1章42話 現れた王子とあるメイドの再会
「隊長の様子はどうですか?」
ガノンが心配そうに、アトレーユの寝ている部屋の外でうろうろしている。離宮には王女の護衛隊もついてきていたので、足に怪我を負ったアトスも、医師の治療を受けていた。
アトレーユの部屋には、キャルメ王女と侍女、医師だけが通されており、ガノン達護衛隊はもとより、ラスティグも締め出されていた。
ラスティグはアトレーユの容態を気にかけ、部屋のすぐ近くで指揮をとった。ロヴァンス軍とラーデルス軍は、トラヴィスの軍勢を叩くために共闘しているようだ。ラスティグは父親であるストラウス公爵の指示通り、離宮をロヴァンス軍に対しても開放し、怪我の治療などにあたらせた。
せわしなく人が行きかう中、突然不機嫌な声が彼らにかけられた。
「……何故こいつらがここにいる?」
声のする方をみると、険しい顔をした離宮の主であるエドワード王子がいた。キャルメ王女の護衛達が治療を受けているのを見て、苛立った様子で彼らを睨みつけている。
「王子……しかしストラウス公爵の指示ですので。それらは全て陛下からの指示と聞いております」
「うるさい、そこをどけ!」
アトレーユの部屋に入ろうとするエドワード王子を、皆が慌てて止めるが、王子は制止を振り切り無理やり部屋へと入った。
「何をされるのです!?」
突然の入室に慌てる侍女を払いのけ、ずかずかとアトレーユの寝台に近づくエドワード王子。ラスティグもすぐ後に続いて、エドワード王子を止めにはいった。
そんな彼らを厳しい目で見据えるのはキャルメ王女。アトレーユをかばうように、彼らの前に毅然した態度で立ちふさがる。
「何事です?この部屋へは誰も通さないようにと言ってあるはずですが?」
「ここは私の離宮だ。どこへ行くのも私の自由だが?」
そういって王女を払いのけると、寝台に寝ているアトレーユに掴みかかった。
アトレーユはすでにあらかたの治療を終えたようで、血で汚れた体は綺麗に拭かれ、清潔な服に着替えさせられていた。しかしその意識はまだ戻っていない。
「エドワード王子!おやめください!」
意識のないアトレーユに対して乱暴を働く王子を、慌ててラスティグは、その肩を掴んで止めにはいった。
「貴様、誰の肩に触れている?」
「──っ」
王族であるエドワード王子に凄まれて、一瞬手を引きそうになるが、それでもひるまずに王子を止める。努めて冷静に王子を諭す。
「恐れながら殿下……傷ついた者を乱暴に扱っては、殿下の品位に傷がつきましょう。どうかお気持ちをお鎮めください」
しかしそれでも気が収まらないのか、彼はアトレーユを掴む手を離さない。
「おやめください、兄上!」
突然部屋の外から声がかかった。
扉から入ってきたのは、ノルアード王子だった。
「ノルアード様……」
ほっとしたように、息をつくキャルメ王女。
ノルアード王子は手に書状を持って部屋に入ってきた。ラスティグ達の近くまでくると、持っていた書状を広げて見せた。
「彼らに手を出すことはできないですよ?国王の勅書がここにあるのですから。さぁ、その手をお放し下さい」
ノルアード王子の持っていた書状には、ロヴァンス軍への援助と共闘してトラヴィス軍を退ける旨が示されていた。勅書を読み上げながら、淡々と説明を始めるノルアード王子。
その説明を聞きながら、ラスティグはこれらの一件に対する、国王の対処を疑問に感じていた。戦をすると宣言したり、共闘したりと一体何が起こっているのか。その命令に従いつつも、戸惑いを隠せないでいた。しかし王城にいたノルアード王子は、全てを承知しているようだ。
そんなノルアードの説明にも納得がいかないようで、エドワードはまだアトレーユを掴む手を離さないでいた。そしてそこにいる全員を見回すと、嘲笑を浮かべながら言った。
「王子である私に対して、この者は狼藉を働いたのだ。それを見過ごすことはできない」
歪な笑みを浮かべながら凄む王子は、とても不気味に見えた。これが彼の本性のようだ。皆がその不気味な空気に動けないでいると、ため息をひとつついたノルアードが、一歩前へ出た。
「……それについては兄上がどうしてそうなったのか一番ご存じでしょう?」
ノルアード王子は不快そうに眉を顰めると、部屋の外にいる侍女に視線で合図した。
そこには一人の侍女が立っていた。
黒いお仕着せに白いエプロンをして、フリルのついたキャップをかぶっている。彼女は俯きながら部屋に入ってくると、ノルアード王子の横へ立った。
何事かとエドワードが睨みつけると、侍女は被っていたキャップを外し、俯いていた顔を上げて彼に向けて微笑んだ。金色の巻き髪がはらりと落ちたその顔を見て、エドワードはハッとして目を見開いた。
「ごきげんよう、王子様。あの夜以来ですわね」
そういって不敵に笑う侍女の声は、低く男の声であった。ラスティグはぎょっとして、まじまじとその顔を覗き込む。
金の巻き髪はキャルメ王女とよく似た作り物で、顔も化粧によってキャルメ王女とそっくりになっている。
「ご紹介します。こちらは私の侍女兼、護衛のナイルと申す者です」
キャルメ王女によって紹介されたナイルは、スカートをつまんで可愛らしくお辞儀をしてみせた。
「ご紹介にあずかりましたナイルと申します。僭越ながら王女の護衛の為に、影の役目も務めさせていただいております」
ナイルはそういってニヤリとエドワード王子に対して笑みを見せた。
その途端、エドワード王子は感情を抑えきれなかったのか、今度はナイルにとびかかろうとした。
しかしナイルが華麗にかわしたため、王子は無様に転んでしまった。起き上がってもなお、掴みかかろうとする王子に対して、メイド姿の男は手を一切出さず、のらりくらりとかわしている。
ラスティグは王子を抑え込み、大人しくさせた。
「助かりますよ。団長殿。腐っても他国の王子殿下ですからねぇ。手を出すなんてできませんから」
そういってニヤニヤと笑うナイルに対して、ラスティグに拘束されているエドワードは苛立ちを抑えきれないといった表情で睨みつけた。
「馬鹿をいうな!お前があの夜私に狼藉を働き、地下に閉じ込めた張本人ではないか!!」
「あらま。ご自分が王女殿下に狼藉を働こうとしていたことをお忘れですか?都合のよろしいことで」
冷たい目線を送るナイルに対して、ラスティグは疑問をぶつけた。
「一体どういうことだ?さっぱりわからないんだが……」
「ふふん。仕方がないので、ご説明して差し上げましょう」
ナイルはニコリと笑うと、揚々と話し始めた。




