2章114話 再び都へ
──トラヴィス王国:首都ヴィシュテール──
闘技場での戦いから十日ほどが経ち、トラヴィスの王都ヴィシュテールは、始めこそ大きな騒ぎとなったものの今は落ち着きを取り戻していた。
「姉さま大丈夫かな……」
チャンセラー商会の客間の一室で、ぽつりと呟いたのはポワーグシャーの双子達。闘技場での襲撃の後、行方の分からなくなった姉のティアンナを心配し、不安な日々を過ごしていた。
「心配いらぬ。お前達の姉君は強い女性だ。それに商会の者も付いているだろう」
エドワードは力強く答え、双子達を元気づける。勿論彼自身、ティアンナを心配していないわけではない。だが碌に情報が入ってこない中では、信じて待つことしかできなかった。
(それにしてもユリウスの奴……一体どこをほっつき歩いているんだか……)
肝心な時にいないと、エドワードは内心ため息を吐く。
恐らく攫われたティアンナを追っていったのだろうが、それでも情報が少なすぎて実際はどうだかわからない。待つしかできない己が身をこれほど恨めしく思った事はないだろう。
そうして一人悶々とした想いを抱えていると、客間に入って来る者があった。
「殿下、こちらにおられましたか」
「あぁ、どうした?」
部屋に入ってきたのは、エドワードと共にラーデルス王国からやって来た護衛騎士の一人だ。エドワードの姿を見つけると、その場に跪き報告を始めた。
「商会の者から、一昨日ほど前にラーデルスからの使者が、トラヴィスの中継都市に入ったようだとの知らせが」
「何っ?!それは本当かっ」
「はい。現在こちらへ向かっているようです」
思いもよらぬ知らせに、エドワードは鼓動が早まるのを感じた。ラーデルス王国からの使者が自分以外に新たに立つ、その意味を理解したからだ。
「そうか……私以外に使者が立ったということは、彼等は見つけたのだな……トラヴィスへと抜ける道を」
「恐らく……」
「わかった。急ぎこちらの状況を知らせたい。誰か向かわせよう。商会の者の協力を仰いでくれ」
「かしこまりました」
騎士が部屋から出ていくのを見送り、エドワードは窓辺から外を見やる。その真剣な眼差しに、双子達は期待と不安を胸にただ見守ることしかできなかった。
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「王よ!戻られましたか!」
「あぁ、シュウランか。世話をかけたな」
タゥラヴィーシュの王宮の裏回廊──密かに王都へと戻っていたアスランは、宰相であるシュウランの出迎えを受けていた。
「報告は受けております。ようやっとあの死神を捕まえたそうですね」
「あぁ……」
シュウランが言う死神とは、イサエルの片腕として十年前に暗躍していたナイルのことである。
「だが肝心のテヘスの頭がまだだ。今度こそと思ったんだがな……拠点をあっさりと捨てていった」
「一つ所に留まらない者達ですから致し方ないでしょう。ですが拠点を一つ潰せたのは僥倖です」
「だが少し気になる事がある」
「気になる事?」
「あぁ、こちらの軍を迎撃する為に、随分と用意周到に準備していたようだ。それがどうも気になってな……」
「……あらかじめ襲撃を予想していたのでしょう。それくらいはやりかねない者達です」
「それもそうなんだが……」
果たしてイサエルとアスラン、どちらが相手を出し抜いたのだろうか。上辺だけを見れば、アスラン達の勝利である。しかしそう単純な話でもないように思えて仕方ない。
「街の様子に変わりはないか」
「闘技場の襲撃以降、警備兵の数を増やしておりますが、いかんせん行軍と離反者への罰則などで人手が足りず、少々対応に手間取っている所があるようです」
「……そうか……警備兵については、行軍に出ていた人員を合わせて再編させろ。それと部族の離反については一つ考えがある」
「考えですか?」
「あぁ、奴らも鬱憤を晴らす場所が必要だろう。それにもしかしたら一緒にテヘスの奴らも釣れるかもしれん」
そう言ってアスランは不敵な笑みを浮かべる。既に彼の中ではその考えが成功するのは決定事項なのだろう。後はそれを実行に移すのみだ。
「ヒラブの部隊が戻り次第、各部族への通達をしろ。一族で最も強い戦士を集めるようにとな」
「それは──」
「昔ながらの嫁取りの手法だ」
シュウランの問いかけに、アスランは悪戯な笑みで返した。




