2章129話 勝ち抜いたその先で
一戦目を勝ち抜いたラスティグは、案内人に促されて控室へと戻されていた。暫くして闘技場の舞台の方から大きな歓声が聞こえてくる。二戦目が始まったのだろう。
その喧噪を遠くに聞きながら、他の参加者と同じようにひと時の休息を得る。部屋の端の方で座っていると、声をかけてくる者があった。
「なぁ、アンタ」
訝し気に顔を上げれば、そこには見覚えのある男──先程の闘いで長剣を手にラスティグと対峙していた男がいた。
「アンタつえぇなぁ。驚いたぜ。ただの囚人じゃないんだろ?見たところ異国人のようだし」
「……そう言うアンタは?」
「俺は根っからの闘技馬鹿よ。これで日銭を稼ぐのが仕事だ。ただ今回は……報酬に目がくらんだせいで、危うく命を落とすとこだったんだ。アンタには感謝してるよ」
「…………そうか」
男は上機嫌に話しかけてくる。ラスティグが起点となり、騎馬兵や弓兵へ反撃できたことを言っているのだろう。それが結果的に男の命を救うことになったようだ。
「アンタみたいな猛者が囚人だなんて一体何をしたんだ?その腕なら闘技でいくらでも稼げるだろうに」
「…………」
それ以上話す気の無いラスティグと違い、男はよほど暇なのか、その後もなんだかんだと話しかけてきた。いつもの闘技はどうだの、一番の稼ぎはいくらだったの。ラスティグが適当に相槌を打っていると、俄かに控室の入り口が騒がしくなる。
「お、王様っ!」
「なんでこんなところに?!」
現れたのは国王のアスランだ。驚きに固まる参加者達へ向けてひとつ大きく頷くと、部屋の端にいるラスティグに視線を止める。そして兵士に何かを言伝した。
やがてその兵士が近くへやってくると、ラスティグの手枷を外し始める。周囲が俄かにざわつくが、アスランは泰然と見守るのみ。そして手枷が外されたのを確認してから、他の者達へ向けて声をかけた。
「さて、諸君は見事に一戦目を勝ち残った。見事な闘いぶりに称賛を贈ろう。そしてもちろん、その勝利に対する報酬も用意してあるぞ」
報酬というアスランの言葉に、参加者達から歓声が上がる。あれだけの厳しい闘いだ。報酬がなければやってはいられないだろう。
(……俺への報酬は、この戒めを外すことか……)
次の闘いへ向けて、より良い条件で臨めるのはありがたい。手枷を外された手首を確かめるようにしてさすれば、再びアスランの七色の瞳と視線が合った。
「次の闘いからは個人戦となる。武器や防具が損傷した者には、貸し出しもあるから遠慮なく言うがいい。闘技を盛り上げる為には必要だからな」
それだけを言ってアスランは部屋を出ていく。だが手枷を外した兵士がその場に残り、ラスティグを促した。
「お前はこっちだ」
「…………」
恐らくアスランの指示だろう。ラスティグは何も言わずに立ち上がると、素直に兵士の後をついて行く。
「お、おい……」
兵士に連行されるのを見て、先程までしゃべっていた男が心配そうに声をかけてくる。だがそれに振り向くことなく、ラスティグは黙って兵士の後に従った。
──────
通路を抜け階段をいくつか登ると、一つの扉が見えてくる。中へと入ればそこはこじんまりとした部屋で、開口部からは闘技の舞台が見下ろせるようになっていた。
「待っていたぞ」
いくつかある椅子に腰かけているアスランは、視線を舞台に向けたままラスティグに声をかけた。
「何故俺をここに?」
「まぁ待て。今いいところだ。ほら見ろ。ロヴァンスの騎士同士の闘いだ」
「っ──!!」
アスランの言葉にラスティグは闘技場へと視線を向ける。そこで闘っていたのは、騎士のセレスと囚人のナイルだった。
「……セレス殿とナイル殿が……」
「知り合いか。まぁそれはいい……あれは相当いい弓使いだな。あの体勢からの反撃は中々できん」
ナイルの連撃を何とか躱し、セレスが至近距離で反撃したことにいたく感心したようだ。その後も彼らの闘いぶりをアスランはどこか楽し気に見続けている。
「あの弓使いとやるのも楽しそうだ……くく……」
「…………」
意図が分からず顔をしかめるラスティグに対し、アスランは揶揄うように笑みを浮かべる。するとようやくそれに気が付いたかのように、アスランがラスティグへと視線を向ける。
「……次の試合をお前はここで見ていけ。その為に呼んだ」
「……次の試合?」
「あぁ、私が出るからな」
「っ!?……まさか、あれに?」
アスランの信じられないような言葉に、思わず聞き返す。あれだけの乱戦に国王自身が出るなど正気の沙汰ではない。だがさも当然といった口調で言い放つ。
「言っただろう?ティアンナの心を手に入れる為に闘うのだと。お前と同じ舞台に立たねば、己の力を示したことにはならない……まぁ流石に手枷は付けんがな、ハハ」
そう言って笑うアスランの豪胆さに、ラスティグは彼の王者としての器のでかさを見せつけられた気がした。
「お前の試合を見ていた……実に見事な闘いぶりだった。だからお前にも見てもらおうと思ったのだ。いずれお前と剣を交えることになるこの私の闘いを──」
そう言ってアスランは再び視線を闘技場へと戻す。既に騎馬兵が出ていて、闘いは終盤になっていた。
「ほう……あの二人、やはり勝ち残ったか」
その声に視線を向ければ、セレスとナイルは二人とも勝ち残ったようだ。無事な姿に、そっと安堵の息を漏らす。だが勝ち残ったということは、いずれ彼らとも戦わなければならなくなるだろう。複雑な思いが交錯するも、今はただ、彼らの無事を祝いたかった。
試合が終わるのを見届けたアスランは席を立つ。そして同じようにして立とうとするラスティグを制し、声をかけた。
「お前はここに残れ。そしてそこで見ているがいい──自分を殺すであろう相手の闘いを──」
そう言って不敵に笑うアスランは、ラスティグを残し、部屋から出て行った。




