2章134話 地下水道にて
「ユリウスっ!」
「はっ!!」
──ビュッ!!──
掛け声とともに風を切る鋭い音。それがなんであるかを認知する前に、周囲は男の醜い絶叫で埋め尽くされた。
「うぎゃぁぁぁっ!!」
悲鳴の奥に、ぼたぼたと地下水道のものとは違う水音が飛び散るのが分かる。だがそれよりも双子達の意識をさらったのは、別の声だった。
「お前たち、大丈夫か!?」
「エド兄さまっ!!」
双子達に駆け寄ってきたのは、ラーデルスの使者のエドワードだ。彼は恐怖にその場にへたり込む二人を抱きとめ、その無事を確認した。
「二人とも怪我はないか?!」
「こ、怖かった……うぅ……」
「もう大丈夫、大丈夫だ!……兄が来たから安心しろ」
エドワードは双子達の小さな体を優しく抱きしめる。恐怖に震える二人を安心させようと、彼女たちの兄として振舞う。そんな護衛が声をかける。
「エドワード様、地上にもまだ敵がいるようです。いかがいたしましょう?」
「……今は双子達がいるから無駄な戦闘は避けたい。別の出口から地上へ出よう」
「はっ!」
エドワードの指示に従い、護衛の一人が先頭を行き、その後にエドワードや双子達、ユリウスが続く。進むのは、先ほどリアンが行こうとしていた道だ。
「エド兄さまはどうしてここが分かったの……?」
「あぁ、闘技場でお前たちの兄──ジェデオン殿が動いてな……何かあると思い、とりあえず地下へ入ったんだ」
問いかけてくるフランシーヌにエドワードが答える。地下水道への入り口は、ユリウスが見つけていたのですぐに分かった。何か起こるとすれば再びそこではないかと狙いを付けたのだ。
そうして地下水道を進むうちに犬の吠える声が聞こえて、ここまでたどり着いたというわけだ。
「地下水道で犬の吠える声が聞こえたから、まさかと思って来たんだが……お前たちがいるとは思わなかったぞ」
「……ごめんなさい……どうしても闘技が見たくて……姉さまが心配だから……」
エドワードの言葉に、ミスティリアが俯きながら答える。己でも愚かなことをしたと自覚しているのだろう。だがそれを責める気にはなれないのは、エドワードも彼女達と同じ気持ちだからだ。
「ティアンナ嬢なら大丈夫だ。我が国一の騎士が出ているのだからな。奴なら絶対に負けるはずがない」
「……本当に?」
「あぁ、本当だ」
エドワードは自信をもって頷きを返した。
かつては敵対し憎らしく思った相手だが、今はティアンナを取り戻す為にラスティグの力が必要だとわかっている。ティアンナに思いを寄せる男としては複雑な心境だが、ラスティグの剣の腕前にはエドワードも信を置いているのだ。
「だから安心しろ。ここを抜け出したら、きっと会えるからな」
「……うんっ!」
エドワードのその言葉に、フランシーヌのミスティリアは嬉しそうに頷いたのだった。
一方その頃──
「見つかったか?!」
「いえ、こちらの方には……」
「クソっ……!一体どこにいるんだ!」
双子達を探しに出たジェデオンは、なかなかその姿を見つけられず苛立ちを募らせていた。一旦は地下道を探したのだが、双子達が街中に張り巡らされた地下道をそこまで把握しているとは思わず、すぐに地上へも捜索の手を伸ばしたのだ。
「商会近くの出入り口付近で目撃がなかったか、情報を集めろ。そこまで地下に深く潜ってはいないはずだ」
「はっ!」
ジェデオンの指示にすぐさま部下達が散開する。闘技場での動きに注視しなければならないため、捜索に動かせる人数は限られている。その限られた人数でこの人の多い街中のどこかにいる双子達を見つけなければならない。
エドワード達が既に保護していると知らないジェデオンは、自身も走り回りその姿を探した。
人通りが多い。特に今日は一際大きな闘技の大会がある為、いつも以上に街は賑わっている。その中でジェデオンは一人、鋭い視線を巡らせた。
おかしな動きをする者があれば、すぐさま双子達が関わっていないかと追いかけ、力づくでも問い詰める。そんなことを何度も繰り返していたその時──
「っ──あれは……!」
視界の隅に映った人影。咄嗟に脳裏にあの血に塗れた夜の出来事が過る。
気が付けばジェデオンは、その後を追う為に駆け出していた──




