1章33話 王女の捜索とやってきたグリムネン
離宮では王女がいなくなってすでにかなりの時間がたっていた。キャルメ王女の失踪は、あっというまに城中に広まり、総出で捜索がされていた。
「こちらにもおられません!」
アトスやセレス、ガノンも皆、必死に探し回っていた。ラーデルスの騎士たちも同じく城中を探し回ったが、王女は一向に見つかる気配がなかった。
そして捜索の中、ひとつ気になることがあった。
王女と同じようにエドワード王子も、姿が見えないと報告があったのだ。
姿を消した、王女と王子。嫌な予感が彼らを襲う。
(まさかこんな事態になるなんて……)
ラスティグは指示を飛ばしながら、苦悶の表情を浮かべた。
王女は見つからないまま、時間だけが無情に過ぎていく。すでに夜は明けて、陽もだんだんと高くなってきていた。
そんな中、城の見張りの者が声を上げた。
「ロヴァンス騎士団が来たようだぞ!」
離宮は森に続く木々に囲まれていたが、周囲よりも高い位置にあるため、城の見張り台からは街道がよく見える。ちょうど森を抜けて、ロヴァンスの騎士団がやってきたようだ。
「迎えの兵をよこせ!彼らを城へお連れしろ」
ラスティグはそういって兵士たちに指示を飛ばす。
「ですが王女殿下の御姿が……」
こんな状況が相手側に知られたら一大事だと、兵士は躊躇したが、それをピシャリと団長が叱った。
「すでにロヴァンスの護衛達が王女をお探ししている。ここでロヴァンスの騎士団に何も伝えなければ、あらぬ疑いを掛けられるのは我らだぞ!」
そう言い放つと、彼の部下は慌てて迎えの手配をするために飛んで行った。
ラスティグは部下にそうは言ったが、これが果たして本当にただの失踪なのか疑問に思っていた。これがロヴァンス側の策略だとしたら、このままロヴァンス軍と戦になるのではないかと、背中に冷たい汗が流れるのを感じていた。
ロヴァンスの騎士団は自国の軍旗を掲げ、大きく力強そうな軍馬も戦に向かうがごとく馬鎧をまとわせており、騎士たちもいつでも戦えるといったような重装備であった。軍の隊列も恐ろしく長く、兵士たちの様子も凄まじい気迫を放っていた。
そうやって行進してくる歴代最強ともいわれる軍隊を目の当たりにして、ラーデルスの人々は思わず唾を飲み込んだ。
本能で彼らとは一戦交えてはならないと人々は悟る。
決して勝てる相手ではないと。
ロヴァンス王国騎士団はそのまま離宮へと向かってきた。あらかじめこちらに滞在し、そこから王女の要請に従い、リアドーネ嬢の捜索をするという流れになっていたからだ。
「兄上!」
城に入ってきた一団にアトレーユはすぐさま駆け寄った。
軍旗はロヴァンス第一師団のもの、グリムネンが掲げるものである。鉄仮面をかぶっているがその下には自らの兄がいるとわかっていた。
グリムネンは仮面を上にずらすと、挨拶もそこそこに、妹の尋常でない様子にすぐに気が付いた。
「どうした?ただ事ではないな?」
馬から降りることもなくそう告げると、動揺している妹の言葉を促した。アトレーユは兄にだけ聞こえるように、声を抑えて事情を説明した。
それを遠くから見ていたラスティグには、どのように説明したのかは聞こえなかった。しかし王女の失踪に憔悴したように、アトレーユは地面に膝をついて俯いていた。
「王女が……」
険しい表情になったグリムネンはすぐに脇に控える自らの副官に何事か指示を飛ばし、すぐに行動を起こさせた。
そして重い鎧を身にまとっているのにも関わらず、軽々と馬から飛び降りると、地面に伏した妹に優しく手をのばした。
「ティアンナ……これはお前のせいではない。だがまだ終わりではないだろう?お前にはやるべきことがあるはずだ」
そういって妹の顔に手を添え、上をむかせてその顔を覗き込む。
ティアンナの紫色の瞳には、まだ強い意思の炎がその奥に灯っていた。
そんな妹の様子をみてグリムネンはニッと笑うと、クシャクシャっと彼女の頭を子供にするように撫でた。
「よし!いい子だ」
そういって勢いよく立ち上がり、近づいてきたラーデルス騎士団の人間に体を向けると、大きな声で告げた。
「我が名はロヴァンス王国騎士団、第一師団、師団長のグリムネン・ハント・ポワーグシャーである。我々はこのまま失踪したキャルメ王女殿下、また貴国の令嬢の捜索に当たらせてもらう。」
そう言って余計な言葉を交わすこともなく、やるべきことのみを遂行しようとするロヴァンス軍。ラスティグはその様子にあっけにとられていた。そしてあわててラーデルス王国騎士団団長として、グリムネンに声をかけた。
「貴国の応援をありがたく受け入れよう。また王女の件については申し訳なく思う。無事に見つけ出すよう我々も尽力する」
そう力強くラスティグは答えた。
グリムネンは鋭い視線と意思の強さをみせるラスティグに目をやると、すぐにこの人物が信用に足るかどうかを見抜いた。
「王女の件については改めて話そう。今は見つけることが先決だ」
そういってラスティグに一つ不敵な笑みをみせると、仮面を再び被った。
そして軽やかに自分の馬に跨ると、森の方を捜索すると言って、馬の向きを変えた。しかし思い出したかのように、城の方へ顔だけ振り返ると、ティアンナに向けて言った。
「ティアンナ。こちらへ」
そう言われて、兄の元へ近づくティアンナ。馬から少し身を乗り出し、小声で兄は告げた。
「トラヴィスの人間が今回のことに関わっている。十分気をつけろ」
トラヴィスという言葉を聞き、ティアンナは身体をこわばらせた。兄の放った言葉の意味を十分理解しているからだ。
「では行くぞ!探すはキャルメ王女殿下とリアドーネ嬢だ!傷ひとつつけてはならん!」
グリムネンは自軍に向かって指示を飛ばし、彼らは再び森へと向かっていった。
「我々も行こう。これだけ探しても見つからないのなら、城の中にいる可能性は低い」
そういってラスティグはアトレーユの肩に手を乗せた。
兄の言葉に暫し固まっていたアトレーユは、ハッとして自分のすべきことを思い出す。
そしてラスティグの言葉に頷くと、部下たちに指示を出し、馬を駆って城外に飛び出した。ラスティグもその後に続いた。




