2章133話 小さき者達の闘い
「はぁっ!はぁっ……ミスティ!急いで!」
「んっ……わかってる!」
地下水道で何者かと遭遇した双子のフランシーヌとミスティリアは、必死に暗闇の中を逃げていた。時折地上の光が差し込むが、人の出入りができる場所ではなく、彼女達は完全に道を見失っていた。
「後ろは……まだ追って来てる?」
「わからない……リアンが一人撃退してくれたみたいだけど……」
双子達の危機に、狩猟犬のリアンが真っ先に動いた。追手が近づいたと同時にその足に喰らいつき、倒れたところで更に追撃とばかりに首元へと噛みつく。相手はたまらず水の中へと落ちてそのままだ。
だが騒ぎを聞きつけて他にも近づいてくる足音があったため、二人は逃げ続けていた。
「地上に出たいのに、場所がわかんない……」
「追手から反対方向に逃げるしかないよ!それにきっと商会の人が探してくれてるはず……」
思いもよらぬ敵との遭遇に、双子達は商会の目を盗んで抜け出したことを、早くも後悔していた。
暗闇で姿は見えなかったが、リアンが攻撃したということはこちらに危害を加えるような相手だということだ。他にも仲間がいるのかもしれない状況では、逃げ続けるしかない。そんな中で頼りにできるのは、この賢い犬、リアンだけだ。
「リアン、こっちなの?」
「ウォンっ!」
「わかった……!」
まるでこちらの問いかけを理解しているかのように、リアンは一つ吠えた。道を見失った双子達にとっては、頼もしい案内人であり護衛だ。
だがそんな安堵も束の間、再びこちらに迫ってくるような足音が聞こえてくる。枝分かれした地下水道の中を音が反響し、一体どこから近づいてくるのかわからない。
「ど、どうしよう……ミスティ」
「フラン……」
二人が怯えて壁際へと身を寄せようとした時、リアンが大きく吠え出した。そして二人についてこいとでも言うように、その衣服を強く引っ張る。
「い、行こう!」
「うんっ!」
二人はリアンが示す方向へと走り出した。だが迫ってくる足音も、双子達の動きに反応したのか駆け出すのが分かる。
怒号のような声と迫りくる複数の足音。追手がすぐそこまで迫っている。捕まればどうなるか分かったものではない。
恐怖に二人が顔を青ざめさせたその時、突然それは目の前に現れた。
「──あ!出口……!」
リアンが進む先とは別方向に枝分かれした道の先に、大きな光の筋が見える。地上に上ることができる場所だ。
「リアン!あっち、あっちだよ!」
フランシーヌが先を進むリアンに声をかけるが、リアンは彼女の指し示す方向へは行こうとしない。まるでそっちではない、こちらへ来いとでも言うように、吠えるばかりだ。
「リアン……」
だが双子達はリアンの進む先にある暗闇よりも、すぐ近くに現れた地上への道の方が魅力的に見える。あの先に出られれば、安全が確保できるのだとそう信じて。
押し問答をするかのように動かないリアンに対し、先にしびれを切らしたのはミスティリアの方だった。
「こっちよ!」
率先して地下道を進んだ責任を感じていたのだろう。一刻も早く双子の片割れを安心させてやりたくて、ミスティリアは光のある方へと走り出したのだが──
「こんな所に子供……?」
「っ──!」
出口と思った場所から現れたのは、黒い衣を身に纏い、その腰に大ぶりな曲刀を差した男達。訝し気にミスティリアを見下ろし、地下道へと降り立つと、舌なめずりをするかのように嫌な笑みを零す。
「可哀そうだが見られたからにはただじゃおけねぇなぁ……」
「ひっ……!」
曲刀が鞘から抜かれる。地上からの光に照らされて、暗闇の中に鋭く光るその刃に、ミスティリアは完全に足が竦んでしまった。
「ミスティ!!」
双子の片割れの危機に、すぐさまフランが飛び出してくる。その手には小ぶりのナイフ。護身用にと持たされているものだが、それでまともに戦えるとは彼女も思ってはいない。だがポワーグシャーの一族として、愛する者の危機をただ黙って見ているわけにはいかなかった。
「はっ!お嬢ちゃん、それで闘おうってのか?随分と可愛いままごとだな」
「う、うるさいっ!」
「へぇ、随分と強気なガキだな。なんでこんな場所にいるんだ?」
男は遭遇したのがただの子供だと知ると、いつでもその命を奪えるのだと刃をちらつかせながら問いかける。
「……そういうお前たちこそこんな場所で何をしている?」
「はっ!それを素直に答えるとでも?」
男は嘲るように鼻で笑うと、視線を鋭くしつつ近づいてくる。普通ならばこんな地下に誰かがいるはずがない。いるとすれば良からぬことを考えている者だけだろう。
(この人……まさかこの間の襲撃してきた人達の仲間……?)
フランシーヌの脳裏に、前回の闘技場での騒ぎがよぎった。会場は大混乱に陥り、その最中に姉のティアンナが連れ去られたのは双子達もよく知っている。
「なんでこんな場所にガキがいるかは知らねぇが、運が悪かったな…………生かしておくわけにはいかねぇ……恨むなら自分の不運を恨みな!!」
そう言って男は曲刀を振りかぶった。咄嗟に身構えるフランシーヌ。だがそれよりも先に動く者がいた。
「うぎゃっ!」
「っ──リアンっ!!」
「グルルルル……!」
男に飛びついたのは、狩猟犬のリアンだ。暗い毛の色のお陰で、男からはその存在が見えておらず、思わぬ奇襲となった。体勢を崩した男と双子の間に立ち塞がり、低く唸り声を上げる。
「クソっ……!何でこんな場所に犬が……!」
噛みつかれた腕から血を流し毒づく男。利き腕をやられたのか、持ち手を変えて曲刀を握りなおす。その目には先ほどより一層濃い殺意が滲んでいた。
「お前ら全員、嬲り殺してやる……覚悟しな!」
「っ──……」
真正面から向けられるその強烈な殺意に、足が竦んでしまう。そんな双子達を庇うかのように、リアンは向かってくる男へ激しく吠えたてる。
「ガウッガウッガゥッ!!」
「ちっ……!静かにしろ!!」
苛立ちを露わにした男がリアンへ向けて刃を振り降ろす。リアンは咄嗟にそれを避けるも、男の攻撃はそれだけでは終わらなかった。
「ギャンッ!」
「やめてっ!リアン!!」
狭い場所での攻防は、武器で間合いを取れる男の方に利があった。狩猟犬であるリアンは己の足を十分に生かせず、逆に逃げ場のない中で相手の蹴りを喰らってしまう。
リアンの動きが鈍ったところで、男は己の勝利を確信した笑みを浮かべた。
「はっ!所詮はただの犬っころだな。人間様に噛みついた代償をしっかりその身に教えてやるぜ」
「やめてー!!」
リアンに向けて男が再びその刃を振りかざした時──
「そこまでだっ!!」
暗闇を切り裂く鋭い声がその場に響いた。




