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薔薇騎士物語  作者: 雨音AKIRA
第2章 トラヴィス王国編 ~砂漠の王者とロヴァンスの花嫁~

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2章92話 王者の見る夢 5 ~貧民街の王者~


 内戦により疲弊したタゥラヴィーシュの首都は、貧しい者や犯罪者達で溢れていた。そんな最下層の街では弱い者は強い者に搾取され、土を食むような生活を強いられるのが常であった。街には強盗や殺人は日常茶飯事で、人々は闘技のような野蛮な娯楽で日々の鬱憤を晴らしていた。

 

 街に立ち並ぶのは、誰が住んでいたかもわからぬような崩れた廃屋。行き場を失った者がそこを寝床とし、そしてまた死んでいく。そこに住む命は変われども、内戦の勃発から数年がたっても破壊しつくされた街は一向に変わる気配は無い。その要因の一つに、新たに立った王の存在があった。


 青年の父、先代国王アルゴン亡き後を継いだのは、第一王子のサウルヴァス。彼は内戦を力づくで終結させた後、国の立て直しを図るという名目の下、民に圧政を敷いていた。


 いつ終わるとも知れない地獄のような日々に、人々の心は疲弊していった。そしてそれは、兄王サウルヴァスの目から逃れ生きる青年にとっても同じであった。


 僅かな糧を得る為に、地下闘技場で命を削るようにして生き続けるだけの日々。いつ死の翼が彼の下に訪れてもおかしくはない。


 そんな中、青年が得た僅かな利を貪ろうと近づく者達が、彼の周囲に纏わりつくことがあった。青年はその度に全ての感情を斬り捨て、無法者たちへ血の制裁を下していく。誰もそれを咎めはしない。弱者が強者に蹂躙される世界──それがこの貧民街の掟だった。


 そうしたすさんだ生活は、優しい心根の少年を、残酷で無情な大人へと変えていった。青年は誰とも交わることなく、ただただ生きる為だけにそこに存在していた。


 いつもと同じように闘技場で稼いだ金を持って、貧民街にある家とも呼べぬような廃墟を目指し帰路についていると、突然三人の男達に囲まれる。



「いよぉ~アッシュ」



 ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべる男達。酒に酔っているのだろう。嫌な臭気をまき散らしながら、青年へと近づいてくる。



「……なんの用だ」



 青年はそう問いながらも、男達の思惑に反吐が出そうになる。


 今、青年の懐には先ほど稼いだ賞金がある。一対三なら勝てると踏んだのだろう。男達は青年を取り囲むようにして細い路地へと入っていった。



「俺たち酒代が足りなくなっちまってよぉ。ちょっとばかし融通してもらおうと思ってな」



 言葉とは裏腹に腰の得物に手を掛ける男達。有無を言わせずに金を奪い取ろうというのだろう。一層嫌らしい笑みが男達の顔に浮かんだ。しかし──



「お前たちに渡すものは何もない。消え失せろ」


「なっ……!」



 青年は男達に囲まれても平然としていた。相手をするのも面倒くさいといった表情で、その歩みを止めようとはしない。


 男達は青年の態度に苛立ちを露わにして、その行く手を阻んだ。



「素直に金を渡しゃあ痛い目を見ずに済んだのによ。バカな奴だぜ!」



 そう言うや否や、男の一人が腰の得物を抜く。路地裏の薄暗い闇の中に、鈍色の短剣が不気味に光った。


 対する青年は、一見丸腰だ。闘技場で闘う時は、持ち込みの武器を使用する事もできるが、青年は支給されている得物を使っている為、帰路についている今は、既に武器を返却してしまっている。男達もそれをわかっていたから襲ってきたのだろう。闘技場の外での殺し合い、奪い合いはよくある事だ。



「……剣を振るうならば、闘技場の中ですればいい。こんな場所でしか剣を出せぬ奴など、負け犬以外の何物でもない」


「っ!!なにぃっ!?生意気な奴め!殺してやる!!」



 青年の挑発に、男は短剣を大きく振りかぶった。しかし青年は慌てるどころか微動だにしない。短剣が目の前に迫る。



──ビュッ!!!──



「ぐあっ!!」



 刃の先から噴き出す血しぶき。激痛に悶える叫び声が、路地裏の闇に吸い込まれていく。



「なっ……!!」



 しかし短剣を振るった方の男は、目の前の光景に驚愕していた。



「どうした?一人倒せたじゃないか。残念ながら闘技場の外では賞金など出ないがな……ククク」



 嘲るような青年の声が、男の耳にこだまする。果たして凶刃の前に倒れ伏したのは、別の男であった。足元には、既に動かなくなった巨体が転がり、真っ赤な血だまりがその下に広がっている。


 青年は敵の攻撃を直前で避けていた。刃の勢いをそのままに、すぐ後ろにいた別の男の喉元へ誘導するようにいなしたのだ。



「くそっ!!ふざけるな!!」



 仲間をその手に掛けてしまった男は、地団駄を踏み怒りを露わにする。青年はその様を冷ややかな眼差しで見下ろしていた。


 青年の側には、常に死の影がある。今更、ごろつきの一人や二人が死んだところで、彼の感情に訴えかけるものは何もない。その刃のように研ぎ澄まされた残酷さこそが、彼を今日まで生きながらえさせたのだ。



「続けてもいいが、お前のような実力では、闘技でも真っ先に死ぬだけだ」


「うるせぇっ!!」



 これ以上続けても無意味だと言う青年に、男は怒りを募らせた。無茶苦茶な剣筋で青年に襲い掛かるが、ひょいと躱され空を切る。


 しかしそこにもう一人の男が、横から手を出してきた。狭い路地で、二人の男が同時に青年に仕掛けてくる。



「抑え込んじまえばこっちのもんだ!」


「おぉっ!」



 もう一人の男は、体格では青年よりも上回っているので、力づくで抑え込もうという算段だろう。素手で青年を掴みにかかった。しかし──



──ダッ──



「あっ……!おい!待て!!」



 青年は掴みかかって来た男を、体勢を低くしてあっさり躱すと、そのまま路地裏の出口まで走り抜ける。


 虚を突かれた形の男二人は、慌ててその後を追おうとした。しかし狭い路地に大柄な男二人。しかも地面には既に倒れた男が転がって道を塞いでいる。


 彼等はすっかりその存在を忘れており、あっという間に躓いて転倒してしまった。


 青年は後ろから聞こえてきた物音で、男達の間抜けな様を知り、高笑いを上げながら雑踏の中に走り去っていった。



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