2章80話 エドワードの戦い
「エド兄さま!お姉さまが!!」
観客席でティアンナ達の様子を見ていたミスティリアが、青ざめた顔で悲鳴を上げた。姉であるティアンナが、闘技場の真ん中で船から落ちたのだ。
「どうしよう!助けに行かなきゃ!」
「ダメだ!」
今にも客席を駆け降りようとするフランシーヌを、エドワードはとっさにを抱きかかえた。
「他の者が助けに行くから大丈夫だ!」
「でもっ──」
──ドオォォンッ!──
「っ……!」
互いの声が掻き消える程の轟音。突然の爆発によって、既に会場内は混乱のるつぼと化し、周囲は逃げつくす人の波と叫び声で埋め尽くされている。
エドワードは眼差しを鋭くすると、側にいる護衛に向かって命令を下した。
「お前たちはティアンナ嬢の救出を!」
「はっ!」
すぐに数人の護衛達がティアンナの下へと向かう。
彼等と共に行きたそうにしているフランシーヌの手をしっかりと握りながら、エドワードは残った護衛達に指示を出していく。
「ここは危険だ!すぐに安全な場所に移動するぞ!周囲の警戒を怠るな!」
「「はっ!!」」
周囲を警戒しながら出口に向かって進み始める。多くの人でごった返した会場内は、ただ進むだけでも困難を極めた。
「エド兄さま……」
不安げに見上げるフランシーヌに、エドワードは力強い眼差しを向け微笑む。
「大丈夫だ。お前たちは必ず私が守る」
エドワードは揺るぎない眼差しを向けると、力強く頷く。
彼とてこの状況に不安や恐れを感じないわけではない。けれどこの場で皆を指揮できるのはエドワードしかいないのだ。
この一連の襲撃が、これだけで終わるとは到底思えない。だからこそ強気の言葉で皆を鼓舞し、この危機を脱しなければ、更に状況は悪い方へと転がっていくだろう。
そんな予感を胸に、エドワード達はひたすら人の波を掻き分けて前へと進んだ。しかし──
「ちょっと待ちなよ兄さん方」
「あんたらの出口はこっちじゃないぜ?」
混乱する人混みの中から、そんな声が聞こえてきた。
気が付けば柄の悪そうな男たちに囲まれている。10人……いやもっと多くの鋭い視線が、エドワード達に向けられていた。
「エド兄さま……」
「大丈夫だ……」
エドワードは不安げな双子達をその背に隠し、男達を睨みつける。
「私達に何か用か?」
「私達だってよ!」
「ぎゃはは!」
「お上品な異国のお貴族様よぉ、哀れな俺たちにお恵みをしてもらいてぇんだ」
エドワードの言葉に対し、男は下卑た笑みを浮かべ、チラチラと腰に差す短剣を見せびらかしている。いくらこの地下世界がアスラン王の下に整備されたといっても、所詮は表面上の話。他人の懐を狙う下賤な輩が完全にいなくなることはないだろう。
本来ならば、闘技場を警備する兵士達が厳しく目を光らせているのだが、先ほどの騒ぎで、ほとんどがアスランの下へ行ってしまった。そんな中ではいくら他国の王兄だとしても、格好の獲物でしかないのだ。
自分達の優勢を確信したような笑みを浮かべながら、男達は近づいてくる。それでもエドワードは強気な姿勢を崩しはしなかった。
「そこをどけ。お前らに髪の毛一本でも恵んでやる気はない」
「なんだと?!生意気な奴だ!」
エドワードの言葉に怒りを露わにした男が、ナイフを腰から抜く。
「!」
只ならぬ気配に双子達が怯え、身を震わせる。
エドワードは彼女達を男達の視線から隠すように両腕を広げた。
「私に剣を向けたこと後悔するぞ」
怒りに満ちたエドワードの声は、恐ろしいほど低く響く。しかしそれは男達の神経を逆なでしたようだ。すぐに罵声が浴びせられる。
「異国人は黙って金を置いていきゃぁいいんだよ!ロヴァンスだかなんだか知らねぇが、お前たちのせいで、俺たちがどんな目にあったか、知らないとは言わせないぜ!」
言うが早いか、男のナイフがエドワード達に向かって弧を描く。
「!!」
「エドワード様!」
──ギンッ!!──
エドワードの目の前に、鈍い音と火花が散る。ラーデルスの護衛の一人が、襲い掛かってきた男のナイフを弾き返した。しかし──
「後ろだ!」
「っ──!」
咄嗟にエドワードが声を上げる。別の敵が、護衛を背後から急襲しようとしていた。
──ヒュッ!──
──ドッ!──
エドワードの声に、その護衛はいち早く反応し、上半身を捻りながらのけぞり、何とかその攻撃を躱す。と同時に脇から相手の懐へ向けて、反撃の突きを繰り出していた。
「ぐあっ!」
肩を斬られ倒れこむ男。すでに戦意を喪失したのだろう。尻もちをつきながら、あたふたと後ずさり逃げ出した。
「深追いはするな。向かってくる奴らだけでいい!」
「はっ!」
エドワードはすかさず指示を飛ばした。今は双子も一緒だ。戦力を分散させるべきではない。しかし──
「護衛が付くなんてよっぽど金持ってそうだな……そっちの嬢ちゃんたちだけでも売れば、いい金になりそうだ」
「数ではこっちの方が上だぜ?大人しくしろや!」
敵は中々諦めてくれないようだ。
「お前達……怖かったら目を瞑っていろ」
「エド兄さま!」
エドワードはそう告げるや否や、自らも剣を抜く。そして少しの焦りも見せないその顔に不敵な笑みを浮かべて言った。
「さて、剣の修行の成果、ここで試させてもらおうか」




