表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薔薇騎士物語  作者: 雨音AKIRA
第2章 トラヴィス王国編 ~砂漠の王者とロヴァンスの花嫁~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

276/319

2章97話 荒野の砂漠に潜む者達



 砂漠に潜む獣たちさえも寝静まる深い夜──王の精鋭部隊であるタゥラヴィーシュの軍隊は静かに──だが確実にその歩みを進めていた。



「先行部隊からの報告です。敵は北東の岩石地帯に入ったと──」


「……そのまま見失わない様に、確実な居場所をつきとめろ」


「はっ!」



 兵士の報告に顔色一つ変えず、アスランは真っ直ぐに目指す場所を見据えている。大きく欠けた月が、地平の彼方で彼等の戦いを見守っていた。


 ティアンナが闘技場で敵の手に落ちてから、早数日の時が過ぎていた。


 険しい表情を崩さないアスランの隣には、小柄な中年男のヒラブがいる。彼は王の影として、暗部を司る部隊を指揮する立場だ。ヒラブは兵士の報告を聞いて、俄かに眉を顰めた。



「アスラン様、北東の岩石地帯はミンドラの一族の土地ですぜ。……こりゃぁ少しばかし厄介かもしれねぇ」


「……ミンドラか……」



 アスランはヒラブの言葉に、ミンドラという一族の事を思い出していた。先日梟の男に王宮が襲撃された際、後宮の侍女達が多く殺されたのだが、中でもミンドラの一族の者にその死者が多かった。



「……だが今度こそ本命だろう。ミンドラの一族の土地と見せかけて、奴らがその内部に浸食していたとしたら……」


「なるほどねぇ……国境地帯の部族は下手に手出しができねぇ。その分、隠れやすいってわけだ」



 アスランの予想に、ヒラブが頷く。北東の岩石地帯の荒野は、山脈を挟んでラーデルスの国境と面している。不毛な土地ではあるが、そこに暮らす一族は、排他的であまり交流がない。そして何より戦闘に長けているのがミンドラという一族の特徴だ。


 そこにアスラン達が探し求めていた敵が潜伏しているというのは、確かに不利な条件が重なっていると言えるだろう。


 それでもアスランの目には、この戦いから逃げるという選択肢はない。視線を更に鋭くしながら、真っ直ぐに北東の地を見据える。



「あれは先祖が残した負の遺産だ。だがこの国が真に一つの国としてまとまる為には、奴らの存在は確実に葬り去らねばならない……」



 その瞳に月の影を落としながら、アスランは低く呟く。その強い決意は彼が王として立ち、一族の秘密を知った時に生まれた。この砂漠の国が持つ、残酷な歴史のその秘密を──



「砂漠の王は、ただ一人で十分だ──」


 


****



 一方その頃──



「……うぅ……寒い……腹減った……」



 一人砂漠の夜に凍えながら呟くのは、エドワードの護衛騎士としてトラヴィスに来ていたユリウスだ。



「……本当なら今頃あったかいご飯と寝床にありつけていたのに……」



 ガタガタとその身を寒さに震わせながら、ユリウスは見つからない様に物陰に身を潜めていた。


 ユリウスがいるのは、砂漠を越えた先にある岩がごろごろと転がっている荒野だ。植物が少なく、昼間の熱を留めておく水場も無い為、昼は暑いが夜は真冬のように寒い。


 そんな荒野の一角では、とある一団が野営をしていた。大きな岩場の影に移動式の天幕を張り、交代で見張りを立てながら、周囲の様子を窺っている。ユリウスはそれを離れた場所の岩陰に身を潜めながら眺めていた。



「……ティアンナさんは無事かな……」



 ユリウスは天幕の一つを眺めて呟いた。その中には、敵に捕らわれたティアンナがいるはずだ。


 ユリウスは闘技場の地下からこの場所まで、彼等を追ってきていた。


 地下水路で黒装束の者達がティアンナを捕えた際、船に乗せて連れ去ろうとしているのを見て、ユリウスは自分も彼等を追って乗り込むことにした。


 幸いな事に、その場にはユリウスが初めに追っていた男──ヒラブが屠った黒装束の者達が何人か倒れていたので、こっそりその衣服を拝借し、後から来た他の黒装束の者達に紛れて、その船に乗り込むことに成功したのだ。


 ユリウス達が乗った船は、地下水路を抜けて、王都ヴィシュテールから大分東に出た所で大河へと出た。見た目は荷を運ぶ為の商船である為、すれ違う他の船からは特に怪しまれることもない。


 そうして大河を東へと進み、やがて人気の無い場所で陸に上がって、この北東の荒野まで彼等はやってきたのだ。


 ユリウスは途中までは敵の一味に紛れていたのだが、流石にずっと潜んではいられなかった。自分とは見た目も違えば、言語も違う集団だ。大陸共通語を話す者もいたが、それでもこちらが話せば、あっという間に正体がバレてしまうだろう。


 野営地である荒野に来た所で、ユリウスは夜の闇に紛れ身を潜めた。



「今思えば、あのヒラブって奴は、最初からティアンナさんをここに連れてこようとしたのかもしれない」



 ユリウスは闘技場での一幕を思い出しながら呟いた。あの地下水路の存在といい、そこに作られた港といい、ヒラブがアスランに命じられてあの場所に来ていた事が、ずっと気になっていたのだ。


 ヒラブが話していた喉に包帯を巻いていた男――既に黒装束の者達に殺されてしまったが──あの男に命じていたのは、ティアンナを目の前にいる敵の所まで連れてくることではなかったのだろうか?──そうユリウスは予想していた。



「こんな場所に隠れるみたいにしているんだから、そりゃあ見つけるのは苦労するだろうな。ティアンナさんをわざと捕まらせて、その後を追っていたのだとしたら……助けはもうすぐそこに来ているかもしれない……」



 それはあくまでもユリウスの予想だ。だがその希望があればこそ、ユリウスはたった一人でここまで追ってこれたのだ。



「それにしても寒い!!……俺がこんなにまでするのも、全部エドワード様の為を思えばこそだよ全く……だけどここで見捨てて逃げたら、絶対怒られるだろうし……」



 寒さと飢えを紛らわせる為に、ユリウスはぶつぶつと一人愚痴を漏らす。だがそんな風に無理をしてまで敵陣に潜んで続けた長旅は、確実にユリウスの判断力と洞察力を鈍らせていた。



「帰ったら絶対うまいものをエドワード様に奢ってもらわなきゃ……」



 ユリウスが、温かな部屋と料理を夢想して呟いたその時──一人の見張りがユリウスの方を指さして、何事かを叫んだ。



「っ──!!」



 しまったと思った時には、何人かの敵がこちらへと走ってくるのが見える。


 ユリウスはすぐにその場から駆け出した──



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
i386123 i528335
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ