2章138話 市街地の攻防
街中での爆破が始まる少し前、地下水道で邂逅したエドワードと双子達は、地上への出口を目指して進んでいた。
「エドワード様、こちらから地上へ出られそうです」
「やった!!」
先を進んでいた護衛が、地上への出口を見つける。その言葉に、双子は飛び上がって喜んだ。だが──
「まだ外が安全かはわからない。先に確認してからだ」
「では私が先に見てまいります。何かあれば合図しますんで」
そう言って前へ出たのは、エドワード直属の騎士ユリウスだ。
「あぁ、気を付けろよ。ユリウス」
「はっ!」
薄く地上の光が差し込む出口に向け、壁に直接埋め込まれた梯子を伝い上っていく。皆が緊張の面持ちでそれを見守った。
ユリウスは出入り口に覆いかぶさるようにして置かれている金属製の蓋を掴むと、それを持ち上げて少しだけ横にずらす。そうして僅かに開いたその場所から外の様子を伺った。
(……声が聞こえる……何か怒っているみたいな……)
遠く聞こえる街の喧騒よりもずっと近い場所で、誰かの声がする。穏やかな声ではない。どこかピリついたようなその声音に、ユリウスの中で何かが警鐘を鳴らす。そして──
「──合図が来たぞ!点火しろ!」
(まずい──!!)
咄嗟にユリウスは持ち上げた蓋を固く閉じ、下にいる者達へ叫んだ。
「みんな伏せろ!!」
その声にすぐさま護衛の騎士とエドワードが反応する。その瞬間──
──ドォォンッ!!──
「きゃぁぁぁぁっ!!」
すぐ近くで鳴り響く轟音。地下水路の中に凄まじい音が反響する。エドワード達がいる地下を揺らし、崩れた瓦礫がバラバラと落ちてくる。
「何事だっ!!」
「……どうやら敵襲のようです。奴ら、爆弾をいたるところに仕掛けている………って──クソっ!!」
──ガンガンッ!!──
梯子の上で出入り口の蓋を抑えていたユリウスは、忌々し気に叫んだ。外から強く叩く音がする。
「ユリウスっ!!」
「大丈夫ですっ……けど、奴ら地下通路を使って移動するつもりだ!」
「……そういうことか……!どこまでも小賢しい奴らめ……!」
エドワードの脳裏には、かつて離宮が炎に包まれた時の光景が浮かんでいた。あの時も、秘密の通路を使われて城が襲われ、火が放たれたのだ。
その時の怒りと憎悪が再び込み上げてくる。今こそ敵をこの手で屠り、復讐を果たす時ではないか──そんな仄暗い想いに囚われそうになったその時、エドワードを引き留めたのは、彼に縋る小さな二つの手だった。
「エド兄さま……」
不安そうに彼にしがみつく双子達。彼女達を無事に連れ帰らなければならない。それに──
──ガンガンガンッ!!──
「くっ……!!このままじゃ……」
苦し気に顔を歪めるユリウスが出入り口の蓋を抑え、必死に敵の侵入を阻んでいる。だがそれもいつまでもつかわからない。
「エドワード様っ……!ここは私が抑えていますから、早く……早く逃げてくださいっ!」
「だが──」
「エドワード様っ!!」
「っ──……」
躊躇うエドワードに、ユリウスが一際大きな声で一喝した。そして一呼吸置いてから、強気な笑みを浮かべて己の主を見つめる。その真っすぐな忠誠心が届くようにと。
「…………貴方の騎士を信じてください…………このユリウス、必ず御許へ戻りますから」
「ユリウス…………」
「だから行ってっ!!……早くっ!!!」
「っ………すまんっ!!」
ユリウスの犠牲に胸が締め付けられる想いをしながらも、エドワードは双子達と共にその場から駆け出した。
地上では他にも爆発が続いているのか、激しい轟音がそこかしこから鳴り響いている。進む先はまるで今の絶望的な状況と同じで真っ暗だ。だが──
「ユリウス……死ぬんじゃないぞ……必ず生きて私の下へ戻ってこい……!」
己の騎士が、命がけで切り開いた血路だ。進む先が例え暗闇だろうとも、その向こうにあるはずの希望の光を諦めたりはしない。
エドワードはそう固く信じて、地下の暗闇の中を駆けて行った。
そんな走り去るエドワード達の後ろ姿を見送って、ユリウスは内心安堵の息を吐いた。そして視線を鋭くして気合を入れなおす。己が剣を捧げた主の為に、今こそこの命を懸けて闘う時──
「さぁ……気張れよユリウス………!」
自分で自分を鼓舞しながら、その時を待つ。そして──
──ガァンッ!!──
「っ──……」
ついに凄まじい衝撃と共に、地上と地下とを遮るものが取り払われてしまった。
「なんだぁっ!?」
──ビュンッ!!──
開いたと同時に顔を見せた敵に対し、ユリウスは懐の短剣を迷いなく突き刺す。
「ぎゃぁっ!!」
片目を潰し、激痛に悶絶する相手が尻もちをつくと同時に、地上へと飛び出した。
「こいつっ!!」
──ビュンッ!ザッ!!──
敵が驚きに固まる隙を見逃さず抜刀し、急所を狙い一撃の下に倒していく。
人を斬る生々しい感触。飛び散る生暖かい返り血が頬を伝い、怖気が走る。
だがここで自分が惑えば、剣を捧げて守ると誓った人に危険が及ぶのだ。躊躇ってはいけない。相手の命を絶つその一閃一閃に、己が全てを懸けて集中する。
──ドシュッ!ザンッ!──
「こいつ使えるぞ!回り込んで囲め!!」
敵が散開し、同時に襲い掛かってくる。身体を捻り一撃を躱し、続く追撃を剣で受ける。
──ギャンッ!!──
「っ──!!」
「はっ、まさかこんな所にうろついている奴がいるとはなぁ……」
ユリウスの急襲に驚きはしたものの、既に敵は態勢を立て直している。未だ敵は多くいる。数で言えば圧倒的不利な状況。ユリウスは、たった一人、この死地を潜り抜けなければならない。それでも──
「生きて帰ると約束したからな……俺がいないとあの人きっと寂しがる……だから──」
──ビュッ!!──
「っ──!!」
「ここで死ぬわけにはいかないんだよっ!!」
──ギィンッ!!──
気を吐くようにして渾身の一撃を相手の剣に叩き込む。その気迫に腰が引けたのを見逃さず、すかさずしゃがみこんで足払いをかけとどめを刺す。
「うゎっ!」
──ドシュッッ!──
「……さぁ、かかってこいよ。全員ぶっ倒してやる!!」
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一方、市街地の路地裏では、イサエルの一味と遭遇したジェデオン達が苦戦を強いられていた。
──ビュンッ!!ビシィィッ!!──
しなる鞭。風を切る鋭い音が響く。ゲーラの扱う鞭は、まるで生き物のように跳ね、狭い路地裏の壁や地面を抉っている。
間合いが遠い上に鞭の動きは予想が難しく、近づくのは困難だ。下手に動けばすぐにその餌食となるだろう。
「あはっ!どうしたの?そんなんじゃ、私たちを止められはしないわよ!」
残虐な笑みをその口元に浮かべ、追い詰めた獲物を嬲るようにして鞭を振り回す。彼女の背後では、部下が爆破の指示の為に笛を鳴らし続けていた。
「ジェデオン様……」
「……お前たちは回り込め!」
「はっ!!」
ジェデオンの指示に、部下が二人、路地裏を横に入っていく。このまま爆破を続けさせるわけにはいかない。
「ふふ……回り込むつもりね……でも残念。地の利はこちらにあるのよ?」
──ビュンッ!!バキィッ!!──
一際大きく鞭を振り回すと、ゲーラは頭上に突き出ていた庇を破壊する。
「っ──」
崩れた瓦礫がバラバラと降り注ぎ、何とか間合いを詰めようとしていたジェデオンの前に落ちてくる。
その間に、ゲーラは部下達と共に走り出していた。狭い路地裏にも精通しているのだろう。全員がバラバラの方向へ入り組んだ道を入っていく。
「ちっ……!」
ジェデオンは崩れた瓦礫を乗り越えて、女の後を追った。
余裕の足取りで入り組んだ路地を駆けていくゲーラ。ジェデオンが追って来ているのを知ってか、時折振り返るとその長い髪の間から揶揄うような笑みを向けてくる。
こちらが追いつけないと見越しているのだろう。入り組んだ路地裏での追跡は困難を極めた。
「クソっ!」
姿を見失いそうになるたびに、思わず口をついて出る悪態。未だ塞がり切らぬ傷が、ギリギリと責め立てるように痛み出す。
まるで負け犬を嘲笑うかのようにジェデオンを苛むその痛み。だがそれは同時に伝えてくるのだ。決して忘れてはならないと。
あの夜受けた屈辱と悔しさを、己が果たすべき役割を──凶刃がこの身を貫き、血の海に崩れ落ちてもなお、こうして死地から舞い戻って来たのだから──
(絶対に逃がさない──今度こそこの手で仕留めてやる!)
ジェデオンと、ユリウス──決意を新たにした二人の騎士達の闘いが始まった──




