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薔薇騎士物語  作者: 雨音AKIRA
第2章 トラヴィス王国編 ~砂漠の王者とロヴァンスの花嫁~

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2章115話 受け入れられぬ気持ち


 酷い頭痛を覚え、意識が浮上する。長く暗い洞窟から抜け出すように、ティアンナはゆっくりと目を開いた。



「う……」


「あぁ、お妃様!目覚められたのですね!」



 声を上げればすぐに侍女が近寄って来る。以前後宮でティアンナの世話をしてくれた者だ。



「お水を飲まれますか?喉が渇いておいででしょう」


「……あぁ」



 侍女に手伝ってもらい身を起こせば、水の入った杯が手渡された。それを飲み干し喉を潤せば、ようやくぼんやりとしていた意識がはっきりとしてくる。



「……ここは?」


「こちらは王宮の一室ですわ。後宮では警備の兵を直接つけられないのでこちらに。王様も大変心配されておりましたよ。怪我もなさってましたし、疲れもあってか中々お目覚めにならなくて……」



 その言葉で再びアスランの元に戻ってきたことを思い知らされる。未だはっきりとしない記憶の中でも、あの荒野での一連の出来事は鮮明に思い出された。



(ラスティグは……無事なのか……?)



 解毒剤で処置されたとはいえ、あの怪我だ。ましてや敵対するアスランに捕まり、その後の安否もわからない。不安な気持ちのまま侍女に問いかける。



「私と共にいた人のことは……」


「え?王様ですか?」


「いや…………何でもない……」



 思わず聞いてしまったが、侍女達はラスティグについて何も知らないのだろう。後宮という鳥籠の住人である彼女達が外の出来事について詳しいとは思えないし、そもそもアスランが知らせると思えない。


 仕方がないのでティアンナはこれまでのことを聞くことにした。



「……私が戻ってからどれくらい経ったかわかるか?」


「……えぇと、確かお妃様が王様と共に戻られたのが一昨日ですわね。闘技場の一件からは二週間ほどが経っていますわ」


「二週間…………そうだ!闘技場で私と一緒にいた妹達のことは?何か聞いているか?!」


「え?!えぇと……」



 闘技場という言葉を聞いて、ティアンナはあの場で別れた妹達の事を思い出した。あの時は自分のことで精一杯で気が回らなかったが、果たして無事だろうか。


 狙われたのは水上にいる自分やアスランだったが、観客席の方がどうなっていたのかまではわからない。エドワードや彼の護衛が付いていたから心配ないとは思うが、あの混乱の中では安心はできない。


 そんな不安に苛まれていると、思わぬ所から答えが返ってきた。



「安心しろ。お前の妹達は皆、無事にお前達の国の商会にいる」


「…………アスラン様……」



 問いに答えたのは他でもないアスランだった。金糸で彩られた白い布をゆったりと纏い、王者の風格を漂わせながら部屋へと入って来る。



「目覚めたのだな。心配したぞ。一向に起きる気配がなかったからな」


「……それは……」



 アスランの言葉に、ラスティグと引き離されてからの記憶がない事に気が付く。



(……どういうことだ?侍女の話が本当なら、あれから何日も経っているはず……)



 そんなにも長い間、自分は意識を失っていたのだろうか。途端に己の記憶が不確かなものに感じて不安になる。


 すると困惑した表情に気付いたのだろう。アスランは寝台に腰かけると、ティアンナの銀糸の髪を指で梳きながらため息を零すように呟いた。



「鎮静の香は異国人のお前には効きすぎるようだ。今後はあまり使わないようにせねばならん」


「……鎮静の香?」


「気分を落ち着かせて眠りに誘う香のことだ。あの時のお前は随分と取り乱していたからな。少し薬を使わせてもらった」



(……それで意識が無かったのか……だが眠りに誘うものとはいえ、なんて恐ろしい……)



 アスランの言葉にどういうことか納得するも、同時に身体の自由を簡単に奪われる物があることに恐怖した。


 そんなティアンナに対し、アスランはどこかいつもの覇気がない。その七色の瞳を不安げに揺らし、ティアンナを見つめてくる。



「逃げたり、己を傷つけたりせぬようにと使ったのだが……このまま目が覚めぬかと思って心臓がつぶれるかと思ったぞ……本当によく無事で戻った……」


「っ──……」



 そう言ってアスランはティアンナを腕の中に閉じ込めた。


 どこか必死な様子のアスラン。まるで本気で心配していたかのように、強く抱きしめられる。


 だがこれまでの経緯を考えれば、囮の為にアスランが花嫁を求めたことは明白だ。危険が伴うことも承知でティアンナを受け入れていたはず。



(……思えば初めからだ……国境沿いでも……闘技場でも……最初からアスランはこうなるとわかっていたんだ……)



 このトラヴィスに輿入れする時から、ティアンナはイサエル達をおびき寄せる為の餌だったわけだ。そしてそれは恐らくイサエル達にとっても同じだったのだろう。アスランを出し抜く為に、ロヴァンスの花嫁を利用したのだから。



(そしてあの峡谷で彼等はぶつかった……)



 峡谷の戦いがその後どうなったかまでは知らない。だがあれが奪われた花嫁を取り戻す為のものではなかったのは、あの場にいたティアンナ自身が良く知っている。



(あれで私は囮としての役目を終えたわけだ……)


 

 だからこそラスティグが迎えに来たのだろう。囮の役割を果たした自分を祖国に帰す為に。そしてその為の約定も、あらかじめ決められていたと言っていた。だが──



(またこうして戻ってきてしまった……アスランの手の中に……)



 決して逃さないとでも言うように、アスランはその逞しい腕の中にティアンナを閉じ込めている。どこか苦し気に見えるのは、囮にしたことを後悔しているからだろうか。



(……けれど彼はこのトラヴィスの王だ。それ以上でもそれ以下でもない)



 非情な決断の下に、花嫁を囮にした冷酷な王。それが為政者として正しいのかどうかは、わからない。けれどこうして縋るように抱きしめられると、途端にどうしていいかわからなくなる。でもそれはきっと、受け入れるべき感情ではないと心のどこかで分かっているからだ。


 複雑な心境でじっとしていれば、暫くしてアスランが腕を解いた。そして少し切なげに瞳を揺らしながら身を離す。



「……腹がすいただろう。食事を持ってこさせよう」



 そう言ってアスランは片手を上げて侍女に指示を出した。すぐにその意を受け取った侍女が部屋を出て行く。



「……」


「……」



 二人きりになり、どちらともなく沈黙が落ちる。一時はどこか気安さがあった二人の距離だが、今は明らかに溝があった。それはティアンナ自身の心がはっきりとしたからかもしれない。


 だからこそ、その問いかけをするのを止めることはできなかった。



「あの……」


「──なんだ?」


「……彼は…………ラスティグは……どうしていますか?」



 その問いがアスランの機嫌を損ねるだろうことはわかっている。だがそれでも聞かずにはいられなかった。



「……あの男のことが気になるのか」


「…………」



 穏やかな表情から一転、アスランの凍えるような声音に思わず口を噤む。沈黙はその問いかけに肯定したのも同じ。


 けれど否定することはできない。ラスティグの安否を知れるなら、他の何を犠牲にしても良いとさえ思うから。


 静かに目を伏せて答えを待つティアンナに、アスランは深く長いため息を吐くと、意外にもあっさりとその答えをくれた。



「…………はぁ……奴は随分としぶとい男だな……あの毒を受けてもまだ生きている」


「っ……そう、……ですか……」



 あからさまに喜びを表に出すのは躊躇われて、ティアンナはそう言葉を濁した。だがアスランにはその感情は筒抜けだったのだろう。苦い物を噛み砕いたかのように顔を歪めている。


 それでもアスランは、ティアンナから目を逸らさずにいた。


 そしてティアンナもまた、そんなアスランを見つめ返した。



「ティアンナ……」


「っ……──」



 アスランの大きな掌が、寝台に置いたティアンナの手に重なる。


 王でありながら自ら剣を振るう彼の手は、騎士と同じようにごつごつとしていて硬い。


 敵を屠りその手を血で染めることも厭わないアスラン。初めはそんな彼の纏う獰猛な気迫を恐ろしいと感じていた。


 けれど今、ティアンナに触れるその手は驚くほどに優しい。慈しみと気遣いに溢れ、どこか不器用に伝わってくるその熱が、彼の想いを表しているようで。


──けれどそれに応えることは出来ない。



(……あまりにも違う……彼とは……)



 アスランは絶対的な王者だ。逆らう者には容赦なく、己が道に立ち塞がる敵は切って捨てる。武人としての強さと王者としての非情な冷酷さを併せ持ち、為政者としては理想的な人物なのだろう。


 だがティアンナの心が求める相手はただ一人──愚直なまでに騎士として己の信念を貫いてきたあの人だけだ。


 初めは研ぎ澄まされたその剣技に、同じ騎士として嫉妬していた。同時に憧れも抱いていた。けれどいつしかそれは、自分でも気づかぬ内に違う感情へと変化していた。


 広く頼もしいその背に、どれだけ鼓動が高鳴っただろう。守られることに情けなさよりも喜びを感じるようになったのは、一体いつからだっただろう。


 そうした自分の変化に気付いて、ようやく己の心を理解したのだ。



(ラスティグ…………)



 思えば初めて会ったその時から、既に惹かれていたのかもしれない。


 灯のように小さな炎でしかなかった熱が、いつしか揺らぐことのない確かなものになって──



(私は……貴方が…………)



 今この胸を狂おしいほどに焦がしているのだから──


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