2章125話 混戦
「なんだよあれはっ!!こんなの聞いてねぇぞ!!」
目の前の男が苛立たし気に怒りをぶちまける。それもそうだろう。普通の闘技とは違い、トラヴィス軍の弓兵どころか、騎馬兵まで出てきたのだ。
(ここで一気に減らすつもりか……)
闘技場の端にいる参加者を狙う弓兵とは違い、機動力のある騎馬兵は、明らかに人数を減らす為に投入されたものだろう。
既にこれまでの闘いで半分ほどに人数は減ったようだが、それでもまだ多い。最終的に10人が残るまでということだから、ここから多くの犠牲者が出ることが予想された。
「来るぞっ!!」
──ドドドドドッ!!──
誰かが叫ぶ声が聞こえた。それと同時に怒涛のような蹄の音が鳴り響く。かつてない規模の闘いに、会場には割れんばかりの歓声が上がっていた。
一方これまで参加者同士で戦っていた者達は皆、己の命を守るのを第一に決めたようだ。構える刃は向かってくる騎馬へと向けられ、その圧倒的な戦力に慄いている。
──ガァンッ!!ドォッ!!──
──ビュンッ!!ザザッ!!──
「うわぁっ!」
「ひぃぃっ!!」
馬上から振り下ろされる刃に倒れる者や攻撃をよける為に壁に身を隠す者。これ以上は無理だと弓兵の攻撃を掻い潜り棄権を申し出る者など、舞台の上は混乱のるつぼと化していた。
「くそっ!騎馬隊が相手なんて、命がいくつあっても足りねぇぜっ!!」
目の前の男は戦闘を放棄し、必死で身を隠す場所を探して動き始めた。
一方のラスティグは、騎馬兵達の動きを冷静に観察する。
(……狙っているのは囚人……そして部族の者達のようだ……)
ランダムに狙う相手を選んでいるように見せているが、騎馬兵が倒しているのは囚人と部族からの参加者が多いように見える。
それがアスランからの指示かどうかはわからないが、ラスティグにとって脅威になることは間違いない。弓兵とも連携して壁に隠れている者を炙り出すようにしているから、闘わずに時が過ぎるのを待つのは無理だろう。
──ヒュンッ!!──
「っく──」
すぐ間近に矢が突き刺さる。弓兵が狙いを定めたのと同時に、騎馬兵もラスティグの存在に気が付いたようだ。こちらへと向かってくる蹄の音が、土煙の奥に聞こえてくる。
(──まるで戦場だ──)
個々で動き回る闘技の参加者達と統率された兵士達では、圧倒的な戦力差がある。ましてや囚人として枷をつけられた状態では尚更だ。
荒野でアスランと対峙した時に感じたもの──王者としての貫禄とでもいうのだろうか。無意識の内に膝を折ってしまいそうになるような、そんな絶対的な力を見せつけられた心地になる。
実際にアスランは見せつけているのだろう。己の絶対的な王者としての力と権威を。そしてその前に誰もが跪くのを高みから見下ろしているのだ。だが──
「……この程度でやられはしない──」
不敵な笑みと共に零れた自信。土煙の向こうのには近づいてくる騎馬の影。槍を握り直しじっとそれを見据えてタイミングを見計らう。そして騎馬が近づいてきたその時──
──ビュンッ!!ガッ!──
土煙の中から騎馬が現れると同時に、その馬上へと鋭い突きを放つ。敵はラスティグが槍を持っていたとは思わなかったのだろう。胸当てに強烈な一撃を喰らい体勢を崩した。
──ヒヒィィンッ!!──
「うわっ──!」
──ドサッ──
興奮した馬が前脚を高く上げ、乗っていた兵士を振り落とす。
(今だ!)
「あっ!お前っ!!」
好機と見て取ったラスティグは、すぐさま馬の元へと走りこみ馬の背へと飛び乗った。
「はっ!!」
奪った馬に跨り、血生臭い戦場と化した舞台を走り抜ける。軍用に訓練された馬なのか、ラスティグの操作にも従順に応じてくれた。
(これならいける──!)
騎馬での戦いはラスティグにとってはお手の物だ。幸いにも騎馬で有利な槍まである。不利な状況が一気に好転した。
そのままラスティグは、近づいてきた騎馬兵の一人をすれ違いざまに槍で突き落とす。その瞬間、一際大きな歓声が会場から上がった。
──ワァァァァァァ!!──
囚人の思わぬ奮闘ぶりに、今や会場中の視線がラスティグへと集まっていた。だが注目されたお陰で、ラスティグが馬を奪った事が兵士達に知れ渡ってしまった。それぞれが狙いを定めて動き出す。
(左右からそれぞれ一騎ずつ──)
視線を巡らし近づいてくる敵の位置を把握すると、馬首を返しそれまでとは違う方向へと駆け出した。ただ追い立てられるのではなく、戦いの主導権を握らなければならない。
(来た──)
狭い場所へと誘導するように敢えて道を選べば、敵は後ろから二騎が追ってくる。ラスティグはそのまま障害物の近くを縫うように、時には弓矢避けの壁さえも飛び越えて馬を走らせた。
その見事な走りに、騎馬兵達は対応しきれていない。徐々に距離を離され、ついには障害物の一つに馬が慄いて歩みを止めてしまう。
「お、おい!」
急に前の騎馬兵が止まったことで、その後ろを追っていたもう一騎の騎馬兵は慌てて馬を制動するが──
──ヒヒィィンッ!──
「うわぁっ!!」
──ドサッ!!──
ぶつかり合う衝撃に、後方の兵士は見事に馬から転げ落ちた。前方の騎馬兵も同様に、興奮して暴れる馬の対処でラスティグを追うどころではない。
ラスティグはそんな後方でのやり取りを一瞥し、再び前へと視線を向ける。障害物で作られた狭い道の先に別の騎馬兵の姿が見えた。
「弓兵っ!!」
前方の騎馬兵は、櫓の上の弓兵に向けて叫んだ。すぐさま頭上の兵士達が矢をつがえる。
(……やはりそうやすやすと俺を勝たせるつもりはないらしい……)
執拗に狙われるのは、相手がトラヴィス王国の兵士だからかもしれない。彼らは荒野の大地で、ティアンナを連れたラスティグの姿を見ているのだ。王と敵対する囚人として、闘技の場を利用して直接手を下そうと言うのだろう。
──ヒュンッ!!──
「っ──」
風を切り地面に突き刺さる矢の音がすぐ近くで鳴る。前方の敵に恐れをなして足を止めれば、無数の矢の餌食だ。だが進む先は開けた場所。多くの兵士が待ち構えている。まさに絶対絶命──そう誰もが思った時──
「はっ!!」
一際大きな掛け声とともに、ラスティグは馬の腹を蹴った。そして──
「行けっ!!」
速度上げて駆け出す馬だけを先に行かせ、ラスティグはひらりと馬上から飛び降りた。
「なっ!?何ぃ!!?」
思ってもみない行動に目を剥く兵士達。慌ててラスティグの方へと騎馬を向けようとするも、馬だけが向かってくる為に近づくことができない。
そうしてもたついている内に、ラスティグはとんでもない行動に出ていた。
──ビュンッ!!──
「ぐわぁっ!!」
──ドザッ!!──
「っ――!??」
悲鳴を上げて落ちてきたのは、櫓の上にいたはずの弓兵。その肩口には槍が刺さっている。馬から降りたラスティグが、そのまま槍を頭上へと投げていたのだ。
「悪いな、もらうぞ」
「ぐぅっ……クソっ!囚人……ごときにっ……!」
痛みに悶絶する弓兵から、ラスティグは弓と肩掛けの矢筒を奪い取った。そして唖然とする周囲の視線をものともせずに、すぐに櫓を上り始める。梯子は外されているが、骨組みを伝えば登れないことはない。
「はっ……!ゆ、弓兵!何をしている!!すぐ攻撃せんか!!」
「はっ!!」
あまりの驚きに、兵士達も動きが止まっていたのだろう。慌てて櫓を上るラスティグへと矢が向けられる。しかしその攻撃は櫓の骨組みに邪魔をされ当たらず、そうしている間にラスティグは櫓の上へと登り切った。
櫓の上はかろうじて数人が立っていられるくらいの狭い場所。予備の矢筒も用意されているから、ここを陣取れば闘いを有利にできそうだ。
だが他の弓兵から狙われることを考えれば、特に身を隠すものがないこの場所は危険も伴う。周囲の様子を見ようと顔を出せば、すぐさま他から矢が飛んできた。
「……まずは厄介な弓兵か……」
そうつぶやくや否や立ち上がり、あらかじめ狙いを定めていた弓兵へと矢を向ける。
──ギリリ…………ビュッ!!──
素早く狙いを定め、弦を強く引き絞り解き放つ。大きくしなった弓から放たれた矢は、あっという間に隣の櫓の上にいた兵士の脳天を貫いた。
死を覚悟する間もなかっただろう。額から血を噴出した兵士は、真っ逆さまに落ちていく。闘技という娯楽を盛り上げる為とは言え、命の奪い合いに参加したのだ。己が身に降りかかる火の粉をそのままにしておくほどラスティグは優しくはない。
その後も次々とラスティグは矢を弓兵へ向けて放った。この場において最も脅威となる相手は、真っ先に潰さなければならない。容赦なく矢を射かければ、あまりの命中率の高さに、相手の戦意が消失する方が早かった。
最後の一人となった弓兵が、両手を上げ攻撃のする意思がないことを示す。ラスティグは狙いを定めたままその弓兵へと命じた。
「そのまま弓を下に落とせば狙いはしない」
「わ、わかった」
いくら兵士とはいえ、このような場所で死にたくはないのだろう。素直に自身の弓を下へと落とす。だがその行動を許さない者がいた。
「馬鹿者っ!何をしておる!!」
位の高そうな兵が居丈高な態度で弓兵の行動を罵り、馬から降りて落ちた弓と矢を拾った。そしてラスティグへと向けて構える。
「囚人ごときに我ら正規兵が侮られるなど、あってはならん!!」
そう言って矢を放つも、下からでは力が足りずに矢は櫓の中ほどの柱の間を抜けていくばかり。
「くそっ!!」
だが苛立ちに足を踏み鳴らしていた男は、周りが見えてはいなかった。
「おらぁっ!!」
「なっ!!」
兵士に襲い掛かったのは、他の参加者達だった。人数を減らすためとはいえ、騎馬という手段で攻撃してきた兵は、参加者達にとっては共通の敵だ。複数で取り囲んで襲い、ラスティグがしたのと同じようにして馬を奪う者までいる。孤軍奮闘するラスティグの働きに鼓舞されたのだ。
ラスティグもその様子を見て、騎馬兵に狙いを定め仕留めていく。既に騎馬兵の統率は乱れ、気が付けば敵味方入り乱れる大混戦となっていた。
今や命を惜しんで棄権する者はいなかった。皆、己の命を懸けてこの戦いを生き延びようと、血に塗れた剣を振るっている。惜しくも兵士の刃に倒れる者もいれば、兵士を討ち取り勝鬨を上げる者もいた。そうして何人もの体が闘技場の舞台へと倒れたその時──
──ゴォォォンンッ!!──
「……終わった……?」
「やった!!勝ち残ったぞ!!」
「うっ……生き残れた……」
終了を告げる銅鑼が鳴らされ、参加者達は歓喜の声を上げた。残った者が10人になったからか、兵士達が引き上げて行くのが見える。それと入れ替わるように、荒れた舞台を整える為の作業員らしき者がチラホラと出てきた。
「何とか勝ち抜いたか……」
囚人として参加した者で、勝ち残ったのはラスティグのみのようだ。安堵の息を漏らし弓を下すが──
「っ──!!」
──ギィンッ!!──
咄嗟に感じた殺気に、ラスティグは振り返りざまに防御の姿勢を取った。己の手枷の鎖を握りしめて頭上へと掲げると、強い衝撃と共に金属のぶつかり合う鈍い音がする。
「ちっ!しぶとい奴め!!」
襲い掛かってきたのは、騎馬兵として他の兵に指示を出していた男だった。
「何を──」
「貴様のせいで我らの面目は丸潰れだ!殺してやる……っ!」
「くっ……!」
怒りの形相でラスティグを罵倒しながら剣に力を籠める兵士。ラスティグはそれを鎖で防ぐも場所が悪い。櫓の縁の高さは腰よりも低く、反撃の為に蹴りを出せば後ろへと落ちかねない。
眼前に迫る刃に上体を逸らして堪えていると──
──ビュンッ!ダンッ!!──
「ぐあっ!!」
「っ──!?」
突然男が苦痛に顔を歪めた。鎖にかかる力がふっと横へ逸れ、剣を構えたままの体がぐらりと傾いたかと思うと、ラスティグの脇をすり抜け櫓の下へと真っ逆さまに落ちていく。その肩には深々と一本の矢が突き刺さっていた。
「一体誰が……」
何者かが矢を放ったのだ。
ラスティグはすぐさま矢が飛んできた方向へと目を凝らした。そしてそこにいる人物に目を見開く。
「……あれは……」
矢を放ったのは、貴賓席にいる国王のアスランだった──




