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薔薇騎士物語  作者: 雨音AKIRA
第2章 トラヴィス王国編 ~砂漠の王者とロヴァンスの花嫁~

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2章121話 エドワードの交渉


「まさか次期ロヴァンス国王が自らやってくるとは恐れ入ったな」



 ラーデルスの護衛に扮してアスランの前に現れたのは、ロヴァンス王国の王太子ノワールその人であった。


 国境の大森林を開拓し、その先にある抜け道を発見した彼らは、そのままトラヴィスの北東部へと抜け、峡谷に身を潜めていたユリウスと共に首都ヴィシュテールまでやって来たのである。



「このような形で御前に現れましたこと、誠に申し訳なく思っております。ですが非常に重要で緊急な案件につき、ラーデルスの使者殿に無理を言って、護衛という形で付き添わせていただきました」



 ノワールは申し訳なさそうに眉を下げながらも、その言葉には有無を言わせぬような強さがあった。何としてもこの機会をものにするという気概がそこに窺える。


 それをアスランもわかっているのだろう。王太子の突飛な行動に驚きつつも、注ぐ視線は剣のように鋭い。挨拶もそこそこに本題を切り出した。



「──それで王太子自らが来たのには、どういう理由があってのことかな?」


「……恐れながら申し上げます。今回私が参りましたのは、我が国とラーデルス、そしてトラヴィスとの三国の国境沿いにある、新たな街道の開発について話し合う為です」


「新たな街道?」


「えぇ。北東地域の山脈近くに北へ続く深い洞窟があるのをご存じでしょうか」


「……いや、あそこはミンドラの土地ゆえ、そこまで詳しくはない。確かに峡谷や洞窟は多い印象だが……まさかその洞窟が?」


「えぇ、まさにその洞窟こそが新たな街道なのです。私は今回、その未知なる洞窟を通ってこの国にやってきたのです」


「本当にそんな道が?……っそうか……それでテヘスがラーデルスへ…………」



 ノワールの言葉に、アスランはイサエル達がどのようにしてラーデルスへ攻め入ったのか納得したようだ。


 国境沿い──特にラーデルスのある東側はかなり険しい山脈が連なっており、人の足でその山を越えるのは困難であった。


 だが一方で地下に広がる洞窟は長大で、その中の一つが隣国まで通じていることが此度の調査で証明されたのだ。



「洞窟は入り組んでおりましたが長年使用されていた形跡があり、おそらく以前からそこを通って貴国の民が北側へやって来ていたものと思われます。あの辺は盗賊の被害が非常に多い地域でしたので、その中にもいたのかもしれません」


「ミンドラの奴らに長年、出し抜かれていたわけだな……おそらく先祖代々受け継がれていた秘密の道だったのだろう。まさか隣国まで通じているとはな……」



 アスランは驚きを隠せずにそう告げた。多民族国家という特性上、一族に秘匿された場所まで把握することは難しいだろう。だがここで一つの可能性が提示されたわけだ。



「ロヴァンスとしては、貴国との間に正式な交易路を作りたいと思っております。今までの西側の山越えの道もありますが、多くの物資や人を動かすには険しい道のりです。ですが東側の道であれば──」


「山越えよりもたやすく行き来できる……ということだな?」


「左様でございます」


「なるほど……」



 ノワールの言葉に、アスランはしばし考えこんだ。アスラン自身はその洞窟を見ていないから、どれだけの規模なのか、また自国にどれだけの利があるのかを思案しているのだろう。



「ふむ、まずは調査が必要だな。正確な場所を知りたい。調査にあたり貴国の者を同行させることは可能か?」


「勿論でございます。また洞窟内部には既に開発の為に、ある程度の人員と物資を入れておりますので」


「ならばすぐに向かわせる。だがあの辺の土地の民はかなり好戦的だぞ?」


「それについては我が国も、武に関しては引けを取らない自信がございますので心配ないかと」



 話がうまくまとまりかけて、ノワールは俄かに笑みを浮かべる。だがここから先が重要であることは忘れてはいない。



「……それで問題となりますのが、その交易路の扱いについてです」


「国境……だな?」


「えぇ」



 アスランの問いかけに、ノワールは神妙に頷いた。以前より国境についてはロヴァンスとトラヴィスとの間でしばしば争いの火種となることがあり、多くの血が流れる結果となっている。何せトラヴィスは多民族国家。一枚岩ではない分、国境の扱いには非常に気を遣う。



「それについてはラーデルスから提案が」



 とここでエドワードがくちばしを挟んだ。元より使者として正式な謁見を申し込んだのは、ラーデルス王国の側である。特に国境の扱いについては、ラーデルス国王ノルアードより直々に指示されている為、ここで黙っているわけにはいかない。



「まずは我が国王陛下からの書状をご覧ください」



 そう言ってエドワードが出したのは、抜け道を通って新たにもたらされた書状である。


 大森林の奥に抜け道が発見されてすぐに、早馬がラーデルスの王都ラデルセンへと走り、ノルアードに情報がもたらされた。そしてすぐに抜け道の交易路化についての書状がしたためられたのである。


 そうした経緯を経てやってきた新たな書状は、エドワードを通じて無事にアスランの手に渡った。だがそれを読み始めてすぐに、アスランの表情が曇る。



「……街道の共同管理……これは……難しいのではないか?」



 ノルアードが提案したのは、国境を線引きするのではなく、あくまでも共同の所有として管理することだった。これにはロヴァンスも賛成の意を示していたが、アスランはそうではないようだ。


 エドワードはあえてその原因について言及する。



「それを難しく思うのは、その土地の所有が王様の一族とは違う一族の者達だからでしょうか?」


「……それもあるな。国境近くの部族は、特に従えるのが困難だ」


「ですがそれは国境を線引きしたとしても同じ事でしょう。ましてやあの地域の者達は此度、王様への叛意を見せたと聞きます。それをそのまま放置なさるおつもりなのでしょうか?」


「いや、それはない。だがミンドラの土地を完全に取り上げるとなると、他の部族が過敏に反応するだろう。それは困る」


「なるほど……難しいところですが……しかし我が国にとってこれは譲れない事。この抜け道の存在が明らかとなったことで貴国の民が、我が国とロヴァンスの王族に刃を向けたことが証明されたも同然なわけですから」



 エドワードはそう言って、自らの胸に手を当てる。トラヴィスの者達に命を狙われたのは、他でもないエドワード自身だ。その時の侵入者達が着ていた物や持っていた武器は、未だ証拠として残してある。いつの日かその罪の在り処を確かなものにする為に、並々ならぬ執念を持って彼はこの場に挑んでいるのだ。


 だがエドワードの追求は、アスランの機嫌を損ねたようだ。低く鋭い声が頭上から降って来る。



「……何が言いたい」


「我々には、貴国への賠償を求める用意があるということです。貴国の管理不足により、我が国が多大なる被害を被ったのは、れっきとした事実。歴史的に貴重な書物やその他多くの芸術品、そして何より国境沿いの重要な拠点である城が、貴国の民によって焼失させられたのですから」


「それについては我が国の預かり知らぬことだと、以前そう言ったはずだが?」


「それはあくまでも抜け道の存在を知らなかった頃の話。王様自身、そうおっしゃったではありませんか。知らない道だったと。ですが貴国の一族が代々受け継いできた道でもあるのだろうと」


「…………」


「洞窟の中も既に調査が進んでおります。我が国から盗まれたと思われる物資の数々が、貴国の側の洞窟内やその外にある峡谷にも多く発見されました。これでも貴国に責任が無いと仰せでしょうか?」



 そう言ってエドワードはじっとアスランを見据えた。こと交渉事に置いてエドワードほど長けた者はいないだろう。じっくりと相手の情報を仕入れ、それを使って上手く交渉を運ぶ算段をする。今回はノワール王太子というより地位の高い人物が共にいたことで、ラーデルスの思惑が上手く大国ロヴァンスの思惑に隠れた形となったのだ。



「……こちらが否と言えば、どうするつもりだ?」


「それは勿論、共同管理の中に貴国が入らないまでのこと。管理事態は洞窟内全てが対象となるので、実質的な貴国の国境は、貴国側の洞窟の出入り口までとなるかと存じます」


「っ……うまく揚げ足を取りおって……ラーデルスとロヴァンスの両国で、我が国を締め出すというのだな?」


「締め出すなどと人聞きの悪い──被った損害のほんの一部を返してもらうに過ぎません」



 そう言ってエドワードはその美しい顔に艶やかな笑みを浮かべた。まるで勝利を確信したようなその様子に、アスランは苦々しい思いが胸に広がる。


 アスランにとって北側諸国への交易路については、自国内の問題を片付ける事に比べれば二の次のことであった。そこに注力するよりも、テヘスの一族を一掃し、各部族をまとめ上げることの方が重要だったからだ。だが事態はそうも言ってはいられないようだ。



(ラーデルスごときと侮りすぎたか……)



 直接通じる道が無かった以前は、関わりの無い国の事と捨て置けたが、道が繋がった今となっては、喉元に刃を突き付けられたも同然だ。いつ何時その抜け道から攻め入れられてもおかしくはない。


 ましてや相手は今や大国ロヴァンスとの繋がりが深い国。二国と接する道から締め出されることは、交易の面でもトラヴィスにとっては大きな痛手となる。



「……わかった。その要請、受け入れる方向で調整しよう。賠償についても交渉したい」


「ありがたき幸せに存じます、王様」



 こうしてエドワードの交渉は、見事成功を収めたのである。



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