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薔薇騎士物語  作者: 雨音AKIRA
第1章 ラーデルス王国編 ~薔薇の姫君と男装の騎士~
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1章3話 王女と令嬢達



 ロヴァンスのキャルメ王女一行がラーデルスに到着してから数日──初日の謁見以降、この国の王太子であるノルアードと会う機会はなく、暇を持て余した王女は庭園の東屋で時を過ごしていた。


 そこへ好奇心や猜疑心あふれる視線とともに招かれざる客が現れたのは、午後を少し過ぎた頃のこと──



「ロヴァンスの姫君という方にお会いしたいのだけど」

 


 美しい花々が咲き誇る庭園の小道から、数人の貴族令嬢がやって来る。道を塞ぐようにして控えている侍女に言づける声から察するに、友好目的ではなさそうだ。


 テーブルを囲んで護衛騎士達と談笑を交わしていたキャルメ王女は、面白そうに令嬢達へ視線を向けると、そばにいるティアンナに話しかける。



「さっそくアトレーユの出番がやってきたようね」



 ニヤリと悪戯っぽく笑いかける王女に対し、ティアンナは護衛騎士アトレーユとして冷静に対応する。



「そのようです。私にお任せください。姫様」


    

 お手並み拝見といった様子で、王女は取り出した扇で優雅に口元を隠しながら微笑した。



「あら、こちらが件の王女様ですか?田舎騎士たちと一緒にいるどこの庶民かと思いましたわ」



 開口一番、安っぽい嫌味を放った令嬢に対し、思わず吹き出しそうになる護衛騎士達。しかし王女はこのような展開を見越して既に扇で口元を隠していた為、取り乱すことなく泰然としている。隙を見せないところは流石だなとアトレーユは思った。


 一方他の護衛達は田舎騎士と揶揄されたのを気にもせず、隊長であるアトレーユがどのように対処するのか興味深そうに見守っている。こういった場面での傍観者とばかりの態度はいつものことであるが、アトレーユにとって面白いものではない。


 後で覚えていろよと思うものの、しかし表情を変えることなくすっと席を立ち、アトレーユは令嬢達の方へと体を向けた。



「私は王女の護衛隊長を務めております、アトレーユ・ポワーグシャーと申します。以後お見知りおきを」


 優雅に礼をとる美貌の騎士に、令嬢達は一瞬にして怯んだ。田舎者と揶揄した騎士の美貌に、目をこれでもかと見開き驚愕している。その様子に早速勝利を確信し、アトレーユは彼女達へ提案した。



「王女が一緒にお茶をどうかと仰せられております。このように美しいお嬢様方と、素晴らしい時間を過ごせるかと思うと、私も嬉しく存じますので是非に」



 絶世の美男子に澄んだ紫色の瞳で見つめられ、しかも極上の笑顔で美しいとまで褒められれば、令嬢達の敵意はあっという間に霧散したようだ。


 その様子を目にした王女は、よくやったと扇を閉じ、にこやかに令嬢達にむけて声をかけた。



「わざわざこちらまで足を運んでいただいて、申し訳なく思いますわ。折角ですので一緒にお茶をいかがですか?私の騎士達も、あなた方とご一緒したくてうずうずしておりますのよ」



 うふふと可愛らしく微笑む様子に、腹の内は全く垣間見えない。そこは王族として当然の嗜みといったところか。王女は早速、令嬢達からこの国の情報収集をすることに決めたようだ。


 王女を攻撃しようと勇んできただろうに、令嬢達はアトレーユの美貌と王女の気さくな態度に、毒気をすっかり抜かれてしまったようだ。顔を赤らめながら、椅子を引くアトレーユを目いっぱい意識して、優雅な所作で席へ着く。



「王女殿下の騎士様はとても素敵な方ですね」



 黙っているのをこらえきれなくなった令嬢の一人が、アトレーユに熱い視線を向けて話題をふる。



「アトレーユは幼馴染です。幼い頃から仕えてくれて、私のためにこちらの国へもついてきてくれたのです」


「まぁ、幼馴染み」


「こんな素敵な幼馴染みがいらっしゃるなんて羨ましいですわ」



 王女の話を聞きながらも、令嬢達の視線は、うっとりとアトレーユに注がれている。このような展開は割りといつものことなので、他の護衛達はすぐに興味を失ったようだ。テーブルから離れすぎない所で、周辺を警備している。


 女性達が集まり、話題にのぼるのはやはり美しい騎士のこと。アトレーユのおかげで大いに話に花が咲いた。恋人はいるのかとか、ポワーグシャー家のこととか、次々と投げかけられる質問に、アトレーユは内心辟易しつつも、令嬢達の気に入るような会話になるよう努めた。


 しばらくは令嬢達の話にあわせていたが、彼女たちの口が軽くなってきたところで、王女は自分の知りたかった話題へと、話を切り替えた。



「ところで、王太子のノルアード様はどういった方なのですか?」



 ラーデルスにきて数日経つというのにノルアード王子は姿を見せず、王女は放っておかれている状態だ。



「ノルアード様ですか……」



 少し困ったように顔を見合わせる令嬢達。やがて一人の令嬢が神妙な面持ちで口をひらいた。



「ノルアード様は第4王子でいらっしゃるのだけど、私たちは最近まで、その存在を知らなかったのです」



 思いもよらない話に、王女たちは驚きを隠せなかった。



「どういうことです?彼は自らを王太子とおっしゃっておりましたが……」



 王女の婚約者候補が、得体のしれない人物のようで、アトレーユは気分が悪い。



「それが、第2、第3王子たちが、こぞって次期国王の座を狙って、とも倒れしたとかなんとか。いつのまにか、第四王子というノルアード様が立太子されたのです。私たちには寝耳に水の出来事でしたわ」



 淡々と説明するその令嬢は、侍女がいれたお茶を口に含むと、ため息をついた。彼女達も、ノルアードが立太子したことには疑念を抱いているらしい。



「私たちは、第2王子のサイラス様か、第3王子のエドワード様の妃となるべく育ってきたのに、いきなり知らない第4王子のノルアード様がいらして、困惑しているのです」



「皆様も妃候補なのですか?」



 キャルメ王女は驚いた様子で、令嬢達に聞いた。



「ええ。ロヴァンスの方はご存じないかもしれませんが、我が国では、貴族の娘はみな、次期国王となられる方の妃候補なのです」



 彼女達の話によると、ラーデルス王家は政治的な理由と血筋を絶やさぬ為に、代々貴族の娘達から何人も妃を娶るのが普通らしい。現国王も妃の数はこれまでに数十人近くいるという話だ。


 初めて聞くラーデルス王家の実情に、キャルメ王女たちは、自国との違いに驚いている。



「これまでは、国内の貴族の娘を妃にという慣習でしたのに、隣国とはいえ、ロヴァンスの方をお迎えするのは、初めてですわ。だから、どんな方がいらしたのか気になって……」



 そう言った令嬢は、気まずそうに俯いた。最初の自分達の態度を気にしているらしい。しかしもたらされた情報は非常に有益である。



「でも、ノルアード様は私たちにあまり関心がないようなの。立太子なさったのに、妃候補を選びもしないのだもの」



 続けてもう一人の令嬢が不服そうに言葉を重ねた。これまでの慣習通りならば、彼女達は今頃正式な妃として召しあげられていても可笑しくないから、その不満も当然だろう。



「変な話ですね。私はラーデルス王家の要請で婚約者候補として、こちらへ来たのに」



 そう、あくまで婚約者の候補だ。


 予想以上にラーデルス王国の情報が足りていなかったことに、アトレーユは自分達の無力さを痛感した。これは王女を守るべき立場にあるポワーグシャー家の責任である。



「もしかしたら、ノルアード様が立太子なさったことが関係しているのかもしれませんね」



 今まであまり口を開かなかった一人の令嬢がそう声を上げた。茶色の長い髪の落ち着いた雰囲気の女性で、ナバデール公爵家のレーンと言うらしい。


 彼女は他の令嬢と異なり、妃候補のとライバルとなるキャルメ王女に対して、何の感情ももっていないように見える。だが彼女が続けた言葉には注意を向けずにはいられなかった。



「私たちはノルアード様の妃になれなくても大丈夫ですけど、中には王女様をよく思っていない方もいらっしゃいますわ。そう、リアドーネ様とか」



 穏やかな微笑を湛えつつも、どこか冷ややかさを感じる目差しでレーンは淡々と話す。



「リアドーネ様は第2王子のサイラス様の幼馴染で、正妃に一番近いといわれていた方なのですけれど、ノルアード様の立太子に反対なさっているのです」



「国王陛下はご病気だとかで、ノルアード様の立太子についても、正式なものではないという噂もございます。サイラス様やエドワード様も、まだ廃嫡が決まったというわけでもないそうですし……」



 令嬢たちは言葉を濁しながらも、王家の内情をどんどん漏らしてくれる。キャルメ王女は、話の内容はともかくとして、彼女たちの様子に気をよくし、自分の味方につくよう仕向けることにした。



「まぁ……そんな方の婚約者候補だなんて、とても不安で仕方ないわ。アトレーユもそうおもうでしょう?」



 不安そうに瞳を潤ませながら、上目遣いする王女をみて、その意図をすぐさまくみ取ったアトレーユは、ハッキリと宣言した。



「私が命に代えても御身をお守りいたします。ご安心を、私の薔薇姫」



 アトレーユは跪いて王女の手を取り、優雅な所作でその手に接吻をした。


 美しい騎士が命がけで王女を守るという姿は、令嬢たちの心をおおいにくすぐったようで、顔を赤らめ黄色い声を上げて騒いでいる。



「アトレーユ様のような素敵な騎士様に守っていただけるなんて、うらやましい限りですわ。私たちにもそんな騎士様がいらっしゃればいいのに!」



 興奮した令嬢の一人がクロスを掴んで感動に打ち震えている。他の令嬢達も同意したように頷きつつ、再びアトレーユへとうっとりとした視線を向けた。


 意図していた方向へ誘導できてご満悦の王女は、はちみつのように甘い微笑みを彼女たちに向けた。



「よろしければ、これからもこうしてご一緒していただけますでしょうか?アトレーユたちも、きっと喜ぶと思いますわ」



 これからもアトレーユと同席する許可を得られて、令嬢たちはとても嬉しそうだ。貴族の令嬢の所作も忘れ、騒いでいる。



「そうですね。この国のことはあまり存じ上げませんので、お嬢様方からお話を伺えるのは大変助かります。またご一緒させていただけると嬉しいのですが」



 まるで愛を乞うような笑みを令嬢たちに向けるアトレーユ。怪しくきらめく紫色の瞳は、吸い込まれそうなほど蠱惑的だ。これがとどめとなり、令嬢たちは、麗しき銀髪の騎士の虜となった。


 それはキャルメ王女の前にひれ伏したのも同然である。王女はラーデルス王国の内情を知るため、目的のものを手に入れた。


 もじもじと顔を真っ赤にして返事のできないでいる令嬢達を代表して、一人が口を開いた。



「そ、そういうことでしたたら、喜んでお付き合いさせていただきましょう。王女様のお役にたてて大変光栄ですわ」



 王女をだしにしてアトレーユの前で自分の価値を示せることが嬉しいのだろう。体を硬くして頬を赤らめ、わざと視線をそらしているその様は、アトレーユを意識していることが丸わかりだ。


 彼女達の様子を遠巻きに見ていた護衛騎士の一人が、ついおかしくて吹き出しそうになったのを誤魔化すため、ごほごほとわざとらしく咳払いをした。彼らにとって隊長であるアトレーユが繰り広げる疑似恋愛劇場は、面白おかしい男装喜劇たからだ。


 仕方のない奴だと思いつつアトレーユがそちらの方へ視線をむけると、城の方から見知った人物がこちらへ向かってくるのが見えた。


【人物紹介】

 

     挿絵(By みてみん)   

     挿絵(By みてみん)

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