1章29話 晩餐2 最悪の考え
今まで料理を夢中で食べていた部下たちも、隊長とエドワード王子のただならぬ雰囲気に、食事の手を止めてしまっていた。しかしただの騎士である彼らは、迂闊に会話に口を出すこともできず、そのまま傍観するしかなかった。
一方のラスティグはエドワード王子の言葉は、自分やノルアード王子が気になっていた事柄でもあったので、そのまま会話に耳を傾けていた。どのように彼らが返答するのか興味があった。しかし動揺している周りの護衛達の様子に、王女と銀髪の騎士が恋仲であるという疑惑が真実味を帯びて頭をもたげた。
「私とアトレーユが人に言えぬような仲であると?」
キャルメ王女は鋭い目線でエドワードを一瞥すると、すぐに声高らかに笑い飛ばした。普段見せないような笑い声に、アトレーユを含め皆も驚いているようだ。
「面白いわ。そうね、確かに私も子供の頃はアトレーユのお嫁さんになるのが夢だったもの。そう思われても仕方ないかもしれないわ」
そういって笑う王女の笑顔は作り物ではなく、本物の優しい笑顔だった。
それをみたアトレーユはふと顔をほころばせた。しかし同時に幼い頃を思い出して、郷愁が胸に広がる。王女との幼い頃の思い出は楽しくもあり、ほろ苦いものでもあった。しかし今でも変わらぬ無邪気な笑顔を向けてくれる王女に、自らの憂いを隠してアトレーユは優しい笑顔で応えるのだった。
まるで初々しい恋人同士のようなそのやりとりに、ラスティグはなぜだかいたたまれなくなり、視線を彼らから外すと、憮然としてふたたび目の前の食事に戻った。
やはり彼らは人知れず恋仲なのだとラスティグは確信した。ではなぜこの国へやってきたのだろうか?
料理を口に運ぶのも億劫になり、目の前の料理を無意味に細々切っていじる。行儀が悪いなどと咎められるかもしれないが、そんなことを気にする余裕もなく、グルグルと考えをめぐらしていた。
そんなラスティグを気にすることなく、会話は続いていた。しかし、彼には遠くの出来事のようで耳には一切はいってこなかった。カチャカチャと無機質な食器の音だけが手元からするのみだ。
そうしてしばらく考えこんでいて、ラスティグはふと思いついた。それは今まで考えようとしなかった考え。それも最悪の考えだ。
ハッとして顔を上げる。
考えつかなかったのではない。自分が考えたくなかったのだ。
今までのことすべてが、この王女達の手のひらの上で転がされているだけだとしたら?
もし王女の要請したロヴァンスの軍隊がこちらに攻めてきたら?
にこやかに会話を続けている王女と、アトレーユを厳しい目でじっと見つめ、その考えに至らなかった自分に憤る。
アトレーユはあれだけの実力を持った騎士だ。またノルアード王子もキャルメ王女の事を、人の上に立つ相当切れ者の人物だと評していた。そんな彼らが、我が国を手にせんと、今回の婚約話に乗じてやってきたとのではないと言えるだろうか?
彼らの誠実で信頼できる様子に、自分はまんまと騙されていたのではないかと、そんな思いに囚われる。そして騎士として一人の男として認めていたアトレーユに、裏切られたという衝撃が彼の心を打ち砕いた。
ノルアード王子の為に、最初から彼らを利用するつもりでいたのに、いつのまにか自分の心はあの銀髪の騎士に対して無防備になっていた。ラーデルスの騎士団長としてのあるまじき失態に、手にしていたカトラリーをぎりぎりと握りしめた。
そしてもう一度アトレーユを激情とともに睨みつけ、自分の中の葛藤に見切りをつけるように席を立った。
「失礼ですが、自分はこれにて警護の任に戻らせていただきます」
そういってその場を辞した。
アトレーユはラスティグが自分に向けてきた鋭い視線に気づいたが、食事中はあえてそちらを見ることはしなかった。ただ食堂を後にする彼の背中を複雑な心境で見つめるだけだった。そして彼が早々に辞してしまったことに、なぜだか残念な気分になるのだった。
その後食事は何事もなく終わり、エドワード王子も特にアトレーユに対して何か言ってくることはなかった。ただ、自分と王女達の様子を執拗に観察しているだけのようだった。




