2章123話 生き残りを賭けた戦い1
埃っぽく薄暗い廊下の先に、光が差し込んでいる。そこは死闘の舞台への入り口。参加者達がそこへと吸い込まれていくにつれ、一際大きな歓声が溢れてくる。
──ワァァァァァァッ!!──
(この先にティアンナが待っている──)
ラスティグは歩みを進めながら、ティアンナの姿を思い浮かべていた。最後に会った時、彼女の美しい顔には悲痛な表情が浮かんでいた。
(……悲しい顔ばかりをさせている……)
思えばティアンナとの別れ際はいつもそうだ。再び会えるという保証もなく、彼女を一人、心細いままにしてしまっている。
ただその身を守ればいいだけではない。その心までも守らなくて何が騎士だ。そう思い、ラスティグは拳を握りしめる。
この試合はティアンナが見ている。情けない闘いは出来ない。彼女がその未来に希望を見いだせるように、全力を持って己の存在を示さなければならないのだ。
(必ず君を取り戻す──)
そう決意を新たにし、ラスティグはついにその舞台に足を踏み入れた──
──ワァァァァァァ!!──
割れるような歓声が耳に響く。しかしラスティグ達の真っ先に目に飛び込んできたのは、賑わう観客席の様子ではなかった。
「何だあれはっ──!!?」
「おい!こんなの聞いてないぞ?!」
普通とは違う様相を呈した闘いの舞台に参加者達がどよめく。それは想像していたのとは大きく異なるものだった。
舞台には、まるで戦場であるかのように見張り台のような櫓がいくつかそびえており、上には弓を持った兵士が立っている。
そして下には所々に身を隠せるような低い壁のようなものが出来ていた。おそらくそれで上からの攻撃を避けろということなのだろう。参加者同士の戦いに加えて、櫓の上からの急襲もあるわけだ。
(武器が無い状態でこれは──)
また闘技場には複数の出入り口から出てきた他の参加者達の姿も見え、その数の多さに改めて驚く。生き残りをかけた闘いに皆、酷く殺気立った様子だ。そして──
──ゴォォォンンッ!!──
参加者全員が会場内に入るや否や、大きな銅鑼の音が鳴り響いた。闘技開始の合図だ。
「いけ!武器を持っていないヤツから攻めろ!」
「おぉぉっ!!」
銅鑼が鳴るとすぐに各所で怒号が飛び交う。殺気立った者達が真っ先に囚人達へと襲い掛かった。
「っ──」
ラスティグはすぐさま戦況を判断し、他の囚人達から離れた。動き回らなければ狙われる。そして自らも攻勢に打って出る為に、何とかして武器を手に入れなければならない。
──ギィンッ!ガッ!!──
──ザシュッ!!──
「一人そっちへ行ったぞ!周りこめ!!」
「うわぁぁあっ!!」
逃げ惑う囚人達。中には抵抗を試みる者もいたが、周囲を複数人で囲まれてしまえばひとたまりもない。全員が敵同士ではあるが、囚人を真っ先に狙おうというのは皆同じ考えのようだ。
ラスティグは狙いを付けられないように走り回りながらも、周囲の様子を観察する。するとあることに気が付いた。
(──どうやら同じ部族の仲間同士で連携を取っているようだな……)
似たような格好をした参加者達の姿がチラホラと見える。特徴的な衣装。きっと同じ部族の者同士なのだろう。最初の組み分けである程度の人数が分けられたようだが、それでも彼等は仲間がいる分、有利なようだ。
(狙い目は一人でいる奴だ──)
ラスティグはそう考えて更に視線を巡らせた。単独の相手であれば、素手でもある程度闘えるだろう。
だが急がなければならない。人が減ればそれだけ武器を持たない者は目立ってしまう。まだ多くの囚人が残っている今しかチャンスはないのだ。
(いた──!)
ラスティグはすぐさま狙うべきその相手を見つけた。腕にそこまで自信がないのか、周囲の様子を窺いながら、壁際で気配を殺している。
「っ──!」
ラスティグが近づくと、男はハッとしてこちらに振り向いた。
怯えるような視線を向けるも、ラスティグが囚人と気が付くとすぐに下卑た笑みを浮かべる。素手の相手ならば勝てると踏んだようだ。
壁際を離れこちらへと近づいてくる男。ラスティグは慎重に周囲を警戒しつつ、男の方へと近づいた。
(──来る──っ!!)
相手の間合いに入ったのを感じた瞬間、男は大きく剣を振りかぶる。
──ビュッ!!──
しかし振り下ろされた刃は、呆気なく空を斬った。男の目が驚きに見開かれるのを待たずして、すかさずラスティグは懐へと潜り込む。
──ガッ!!──
「ぐぇっ……!!」
手枷の鎖を巻いた拳を思い切り腹にぶち込めば、堪らず男はつぶれた蛙のような声を出して前へと倒れこむ。留めに首筋へと鋭い手刀を落とせば、相手は完全に意識を失ったようだ。
──ドサッ……!──
(……よしっ……!)
ラスティグはすかさず気絶した相手から武器を奪った。
前腕の長さよりも僅かに長いだけの曲刀。片手で扱うその武器は、いつも使っている剣よりも随分と軽い。だが使い慣れたものではなくとも、何も無いよりましだ。
ラスティグは新たに手に入れた武器を握りしめ、視線を闘技場の中央へと向けた。
中央付近は未だ混戦を極めているが、既に囚人達はやられたのか、今は武器を持った参加者同士で闘っている。
(ここで今しばらく人数が減るのを待つのが賢明か……だが──)
ラスティグは先ほどから気になっていたことがあった。それは闘技が始まってから今に至るまで、櫓の上の兵士が一度もその弓を引いていないということだ。
(……時を待っているのか……?それとも……)
混戦となっている中央付近に矢の雨が降れば、ひとたまりもないだろう。だが兵士達にその様子はなく、じっと闘いを静観している。
最初は櫓の存在に慄いていた参加者達も、弓矢が降ってこないとわかると、目の前の相手を倒す事だけに集中している。またラスティグと同じように、人数が減るのを端の方でじっと待っている者もいた。
時間が経過するにつれ、闘い続ける者とそうでない者の差が出ている。それが誰の目にも明らかになった時──
──ゴォォォンンッ!!──
再び会場内に銅鑼の音が大きく鳴り響いた。
それを合図にして、それまで人形のように動かなかった櫓の上の兵士達が弓を構え出す。引き絞ったその弓が狙うのは──
(まずい──っ)
──ビュッ!!!──
──ダンッ!!──
「うわぁぁぁっ!!」
「ぐあうっ!」
矢が壁に突き刺さる鋭い音が響く。直撃を受けた者は、その痛みに悶絶し倒れこんでいた。
櫓の上から降り注いだ弓矢は、ラスティグ達のいる闘技場の端の方を狙っていた。
(くっ……あくまでもあの乱戦の中で闘い続けろということか!)
弓兵は中央付近の闘っている者達は狙っておらず、端の方で闘いを傍観していた者達に向けられていた。
ラスティグはすぐさまその場を離れ、最も激しい死闘が繰り広げられている中央へと走り出す。そこには多くの敵がいるが、遮るものが何もない状態で弓兵に狙われる方が危険だと判断したのだ。
(──ここからが本番だ……やってやる……!)




