1章41話 引けない騎士団長と王女の戸惑い
エドワード王子の離宮では、慌ただしく人々が行きかっていた。怪我をした兵たちのために医師が呼ばれ、使用人たちは看護に走り回っている。
アトレーユを担ぎこんだラスティグは、すぐに治療のため医師や部屋の手配をした。
彼の到着と同じ頃、キャルメ王女もまた離宮へとやってきていた。
青ざめた顔のアトレーユは辛うじてまだ息があったが、血はなかなか止まらず、シーツを赤く染めていた。
「何とか持ちこたえてくれ……!」
治療の為にアトレーユの服を引きはがそうとすると、キャルメ王女が慌ててそれを止める。
「アトレーユの世話は私がします!」
血がドレスにつくのも厭わず、毅然としてアトレーユの側についている王女。
「しかし彼の服を脱がすのは女性では難しいでしょう。あまり動かさないためにも、服を切らねば……」
気を使ってそう告げるも、王女は困ったように眉根を寄せて断ってきた。
「アトレーユの世話は全て私が致します。他の方にさせることはできません。申し訳ないのですが、他の方には退室いただきたいのです」
「──っ」
思いもよらない言葉に、どうしていいか一瞬戸惑ったラスティグであったが、部下に指示を出し、皆を退室させた。しかし彼自身は退室する気配がない。
焦れたように王女は眉根をよせて、懇願した。
「ラスティグ様、アトレーユの為なのです!」
「殿下、この城も完全に安全というわけではないのです。私は命の恩人であるアトレーユ殿を今度こそ守りたい」
戦場での興奮がまだ収まらないラスティグも、決して引き下がろうとはしない。騎士として、ここでアトレーユを死なせるわけにはいかなかった。
「お二人とも!言い合っている時間はございませんぞ!早く血を止めないとこの患者は死んでしまう!」
お互い引く様子のない二人に対して、医師がしびれをきらしてそう告げてきた。これ以上は自身のわがままであると判断したのか、王女はそれ以上何も言わなかった。
「矢が途中で折れてしまっているからな。あまり動かさないように服を切ってくれ!」
医師はそういってラスティグに指示をだした。ラスティグは大きくうなずくと、自らも上着を脱いで腕まくりし、アトレーユの服のボタンを一つ一つ外していった。しかし丈夫な造りの騎士服はなかなか鋏が入らず苦労した。
美しい銀髪には血がべっとりとついており、頬にまとわりついている。王女はそれを布で綺麗にふき取り、心配そうに眺めていた。
元から色の白いアトレーユであったが、今は血の気がなく一層青白い。服をはがすとあらわになった肩口や鎖骨が、騎士にしては細く華奢で、妙に艶めかしかった。
胸元は幅の広いさらしできつく何重にも巻かれていた。右の胸のすぐ下あたりには先の折れた矢が刺さり、元は白い布だったのであろうさらしを、赤く染めている。
その布に手を掛けようとすると、王女がラスティグの手に自分の手を重ねて、懇願するように見つめた。
「どうか……ここからは私にさせてください。お願いです」
その真剣な様子にラスティグは静かに頷くと、持っていた鋏を渡して見守った。しかし王女はなぜか躊躇している。ちらりとラスティグに視線をうつしてから、気まずそうに告げた。
「あの……ここから先は、アトレーユの為にもお願いですから……退室していただけませんか?」
「……では部屋の外に警護を増やしましょう。また、部屋の扉は少し開けていてください。この城は隠し通路がありますから、部屋の中でも安全ではないので」
すでに自分にできることはないと判断し、王女の要請に渋々だが答える。
ラスティグの返答に、王女はほっとしたような表情をした。そのことに少しだけ引っかかりを覚えたが、ラスティグは自分の上着をとり、部屋の扉へと向かう。
「アトレーユ……ごめんなさい」
背中越しにかすかだが王女の震える声が聞こえた。振り返ると、王女は優しく悲しみに満ちた眼差しをアトレーユに向けていた。
それは愛する者へと向ける眼差しに思えた。
「……」
なぜだかその様子に胸の奥が苦しくなるのを感じながらラスティグは退室した。




