2章103話 強襲
──ドゴォォォンッ!!──
「っ──!」
暗闇に鳴り響く爆音──イサエルの合図によって、仕掛けられた罠が解き放たれたのだ。雷のような轟音を鳴り響かせ、巨大な岩が崖下へと落ちていく。
崖下の天幕は岩の下敷きとなり、倒れた灯がそこに燃え移っていった。一瞬で炎は燃え盛り、大きな赤いうねりとなって闇夜を照らし出す。馬の悲痛な嘶きがあたりに響いた。
「かかれ!」
続けてイサエルの命令が下される。崖下に隠れていた軍勢が、侵入者を排除すべく襲い掛かった。だが──
──ドオォォォンッ!!──
「なにっ!?」
続けて起こる爆音。これはイサエルの予期していたものではなかったのか、横で焦ったような声があがった。
すぐ間近で爆発したそれは、アトレーユ達の足元を激しく揺らした。その衝撃で割れた崖が崩れた岩となって転がり落ち、下にいる者達に襲いかかる。その中には勿論、イサエルの軍勢も含まれていた。
「チッ──!裏をかかれたか!」
イサエルは忌々し気に舌打ちをすると、目を凝らし眼下を見据える。その間にもいくつかの爆発音が鳴り響き、同じようにして崩れた岩が谷底に落ちていく。それはすさまじい光景だった。
(一体……どうやって爆発させているんだ?)
アトレーユはイサエルに押さえつけられたままだったが、状況を確認しようと身を乗り出した。その瞬間──
──パァァンンッッ!!──
今度は激しい爆発音が空中で鳴った。ハッとして見上げれば、小さな太陽のような光の玉がゆっくりと落ちていくのが見える。その灯に照らされて、崖上に待機しているイサエル達の姿が浮かび上がった。
同じようにして何度も打ち上げられる光の玉。それはゆらゆらと空中を降りていき、その度に真っ暗で何も見えなかった峡谷の状況をつまびらかにしていく。
(これは……照明用の花火か!!)
アトレーユは今この場で何が起きているのか、ようやく思い至った。以前アスランが酒の席で語っていたのを思い出したのだ。
『火薬を詰めた玉を空に打ち上げて、そこで爆発させるんだ。すると火薬の種類によってさまざまな発色をする光の爆発が見られるぞ。夜空に花が咲いたようで綺麗なんだ』
『まぁ使っているのは火薬だから取り扱いは難しいのだが、色んな使い方ができるのが面白いところだな。激しい光と音は狩りにも使えるし、遠くに飛ばして火薬を爆発させる技もなかなか使い勝手が良い』
本当はそこまで話すつもりはなかったのかもしれないが、酒が入っていたからあの時はかなり機嫌よく饒舌だった。火薬を使った娯楽から、ひいては軍事利用を匂わせるようなことまで語っていた。
(そうか……照明に使うために長く発火させてるんだ。きっとすぐに落ちない様な工夫もされているのだろう)
暗闇の中で不利な地形による戦闘。そこで優位を取る為に火薬という飛び道具を使ったのだろう。闘技場の活用といい、やはりアスランは侮れないとアトレーユは思った。
照明の光が谷底に落ちる頃には、そこにアスランの軍がいなかったことが判明していた。馬は慌てて逃げ出したようだが、その中にトラヴィスの兵士らしき姿は見えない。
きっと馬だけを複数走らせ、待ち構えていた罠を先に誘発させたのだろう。そしてとどめを刺そうと敵が現れた所を、逆に火薬を使って襲ったのだ。
「軍の本隊はもっと南だ!上からの攻撃を開始しろ!」
予想していなかった相手の反撃に、イサエルはすぐさま部下に命じた。その間にも爆発による落石が後を絶たず、崖下のイサエルの軍勢は身動きが取れない。
「くそっ!小癪な真似を……!」
戦況を見守りながら怒りを募らせるイサエル。苛立ちに冷静さを欠き始めたその時──
──パァァンンッッ!!──
突如、アトレーユ達の頭上で鋭い爆発音が鳴った。
「くっ……」
間近での照明用火薬の爆発。その眩しさにイサエルは思わず目を閉じる。だがそれはアトレーユにとっての好機となった。
(今だっ──!)




