1章27話 離宮への道中にて
ラーデルス城から西へ、国境沿いの森へ入る手前に第三王子エドワードの離宮がある。
キャルメ王女達は乞われてこの離宮へと向かっていた。アトレーユとしては城を離れるのは安全のために憂慮していたが、国境が近いこともあり、ジェデオン達ロヴァンス王国の軍隊を出迎えるという王子の言葉に促され、その要請を受け入れたのだ。
勿論ロヴァンスの護衛騎士だけではなく、ラスティグ騎士団長を含め、ラーデルス騎士団の人間も何名か護衛としてついてきていた。
用意された大きな馬車には、エドワード王子、キャルメ王女、アトレーユの三人が乗っていた。ラスティグや他の護衛達は騎乗し、馬車の周りをしっかりと固めている。
向かいあう席でエドワードは王女に優しく微笑みかけた。たれ目な彼が笑うと甘い雰囲気が漂う。
しかし王女は不機嫌さを隠しもせず窓の外に視線をやっている。
エドワードという男は以前の茶会で見せたように、他人を貶めるようなことを厭わない男である。それが王女との婚姻が立太子の条件となるやいなや、手のひらを返したように甘い態度を見せてきたのだ。
そんな王子の誠実でない様子に、王女もアトレーユも内心辟易していた。しかし表立って王子の要請を断ることもできず、またエドワードのことを調べるという目的もあって、あえて近づいたのである。
それでもいつものように甘い微笑で相手を牽制する気にはなれなかったのか、王女は馬車に乗ったきり一言も言葉を発していなかった。
そんな王女に苦笑するエドワード王子は、王女の隣に座るアトレーユに向けて話しかけてきた。
「王女殿下は、今日はご機嫌が麗しくないようですね。それとも仲睦まじい貴方がたにとって、私が邪魔なだけでしょうか?」
アトレーユも渋い表情で黙って座っていたが、王子のその言葉に慌てて口をひらく。
「そんなことはございません。恐れながら王女はリアドーネ嬢を心配なさって、心を痛めていらっしゃるのです。殿下が邪魔などとはとんでもないことでございます」
そういって恭しく頭をさげた。
内心はエドワードと同じ空間にいるのは少々苦痛であったが、勿論王子に向かってそんなことは言えない。キャルメ王女をおもんばかって、アトレーユは自分が王子の相手をすることにした。
「それにしてもこちらの土地はとても穏やかなところですね。人の手によって作られた自然の風景がとても素晴らしい」
アトレーユは窓の外に目を向けて、違う話題を口にした。
馬車は城から離れ、街道をロヴァンス王国との国境に向かって走っている。そこは広大な田園が広がっていた。木々や畑、牧場などが目につき、所々に素朴な造りの家々が見える。自然あふれているが、人の手によって美しく整えられ、彼らの日々の営みが見えてくるようである。
気を張っている状況の中、その穏やかな風景にアトレーユは暫し目を奪われていた。
そんな見目麗しい騎士の意外な側面に、王子は驚いてアトレーユを見つめた。
「貴殿はもっと都会的なものが好きなのかと思ったが、これは意外だな」
そういって顎をさすり、面白いものを見たといったように、ニヤリと笑った。
「左様でございますか?別に自分では意外でもないことですが……」
エドワードは真面目な騎士をからかうように、不躾にジロジロと視線をよこしている。アトレーユは困ったように眉根をよせ、居心地悪そうに膝の上で拳を作った。
そのとき石に乗り上げたのか馬車が大きく揺れた。
アトレーユはとっさに王女をかばうように、前に身をのりだしたが、それはエドワード王子も同じだったようで、王女を抱えたアトレーユごと、エドワードの腕が身体を包んだ。
ドキリとして、アトレーユは身体をこわばらせる。
エドワードも一瞬驚いたように固まった。
しばらくの間どちらも動かないでいると、腕の中から不満そうな声が聞こえてきた。
「もう大丈夫だから離してくださらない?息苦しいわ」
キャルメ王女の言葉で我に返ったアトレーユ達は、すぐに離れて居住まいを正した。
「ありがとう。エドワード王子もご迷惑をおかけしました」
そういって初めてエドワードと目を合わせる王女。
「あ、あぁ……大したことではないですよ。お気になさらず」
そういって微笑む王子の様子は、どこか歯切れの悪いものであった。
そしていままで王女と親しくしようと話しかけていたにもかかわらず、離宮までの道のりをエドワードは考え込むように黙ってしまった。
王女は気にもとめずまた再び窓の外に視線をやっていたが、アトレーユは背中に冷たい汗が流れるのを感じていた。
(エドワード王子に女であるということがバレたかもしれない。こんなところで弱みを握られては……)
男装していることを別段隠しているわけではないが、今はどんなことが自分たちにとって不利になるかわからない状況である。これからの先行きについて、不安を感じるアトレーユであった。




