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薔薇騎士物語  作者: 雨音AKIRA
第2章 トラヴィス王国編 ~砂漠の王者とロヴァンスの花嫁~

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2章88話 王者の見る夢 1 ~囚われの女神と虐げられた王子~



砂漠の王は微睡の中に血の夢を見る


宿業──その呪われた血筋が背負うもの


それは王の下へ悪夢もたらす


そして繰り返されるのだ


夢の中で──


そして現実で──




────────────

──────────

────────



 砂漠の王宮──時は十年ほど遡る。




「私が──ロヴァンス王国へ婿入りするのですか?」



 驚きと共に目を瞠るその少年は、目の前の父親へ向けて問いを返していた。


 少年は褐色の肌に金色がかった茶色の髪、七色に輝く美しい瞳をしていた。


 少年の驚きに対し、父親であるはずの男は、嘲りと蔑みの目をもってその問いに答える。



「そうだ。お前を使ってあの国を手に入れるのだ」



 貪欲な心をそのまま写し取ったかのような笑みを浮かべるのは、国王であるアルゴン・ウルバス・タゥラヴィーシュ。


 少年と同じ褐色の肌に対し、髪と目はまるで正反対のような漆黒の闇色。


 砂漠の王宮、その中でも一際豪奢なタゥラヴィーシュ国王の居室にて、その親子は対面していた。


 少年は国王アルゴンの二番目の息子で、第二王子。齢十三になったばかりで、身体は華奢で顔にもまだ幼さを残していた。


 その美しい顔立ちは母親譲りだが、今は父親の前で緊張のせいか表情は固い。



「ですが父上……」



 少年は父王の言葉に、素直に是と言う事を躊躇った。


 ロヴァンスとタゥラヴィーシュの関係が、過去最悪の状態であることは、幼い少年にもわかっていた。国境では戦が頻発し、いつ全面戦争になるとも知れない状況である。


 そんな国へと婿入りをしろと命じられたのだ。恐怖を感じないわけがない。



「お前は父上の言葉に逆らうのか!下賤な血の癖に!」



 そんな少年の躊躇いを一喝したのは、彼の兄である第一王子だ。



「兄上……」


「お前に兄と呼ばれる筋合いはない!気安く呼ぶな!」



 第一王子──名をサウルヴァスというが、彼は黒水晶のような瞳を侮蔑の色に染め、弟である第二王子に罵声を浴びせる。


 少年は兄の非情な言葉にただただ萎縮し、口を噤むのみだ。



「サウルよ、そう怒るな。こんな者でも今回は役に立つのだ。ロヴァンスを正面から叩くのは難しいが、内側から取るという手もある」



 下卑た笑みを浮かべる父王の言葉に、少年は背筋の寒くなる思いがした。王の欲望の礎に──いやその生贄として、自分の命が捧げられることがわかっていたからだ。



「お前は私の作る国の為の駒だ。ロヴァンスの姫と夫婦になり、そしていずれ私があの国を手に入れる手助けをすればよい。わかっているな?」


「…………はい」



 少年はまるで死の宣告を受けたかのような心地で、弱々しく返事をする。


 暫くはそのままその部屋に留まっていたが、兄のサウルヴァスが鋭い視線とともに蔑みの言葉を口にする。



「さっさとあの卑しい女──お前の母親の下へと戻って泣いてきたらどうだ?」



 少年は自分の母親を侮辱され、怒りの眼差しを兄へと向ける。しかし既に兄のサウルは少年を見てはいなかった。


 その後はまるで少年の姿が見えないとでもいうように、その存在を無視された。それは父のアルゴンからも同じ扱いであった。


 少年は怒りと落胆、そして恐れを感じながら、自分に与えられた部屋へと戻る。


 彼が戻るのはタゥラヴィーシュの後宮の一室。まだ成人の儀を迎えていない為、母と同じ部屋で過ごしていた。


 後宮の片隅、決して広いとは言えない小さなその部屋に、少年の母は僅かな侍女達と過ごしていた。



「アスラン──戻ったのね。御父上のお話はどうでした?」



 優しい月が照らすように、母の白い顔にふわりと笑顔が咲いた。



「母上──」



 少年は母の笑顔を見て、泣きたくなった。


 美しく白い肌は、華奢な身体と相まって弱々しく、優しい笑みは花のように儚い。月光の中に佇むその姿は、今にも神が彼女を天に召し上げてしまいそうだ。


 息子の泣きそうな姿を見て、母親は彼の小さな身体を抱きしめる。まるで宝物を包むかのように優しくその背を撫でた。


 柔らかな月光のような金色の髪が、少年の頬をくすぐる。その色はこの国では珍しい髪色。少年の母はロヴァンスの生まれだった。



「──父上が……俺にロヴァンス王家へと婿入りしろと……」


「それは──」



 少年の母が息を飲む。それは彼女にとって、息子との永遠の別離を意味していたからだ。彼女はこの王宮に囚われた美しい小鳥。ここから出ることは叶わない。



「でもっ……もし……もし、俺が父上の役に立って、それで認められたら──そしたら、母上をここから出してあげられるかもしれないから──だから──」



 少年は湧き上がる恐れを必死に胸の奥に押し込めて、母の為にその身を犠牲にすることを誓う。


 母親はその言葉に涙を浮かべ、強く、強く、息子の身体を抱きしめた。



「貴方が私の祖国で幸せに暮らせるのならそれでいいの──どうか自分の事だけを考えて生きなさい」



 母と子の、蜃気楼のように儚いその願いを、砂漠の月だけが聞いていた──


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