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薔薇騎士物語  作者: 雨音AKIRA
第2章 トラヴィス王国編 ~砂漠の王者とロヴァンスの花嫁~

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2章139話 戦場が呼び覚ますもの


「こっちへ行ったぞ!」


「っ──」


「逃がすなっ!それらしき女がいたら捕まえろ!」



 飛び交う怒号の中、襲撃によって混乱する闘技場を、ティアンナはひたすら逃げ続けていた。爆破が起こってからすぐにティアンナ達のいた貴賓席が襲撃されたのだ。



(……よりにもよってこんな時に──くそっ)



 入り組んだ路地に身を潜め、一人毒づく。本来であれば試合の行く末を見守っていたはずだ。ナイルとラスティグ、二人の命運が決まる重要な試合。その最中に爆破が起こるなど、誰が想像できただろう。



(……ラスティグ……無事でいてくれ……)



 命を懸けて戦ってくれたラスティグ。闘技の舞台も爆破によって破壊され、その安否がわからないまま逃げるしかなかった。


 通路の影から会場内へと視線を向ける。爆音が響き渡り、悲鳴と怒号が絶え間なく飛び交っている。剣戟の音も聞こえるから、敵は未だ辺りにいるのだろう。 


 何とかその包囲を抜けてきたが、どこへ逃げればいいのかもわからない。アスランが付けた護衛の兵達は既に皆、敵にやられてしまっていた。



(人が多くいる場所はダメだ……けどどこへ向かえば……)



 イサエルがこの場を指揮しているのは確実だ。再びロヴァンスの花嫁を利用するつもりなのだろう。



「いたぞ!こっちだ!」


「っ──っ!」



 身を潜めていたが敵に見つかってしまった。ティアンナはすぐさま駆け出し、別の狭い通路へと身を滑り込ませる。



「待てっ!!」



 すぐに後を追うようにして敵がやって来る。それを見越してティアンナは立ち止まると、肘だけを思い切り突き出した。



──ガッ!!──


「かはっ……!」



 向かってくる敵の勢いを乗せた、みぞおちへの強烈な一撃。敵は堪らず白目を剥いて崩れ落ちる。だがやって来たのは一人だけではなかった。



「こっちにいたぞ!ロヴァンスの花嫁だ!」


「っ──……!」



 次の追手が来る前にティアンナはしゃがんで敵から武器を奪うと、すぐさま駆け出す。



「はぁっ……はぁっ……」



 狭い通路を己の勘だけを頼りにひた走る。息が切れ身体が悲鳴を上げるも、ティアンナは足を動かし続けた。仲間の為にも捕まるわけにはいかないのだ。



「逃げたぞっ!」


「っ──」



 どこまでも追いかけてくる敵のしつこさに、舌打ちをする。攪乱させようと咄嗟に通路を横に入るも、すぐに背後から嘲笑う声が聞こえてきた。



「はっ──馬鹿め、そっちは行き止まりだ!」


「くっ……!」



 曲がった先は、確かに行き止まりだ。振り返れば、通路の入り口を塞ぐようにして黒装束の男が武器を構えている。一気に攻めてこないのは、こちらにもう逃げ場がないとわかっているからだろう。



(……万事休す……か……)



 だが諦めるつもりはない。対峙する敵を真っすぐに見据えるのは、逃げる為ではなく、その先にある勝機を見出す為だ。



「……こんなことをして何になる?……私を捕まえても何の意味もないぞ」


「はっ!それをお前が知る必要はない」


「っ──!!」



 強気なティアンナの問いかけに対し向けられたのは、鈍く光る曲刀。敵は抜刀し、その鋭い切っ先を突き付けながら、じりじりと近づいてきた。二人の間にあった距離が徐々に無くなっていく。


 耳鳴りのように爆発音が遠くに聞こえる。薄暗い地下は今や炎の色で染められ、黒い煙が立ち込めていた。



(……血の匂いがする……戦場の匂いだ……)



 鼻を突く臭気に、ここがもう既に本物の戦場であることを確信する。


 対峙する敵は既に何人かを斬ってきたのか、曲刀にはべっとりと赤い血が付いている。爆破による犠牲者も相当いただろう。一般市民にも多くの死者が出たはずだ。それが例え誰かの信念に基づくものだとしても、到底許容できるはずもない。



「……お前たちのしていることは、ただの人殺しだ」


「はっ……!無関係の奴の戯言だな……俺たちの問題に首を突っ込むんじゃねぇ」



 ティアンナの言葉に、目の前の男の気配が剣呑さを帯びる。彼等にとって、己の信念を邪魔する者達は、等しく敵でしかないのだ。


 ありきたりな言葉も、他の者達の掲げる信念も──何の意味もなさない。だからこそ、向けられた刃に応える手段は、ただ一つだ。



(……戻ってこい……)



 気が付けば、そう心の中で自分自身に呼びかけていた。


 背後に回した手には、敵から奪った曲刀──敵が一歩、また一歩近づく度にそれを強く握りしめ、自分の中で燻り続けていた感覚を研ぎ澄ます──



「さぁ、諦めて捕まるんだな。大人しくしていれば、悪いようにはしない」



 そう言って敵はこちらへと手を伸ばしてくる。獲物を嬲らんとする嗜虐的な笑みをその顔に浮かべて。


 けれどそれに怯えるようなことはない。寧ろ燻っていた炎が勢いを取り戻す様に、自分の中にある何かが激しさを増していく。



(……戻ってこい……)



 傷つく仲間を置いて何もできずに、逃げるしかできなかった。それが悔しくて、やるせなかった。ロヴァンスの花嫁として、ただ守られるだけの存在でいる自分が許せなかった。


 ティアンナは女性であると同時に、騎士のアトレーユだ。そうやってずっと生きてきた。剣を手に、自分自身の力で戦ってきたのだ。


 だからこそ、こでただじっと助けを待つだけの弱い存在ではいられない。いや、そういう存在でいたくないのだ。



 この血生臭い戦場の空気が──


 共に戦う為にここまで来てくれた仲間の献身が──


 ラスティグの命を懸けた壮絶な闘いが──



──ティアンナの中のアトレーユを呼び覚ます。


 

(……戻ってこいっ──!アトレーユっ!!)



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