2章131話 闘いのその裏で
「ラティーファさん、ジェデオンさん。ちょっとすみません……」
「どうしたの?」
貴賓席で王太子のノワールと共に試合を観戦していたジェデオン達の下へ、チャンセラー商会の連絡員がやってきた。
「商会で待機中の妹君達ですが、どうも地下道を使って抜け出たようで……」
「何っ?商会を抜け出しただと?!」
「は、はい……庭で犬と遊ぶからと部屋を出てそのまま……現在、皆でその行方を捜しておりますが、まだ見つかっておらず……」
「あの馬鹿ども……!」
報告を聞いたジェデオンは怒りを爆発させながら席を立つ。闘技の行方も気になるが、それよりもいなくなった双子を探さなければならないだろう。何せここは異国の地。双子達はティアンナとは違って戦う術の無い少女達だ。
怒り狂うジェデオンに対して、一方のラティーファは痛まし気にため息を吐いた。
「あの子たち、よほどこの闘技が見たかったのね……こんなことなら留守番させるべきではなかったわ」
前回の闘技場での騒ぎを踏まえ、今回は双子の安全を考慮して商会で待機させていた。勿論かなり反発されたのだが、考えられる危険性を何度も説明し、納得させたはずだ。
だが今思えば最初から抜け出すつもりだったのだろう。商会の者達の目を盗むだけあって、流石はポワーグシャーの血を継ぐ双子だ。
「闘技場近くの地下道を調べましょう。この辺りはトラヴィス兵がいるから、そうそう紛れ込めないとは思うけど……既に地上にも出ているかもしれないから、そちらも重点的に調べて」
ラティーファはそう指示を出すと、自らも立ち上がった。だがすぐにジェデオンから釘を刺される。
「ティファはすぐに迷子になるのだからここで待機だ。双子は俺が探しに行く。ティファはティアンナのことを見守っててくれ」
「……わかったわ。ジェドも気を付けて」
「あぁ……勿論だ」
眉間に深い皺を刻みながらジェデオンは慌ただしくその場を離れた。
闘技に夢中な他の観客達は、誰も彼等の様子を気に留めはしない。だが一部の者達だけはその動きに注視していた。
「どうやらロヴァンス側で何かあったみたいですね。エドワード様」
「あぁ……商会の者が動いているようだな」
慌ただしくなったロヴァンスの動きに、ラーデルス側の貴賓席にいるエドワードとユリウスも気が付いていた。
「いかがなさいますか?」
「そうだな……」
チャンセラー商会に助力を得ているとはいえ、所詮は違う国の者同士。ロヴァンス側で何かあったのは明らかだが、全ての情報がこちらにもたらされるわけでもない。だがここまできて見て見ぬふりはできないだろう。
「闘技についてはこのまま奴に任せておけば大丈夫だろう……だが前回のことがあるから裏の動きの方が心配だ」
前回の水上闘技において、アスランと敵対する勢力から襲撃があったのは記憶に新しい。更に言えばこの一際大きな闘技で、何も仕掛けてこないとは考えにくい。
「では──」
「ユリウス、私たちも行くぞ。この手で私の城を燃やした奴らを見つけ出してやる……!」
「は、はいっ!」
そう言って意気込み席を立つエドワードに、ユリウスは慌てて後をついていった。
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一方その頃──
「ねぇ……本当にこっちで合っているのかな……一度上に出てみた方がいいんじゃない?」
「何言っているのフラン!上に出たらすぐに商会の人に捕まっちゃうわ!このまま地下道を行った方が安全よ」
「だけど……僕たちだけで闘技場まで行けるかな……」
「お姉さまたちの持ってた地図を盗み見たから……多分大丈夫のはず……」
ここはヴィシュテールの街に張り巡らされた地下水道の中。
暗闇に小さなランプを手に進むのは、ポワーグシャー家の双子のフランシーヌとミスティリアの二人である。
ティアンナの進退が決まる闘技大会が開催される中、彼女達はチャンセラー商会で留守番を命じられていたのだが、監視の目を盗んで抜け出してきたのだ。
「でも何度も曲がってきたから、方角もわからなくなっちゃったよ?一回上に出た方が良いんじゃないかな……」
「そ、それはそうだけど……」
フランシーヌの真っ当な意見に、強気だったミスティリアも戸惑いを見せる。そんな彼女達の様子に、一緒に連れてきた犬のリアンも心配そうに鼻を鳴らす。
「クゥン……」
「リアンも心配してる。やっぱり一度外に出て、場所を確かめよう?」
「そうね……ちょっと上に出て、見つかりそうになったらまた下に戻りましょ」
そんな風に二人で決めて、フランとミスティの双子達は、地上へ出る道を探すことにしたのだが──
──ガタン──
「っ──!!」
遠くから響いた物音に二人の身が竦む。地上からの物音ではない。明らかに地下水道の中で響いた音だ。
「ど、どうしよう?!」
(しっ!音を立てちゃダメ!)
慌てて抱き着いてくるフランシーヌに対し、ミスティリアは冷静に声を殺し、ランプの灯を消した。相手が商会の者なら連れ戻されるだけだが、それ以外の人間なら危険が伴う。慎重に動かなければならない。
その場を動かずじっと息を潜める。だが思いも虚しく、近づいてくる足音はどんどん大きくなる。そして──
「そこにいるのは誰だっ!!」
「っ──!!」
角を曲がってきた相手がこちらを照らすと同時に、双子達は一気に走り出した。




