まる訳にはいかなくなってしまった。どこか隠す場所を見つけなければならない。
ナイルとアトレーユは、気絶したエドワード王子の身体を抱えて、暗い通路の中を進んだ。
二人で担いでいるとはいえ、暗く狭い通路である。人ひとりを抱えての移動は、非常に苦労した。それに加えて中は大変入り組んでいるようだ。
時折、壁に穴が空いており、そこからわずかに部屋の明かりが漏れている。その明かりを頼りに慎重に進む。
城主であるエドワード王子が、何の目的の為にこの通路を使っていたのか、考えたくもなかったが、今はこの通路を使うより他にない。きっと城の外へと通じる通路もあるだろう。
そのまま進むと、小さな地下室のようなものがあった。とりあえずそこへエドワードを隠すことにした。狭く汚れてはいるが、頑丈そうな造りである。
王子を横たえると、事情を説明する為、頬を軽く叩きながら声をかけた。しばらくするとエドワード王子は意識を取り戻した。
呆然として目を瞬かせたのち、地面に転がされている自分の状況を察したようだ。そしてアトレーユ達を睨みつけ騒ぎ出した。
「貴様ら!自分達が何をしたのかわかっているのか!?」
起き上がって暴れだそうとする王子を、アトレーユは両肩を掴んで抑える。
「はい、ちょっと黙ってくださいね~」
するとナイルはどこからか取り出した紐で王子を縛り、更に猿ぐつわまでかませている。彼は王族に対する礼節を、どこかへ捨ててきたようだ。
「ちゃんと聞いてくださいよ?あなたの命は狙われているんです。あ、勿論僕らにじゃないですよ?だからここで大人しくしていてくださいね~。死んでもいいなら止めませんけど」
ナイルは貼り付けたような胡散臭い笑みを王子に向けた。王子にかなりの嫌悪感をいだいているようだ。笑顔で平然と王子に悪態をついている。
アトレーユはそんなナイルを窘めながら、なおも暴れるエドワードを、強い力で取り抑えた。そして殺気を漂わせ、凍えるような声音で王子に凄んだ。
「貴方がどうして王女の部屋に忍んできたのか、わからない訳ではない」
エドワードはびくりと体を揺らした。
「王位を得るために王女を手中に収めようと、不埒な真似でもするつもりだったのでしょう。眠り薬を使おうとしていたこともわかっています」
まるで刃を喉元に突き付けられるような言葉に、彼は観念した。すっかり大人しくなって反抗する気配はない。
王子に招待された夕食の席で、王女と自分の料理に薬が入れられていることに、アトレーユは気が付いた。
離宮に潜入していた特務の報告によれば、残った食事に手を付けたと思われる調理場の者が、不自然に眠りに落ちたとのことであった。
「さっすが隊長~!やるね!でも王子はダメだね!とんだ下衆野郎だ!」
もはやナイルの悪態を止めるのをアトレーユは諦めた。そして王子に向き直ると、簡単に事情を説明した。
「殿下、貴方様はここから出られたら、トラヴィス王国の人間に命を狙われるでしょう。この小部屋について他の人間は知っていますか?」
猿ぐつわで喋れない王子は、首を横へ振った。
「では一日……長くても数日の間ここで隠れていてください。安全になりましたらお迎えに上がります。それまでは私共の手の者に護衛させ、きちんと食事なども届けさせましょう」
アトレーユは王子に言い聞かせ、拘束を解いた。エドワードは、それ以上暴れることはなかったが、念のため小部屋の扉には、元々ついていた錆びた錠前の鍵をかけておいた。
当初の予定では、ナイルが王女に扮したまま、アトレーユ達と行動を共にするつもりであった。しかしエドワードをこのような形で保護する事となったため、王女も同様に姿をくらませるほうがいいということになった。
アトレーユは王女の部屋へと戻り、ナイルは隠し通路の先に見つけた、庭園に抜ける出口から城を抜け出した。
その後、王女の姿が見えなくなったと騒ぎを起こし、その混乱に乗じて王女達を安全に脱出させるよう図った。
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侍女姿のナイルの説明を聞いたラスティグは、驚き声をあげた。
「そのような経緯があったとは……」
渋い表情で、あの夜からの一連の出来事を思い返しているようだ。
キャルメ王女は申し訳なさそうに、ラスティグにむけて声をかけた。
「事情を説明できないまま、巻き込んでしまって申し訳なかったわ。でも貴方に伝えてトラヴィスの人間に知られるとまずかったの」
ラスティグは、大丈夫ですと小さく王女にむかって頷くと、思い出したかのようにノルアードを見た。
「そういえばどうしてノルアード様はここへ?」
この騒ぎで失念していたが、王城にいたはずのノルアードが、全てを承知してこの場にいることは、他の者たちも疑問に思っていた。
「侍女姿の彼と、アトレーユ殿の兄上に連れられてね。国王の勅書とともに騎士団をストラウス公爵に連れて来させたのも私だよ」
そういってノルアードはナイルとアトレーユに視線を移した。
「それから兄上。貴方にも父上からの伝言を預かっております」
先ほどのナイルの説明により、皆から非難の視線をうけて所在なさげにしていたエドワードは、ハッとしてノルアードの方を向いた。
「兄上の女癖の悪さは父上の耳にも届いておりましてね。キャルメ様に何かあったら、兄上は正式に廃嫡が決まるそうです。まぁ今回は幸いにも襲われかけたのは、影武者の彼でしたが。それでも今回の件に関して追及は免れないでしょうね」
穏やかな微笑をたたえながら、淡々と語るノルアード王子の目には、怒りの感情が浮かんでいた。普段は感情を見せないノルアードにしては、珍しい表情であった。
「そんな……」
書状を受け取ったエドワードの手はかすかに震えている。そして書状をクシャクシャに握り潰すと、力が抜けてしまったのか、崩れるように床に膝をついた。
「さぁ、ここで騒いでは怪我人の傷に障る。おい、兄上を外へお連れしろ」
部屋の外に控えていた護衛に指示をだす。やってきた護衛にエドワードは部屋から連れ出された。
部屋に残ったノルアード王子は、ベッドで寝ているアトレーユに近づくと、キャルメ王女に事情を聴いて、心配そうにその容態を気にかけた。
いまだ目覚めぬ銀髪の騎士は、本当に息をしているのか心配になるほど、青白い顔をしていた。その美しい紫色の瞳は、固く閉ざされた瞼の下で深い眠りについている。
そんな騎士を見つめる王女の目には、薄っすらと涙が浮かんでいた。
ひざまずいてアトレーユの手を取り、両手で握りこむ。そして自らの額へと、その手を祈るように当てた……かすかに王女の肩が震えていた。
ノルアードとラスティグは、そんなキャルメに声をかけることができず、そのまま部屋を辞した。
彼らが部屋を出た後、部屋には王女の嗚咽が響いた。
その悲痛な声にラスティグは後悔という名の苦い想いが胸に広がるのを感じた。




