2章137話 決壊
──ドォォンッ!!──
準決勝が行われていた闘技場でも、突如として爆発音が鳴り響いた。血に沸いていた歓声は、今は立て続けに起こる爆発と観客の悲鳴で埋め尽くされている。
「一体何が……──っ!!」
ナイルへ向けて剣を振りかざしていたラスティグも、すぐに異変を察知してその場を離れた。その瞬間──
──ドォンッ!!──
「っ──くっ!!」
突如として地面が爆風と共に吹き飛んだ。弾けた敷板の破片と土がラスティグを襲う。
爆風で視界が遮られる中で周囲を見回せば、他にも同じようにして地面が抉られている箇所がある。
(……このタイミングで仕掛けてきたのか……クソっ!!)
闘技の勝負に水を差されるだけならまだいい。だがこの大勢の観客で賑わっている会場内で爆薬を使えば、どうなるかは火を見るよりも明らかだ。
しかしそちらに気を取られてばかりもいられない。
──ビュッ!!──
「っ──!?」
──ギィンッ!!──
「くっ……!ナイル殿っ……!!」
いつの間に拾ったのかナイルはその手に剣を構え、ラスティグへと斬りかかって来た。際どいところでその攻撃を受け流し、爆破が続く混乱の中で再びナイルと対峙する。
こめかみを生温かいものが伝うのがわかる。血が出ているのだろう。しかしそれを拭う間もなくナイルからの連撃が続く。
──ビュンッ!ザンッ!!──
未だ死闘が終わる気配はない。悲鳴と爆音がこだましている会場で、この闘いを見守る者はもういないだろう。
それでもナイルは、対峙する敵を絶命せんと刃を振るう。その斬撃は凍てつくほどに鋭く、冴えわたっていた。
──ギャンッ……ザシュッ!!──
「ぐっ……!」
深く沈み込む強烈な一撃。受け流そうとした瞬間、反動で刃が大きく撥ねた。深手は避けられたものの逸れた刃が衣を裂いて肉を抉る。
舞い上がる真っ赤な血しぶき──その向こうにゾッとするような仄暗い殺意を秘めた瞳が見える。
「っ──……」
まるで死そのものに見つめられているかのように、温度の無い眼差しを向けられる。その強烈な殺意に飲まれてはいけない。必ず生きてこの場を切り抜けなければならないのだ。
混沌と狂気が絶え間なくその悲鳴を上げる中、ラスティグの金の眼差しと、梟のそれが交差した、その刹那────
──ドオォンッ!!──
「ッ──……!!」
二人のすぐ間近で爆発が起こった。追撃の体勢に入ろうとしていたナイルを、強烈な爆風が直撃する。
「ナイル殿っ!!」
大きく吹き飛ばされ倒れ伏すナイル。ラスティグが駆け寄ろうとするも、すぐに立ち上がり、間合いを取るように離れてしまった。
負傷したのか、ナイルの肩から腕にかけて大量の血が流れ出ている。それでも刃はこちらに向けたままで、下げる気配はない。
「…………」
「……ナイル殿……」
呼びかけるも返ってくるのは感情の無い視線だけ。
闘技場では未だ爆発が続いている。けれど対峙している二人の間は奇妙なほど静まりかえっていた。血の滴り落ちるその一滴一滴までもが聞こえてくるかのように──
研ぎ澄まされた感覚に、刹那が永遠のように感じられる。嫌な汗がジワリと滲み、剣を持つ手を震わせようと苛む。
苦痛にも似た拮抗──しかしそれを破ったのはナイルのほうだった。
──ダッ……!──
一瞬その姿が陽炎のように揺らめいたかと思うと、ナイルはふっと身を翻して駆け出す。
戦況が不利だと判断したのか、それとも別の目的か。ナイルは闘いを放棄してその場から離脱した。
「っ──ナイル殿っ!!」
咄嗟に声をかけるも、あっという間にその姿は立ち込める粉塵の奥に消えていってしまう。
ラスティグは逃げ出したナイルの後ろ姿を呆然と見つめも、それ以上後を追うことはしなかった。このままナイルが逃げ切ってくれれば、非情な死闘の結末を見なくてもすむのだ。
そう安堵の感情が押し寄せたその時──
──ドォォォンッ!!──
「っ──!!」
まるで一時の平穏さえも許さないとばかりに、鼓膜を突き抜けるような爆発が間近で起こる。すぐに意識が引き戻され、ラスティグは周囲を見回した。
未だ爆発はそこかしこで続いている。何者かに闘技場が襲撃されているのだ。
抉れた地面に巻き上がる炎と煙。戦場のようなその光景は、闘技の舞台の上だけではない。爆発は観客席の方でも起こっている。その事実にラスティグは青ざめた。
「……ティアンナっ!」
慌てて貴賓席に視線を向けるも、既にそこは煙が充満しており瓦礫となって崩れている。
「クソっ!……ティアンナっ──!!」
爆音と悲鳴の渦が巻き起こる中、ラスティグは駆け出した──
********
一方、闘技場の控えの間の一室では──
──ギィンッ!!──
薄暗い闇の中、斬撃と共に火花が散る。そこでは一際激しい死闘が繰り広げられていた。
「はっ!こんなものか!!」
──ヒュンッ………ドシュッ!!──
「ぐっ……!!」
──ドサッ──
崩れ落ちた敵を冷たく見下ろすのは、タゥラヴィーシュの王、アスランである。決勝へ向けて控えの間で待機していたところ、爆撃が始まると同時に敵に襲撃されたのだ。
王を守る護衛は既にやられ、次々に襲い来る敵をアスランは一人で対処していた。
──とそこへ、駆け付ける者があった。出入り口を塞いでいた敵を斬り倒すとその姿を現す。
「っアスラン様!無事でやしたか!」
「……ヒラブか──状況は?」
やって来たのは王国の暗部を司る男──ヒラブだ。彼は残っている敵を一太刀でとどめを刺すと、アスランへ向き直り報告する。
「……会場も街中も混乱してまさぁ。そこかしこに爆薬が仕掛けられてて、敵さんはみ~んなぶっ壊すつもりだ」
倒れ伏した血塗れの敵を苛立たし気に蹴とばすヒラブ。その報告にアスランも顔を顰める他なかった。
「ちっ…………初めからこっちが狙いだったか……ミンドラの方は囮だったようだな。遠征で軍をおびき出している間に、仕掛けていたのだろう」
「そうかもしんねぇです。全く……俺らがいねぇ間、シュウランの野郎は何やってたんだか……」
「……シュウランはどうした?」
「それがさっきから姿が見えねぇんで……奴が何か?」
「いや…………」
遠征によって敵を追い込むはずが、王都が手薄になっている間にあまりにも深く、様々な場所へとテヘスの一族の根が入り込んでいる。いくら敵が戦闘や諜報に長けた者達とはいえ、被害の大きさに些か違和感を覚えた。
「……まさか……わざと敵を懐へ誘いこんだか……」
「シュウランがですか?」
王都の守りはシュウランに任せていたはずだ。だがあの冷徹な仮面の奥に、別の思惑がなかったとは言い切れない。同じ目的を掲げているようでいて、その奥底にある復讐心はアスランとは異なるのだ。だからこそ現状の可能性を読み切れなかったことが悔やまれる。
「……いかがしやすか?」
「……今更どうこう言っても仕方ない。これだけ荒らされてはどうにもならん。爆薬がどこに仕掛けてあるかも、敵がどれだけ潜んでいるかもわからんからな……」
アスラン直々に開催した肝入りの闘技大会を滅茶苦茶にされ、王として醜態を晒す羽目になったわけだ。
思わず一つ大きなため息が零れ落ちる。だがそこでようやく戦闘で高ぶっていた気が収まってきた。高揚していた気分が冷静さを取り戻せば、それで見えてくるものがある。長年テヘスとの攻防を強いられてきたからこそわかる敵の狙い──
「……だがまだ打つ手がないわけではない」
「……それは」
乱れ落ちた髪を雑に手で払い、血の付いた剣を一振りしてからゆっくりと鞘に納める。そしてその七色の瞳に鋭い光を取り戻し、前を見据えた。
「宮殿へ戻る──兵を集めておけ」
「はっ!!」




